第3話 猫の手も借りたい
探偵になってから三ヶ月目に入った。くたびれたウキタ探偵事務所に個性の強い人たち。漫画や小説に出てくるような事件なんてなくて。依頼といえばペット探しがほとんど。人間と話せる柴犬のオアゲがいるのですぐに解決できてしまう。お店の手伝いも多いもはやただの商店のバイトではと思う日も多い。知り合いも増えたし地域には貢献しているかもしれないけれど。アリアは頬杖をつき煎餅をかじりながらぼやく。
「いいなぁ。たまには大きい事件を担当したい」
つけっぱなしの小さいテレビに映るのは見覚えのある建物。吹けば飛ぶような我が探偵事務所の目の前に鎮座する。政界の重鎮にも顧客の多い大手。伝説の探偵キジマが設立したハヤテ探偵社だ。窓の外を見るとガラス張りの立派なオフィス。広いロビーにシャンデリアが揺れる。高級スーツを着こなし絶え間なく依頼の電話が鳴り響く。うちの事務所とは雲泥の差を感じる。出涸らしのお茶に湿気た煎餅。いびきのような音を立てかろうじて動くエアコン。よれた服に清潔感に劣る面々。うんともすんとも言わない黒電話。暑苦しいアフロが団扇で仰いでいた。こんな海鮮シャツの胡散臭いアフロが所長だなんて。
「これでも有能なモジャモジャだゾ」
「柴犬は黙っててください」
傷ついた雰囲気を出しているが気にしていないのは今までの経験で知っている。無視して所長と話すことにしよう。
「向こうの担当している女児行方不明事件みたいなのやりたいです」
「残念ながらそういう大きいのはハヤテ探偵社の専売特許だからねぇ」
困ったなという割には飄々とした顔をして言う。
「こんな小さい事務所にそんな依頼人が来たら怖くなっちゃうよ」
「怖がらないでそういう依頼者が来るような事務所にしましょう」
「そんなことできるならもうしてル」
「柴犬のくせに正論言わないでくださいよ」
今度は本当に傷ついてしまったようだ。オアゲ先輩に謝ろうとしていると所長が一枚の写真を目の前にかざす。真っ白な猫が写っている。
「君の担当するのは迷子の猫探し」
可愛らしいとは言い難い半眼で睨みを効かせる細身の白猫と目が合う。
「この子シラタマって言うんだけどね」
「可愛い猫ですね」
写真を覗き込む小柄な女性。
「あれハルカさん。いつの間にいらっしゃったんですか」
「つい今さっきです。戸が少し開いてて」
全くここは不用心な事務所だ。
「今日はセル様に会いに」
「エンマ様は今日お休みですよ」
「そんなぁ」
ハルカはセルと名乗っていた鬼の経理エンマ様に窮地を救われ。相当惚れ込んだようで毎日のように会いにくるようになった健気な子だ。
「セル様がどこにいるか知っていますか」
「わからないな。ごめんね」
「じゃあ家に行ってみます」
「家教えてもらったの?」
「調べました」
ファンというよりもストーカーの方が近いのでは。メイクを直して出ていくハルカの背を複雑な気持ちで見送る。エンマ様が無事だとといいな。
「で話を続けるとね僕の行きつけのキセル屋からの依頼なんだけど」
何事もなかったように話し始める所長。
「キセル?」
「昔のタバコだよ」
「それは知ってますけど。そんなの吸ってましたっけ」
「キセルは揃えるのが趣味なの」
「タバコ吸ってませんよね」
「吸わないよ。喘息だもん死んでしまうよ」
「余計買ってる理由が不明瞭ですね」
「男のロマンだよ」
うっとりと夢見る表情で空中を見ている。サングラスでほとんど隠れてしまっているが。
「碌でもない話しはそこまでにしてそろそろいくゾ」
「オアゲはひどいこと言うよね」
所長に説明を受けながら依頼人の元へ向かう。カンダという老人が経営している小さな店。キセル屋の看板猫シラタマは普段店から外には出ないそうだ。朝ご飯の時間には店内にいたことが確認されている。その後いつものようにおやつの時間に呼んだときにはいなくなっていた。近所を見てまわり近隣住民にも聞いたが見かけた者はおらず。常連客のウキタに相談をしたのだそうだ。商店街の奥にひっそりと建つ蔦に覆われた古めかしい家屋。
「これが店?まるで…」
お化け屋敷と呼ぶほうが似合うだろう。
「お化け屋敷じゃないゾ」
「心の声を読まないでくださいよ」
剪定のされていない木々が生い茂る庭はちょっとした森になっている。
「マイナスイオンが出ていそうだよね」
体に良さそうということか。
「何言ってるんですか。タバコ屋ですよね」
「まぁキセルもタバコの一種だけど…」
「健康とは程遠い物質ですよ」
「そこまで言わなくても」
軋む扉を開けるとホコリ臭い風が吹く。所狭しと置かれたガラクタたち。
「いらっしゃい。御用は」
乱雑に積み上げられた荷物の隙間からしわがれた声がした。覗き込むと本に囲まれた丸椅子に座る老人の姿。少しでも触れてしまえばドミノ倒しに崩れそうなバランスで積んである。
「カンダさんでしょうか。ウキタ探偵事務所から来ました。アリアと申します」
「あぁ。探偵さんかい。うちのシラタマを探してくれるって」
鼻の頭にかけた老眼鏡を外しながら荷物の奥から店主が出てくる。
「どうもこんな寂れた店に来てもらっちゃって」
「店長またツケで商品渡したんですか」
店内に似つかわしくない若い男性が話しかけてきた。流行りの髪型に中性的な顔。清潔そうな身なり。この店とはまるで正反対の青年だ。
「そちらは」
「この子はアルバイトのミキくん」
ミキと呼ばれた彼は怪訝そうな顔でこちらを睨んでいる。
「ミキくん。この人たちはお客じゃなくてね」
「でもそのアフロ。毎回支払わない客ですよ」
「シラタマを探してくれる探偵さんだよ」
気まずそうにサングラスをかけなおす所長。
「所長もしかしてツケでタバコ買ってるんですか」
「そんなことないよ」
「その顔はそんなことありますよね」
バレてしまったかと言う顔で笑う。
「最低な大人だナ」
「本当あり得ないですね」
「傷つくなぁ」
店主とミキくんが小さい声で話している。
「本当にシラタマ探しに来てくれた探偵さんなんですよね」
「そうだよ」
「さっきは失礼なこと言ってすみませんでした」
深々とお辞儀をするミキくん。なんて好青年なんだろうか。
店の近くやお気に入りの場所などを見て回る。
「どうオアゲ先輩」
「全然シラタマの匂いがしないナ」
もう少し遠くまで行こうかと相談していると。
「アリアじゃないか。久しぶりだな」
仕立ての良いスーツに身を包むいけ好かない男が現れた。
「げっタクミ。ここで何してんの」
「探偵になったと思ってたんだけど。犬の散歩してるってことは才能がないって気がついたのかよ」
「うるさいな。探偵になったし。才能だってあんたよりあるに決まってんでしょ」
「こんなちんちくりんに依頼するやつなんていないだろ」
「小さくて悪かったね。そっちこそウドの大木のくせに」
睨み合う二人をにやけながら観察するアフロと柴犬。
「下の名前で呼ぶような仲なんだね君たち」
「そういう相手がいたんだナ」
同時に振り返りアリアとタクミは叫ぶ。
「違います(って)(よ)!」
「こんな女と俺みたいなエリートを一緒にしないでください」
「はぁエリート?木偶の坊の間違いでは」
般若の如き形相で睨みを効かすアリア。
「こいつとは同じ探偵学校に通っていただけで」
「でも下の名前で呼んでるからてっきり」
「タクミは苗字なんです」
「選ばれしエリートの俺と違ってこいつの成績は万年最下位でして」
「最下位は筆記だけだけどね」
「ちなみに俺は」
「ずっと一位だっタ」
「うわっ犬が喋った!」
飛び上がり電柱にしがみつく。
「君はオアゲの言っていることがわかるんだね」
「今度はアフロにサングラスのおっさんがなんだよ」
珍妙な我が事務所の人たちに心の声が出だしてしまう。
「これでも僕は探偵事務所の所長です」
「こんなのが所長なんてお前の事務所って人間はいないのか」
「オアゲ以外いや所長は怪しいけど一応人間だし面構えにしては良い事務所だよ」
「その言い方。アリアちゃんは辛辣だよね」
「そういえば君はハヤテ探偵社の新人さんなんだっけ」
「そうですけど」
「キヨカは元気かな」
「キヨカ?」
「彼女今は所長だっけ」
「えっ。所長の知り合いなんですか」
どこにやったかなと言いながら鞄の中を探す。
「あったこれこれ。はい証拠」
手帳に挟んであった古びた写真には肩を組んで写る男女。男の方はツーブロックだが海鮮シャツにサングラス。
「もしかしてこの男って」
「僕だよ」
「所長。昔はこんな髪型だったんですか」
アリアは笑いが止まらない。
「女性の方。今よりかなり若いけどうちのサエキ所長だ」
あんぐりと開けた口が塞がらないタクミを尻目にアリアは質問をする。
「どんなご関係なんですか」
「それは…」
「ここじゃ言いづらいよナ」
「まぁ色々とね」
海鮮シャツのアフロとこんがり狐色の柴犬は遠くを見つめている。余計気になってしまった。
「それは置いておいて。捜索の続きといこうか」
「お前は誰を探してるんだよ」
「…そっちは」
「俺は今話題の行方不明女児のミサキちゃんを探してるんだよ」
「へぇミサキちゃん探し。すごいね」
「なんでもなさそうなフリしてるけどお前ショックだったろ」
「そんなことないよ。こっちだってあんたよりも大きな事件担当してるんだから」
「お前ってさわかりやすいよな。嘘つくとき鼻の頭掻く癖直したほうがいいぞ」
視線が鼻の頭を人差し指で掻いているアリアに注がれた。
「うちの事務所の大仕事の邪魔はしないでくれよな」
アリアに釘をさすタクミにオアゲがため息をついた。
「これから探すつもりなのか。もう見つかってるゾ」
「見つかってるって何が」
「行方不明の子だヨ」
「どこにいるって」
「シラタマと一緒ダ」
「シラタマって誰だよ」
「えっシラタマも見つかってるのオアゲ」
「そこの公園からキセル屋のじじいと同じ匂いがすル」
「だからシラタマって誰だよ」
タクミを無視して二人と一匹は夜の公園に入る。ブツクサと言いながらタクミもついてきたようだ。タコのような形をした滑り台の下にオアゲはするりと消える。アリアが這いつくばって覗き込むと白い何かが見えた。遊具から聞こえる啜り泣く声。少し待つとオアゲがシラタマと少女を連れて出てくる。
「本当にこんなところにいたなんて」
「うちの事務所がすごいってわかったでしょ」
自慢げなアリアに不貞腐れた顔のタクミ。
ウキタ所長がミサキちゃんをあやしながらタクミに渡す。
「早くミサキって子を両親のところに連れてってあげて」
「えっでも見つけたのはウキタ事務所のみなさんですし」
「キヨカには言っておくから大丈夫だよ」
「ウキタ所長。ありがとうございます」
「久しぶりにキヨカ会いたいから手柄を譲るんだロ」
「オアゲそれは言わないでよぉ」
「お礼言って損したな」
タクミは捨て台詞を吐きながらミサキちゃんを連れてハヤテ探偵社へと帰っていった。ミサキちゃんは擦り傷もなく大人を怖がっている様子もなかったが。一方シラタマは怪我をしているようだ。怪我の治療に動物病院へと急ぐ。
「俺もまだまだだナ」
オアゲがいつになく弱気な発言をしている。
「先輩にできないこととかあるんですね」
「キセル屋のタバコの臭いがキツくて鼻が効かなかっタ」
「犬って人間より鼻が良いから大変ですよね」
「シラタマは男に襲われそうになったミサキを助けたらしイ」
「誰に聞いたんですか」
「シラタマ本人かラ」
テレビで流れるニュースでは誘拐犯についての推測が飛び交っている。シラタマは軽傷だった。オアゲが聞くと状況を話してくれたようだ。いつものようにシラタマが店番をしていると。外を何度も通る男が気になった。十往復ほどした頃ランドセルを背負った小さい少女が通る。よく頭を撫でにくるミサキという少女のようだ。男はミサキの跡を追ったように見え。なんだか嫌な予感がしてカンダの目を盗み外に出る。人気のない路地裏に入ると後ろから近づき連れ去ろうと身構えていた。シラタマは男に飛びつき腕を噛み爪を立てる。何度か殴られ男は諦め走り去った。殴られたせいでまともに歩けず。少女は泣くばかりで埒が明かない。君たちに見つけてもらえてよかったと言っていたそうだ。誘拐事件を未然に防いだ勇敢な猫だと伝える。カンダとミキは嬉しそうにシラタマを撫でた。
「よくやったなぁ。お前が無事でよかった」
「もうこんな危ないことするなよ」
愛おしそうに額を撫でる店主のカンダ。ごろごろと喉を鳴らすシラタマを抱き寄せるミキ。キセル屋の古いラジオから声が聞こえる。少女の親の記者会見。娘が戻ったことに歓喜する両親。
『娘を連れ戻してくれた方に感謝の意をお伝えしたい』
『謝礼もご用意致しておりますので』
「やっぱり今からでもうちの事務所が見つけましたって言う?」
「所長そんなんだからツケじゃなきゃ買い物ができないような懐になるんですよ」
「最近アリアちゃんオアゲに似てきたよね」
「えっ嫌です。似てるとか何言っているんですか」
「その毒舌の感じそっくりだと思うよ」
「すごく嫌なんですけど」
「新人そんなに嫌がるなヨ」
後日犯人が逮捕されたとニュースが流れる。ミサキの証言から一緒にいた猫の爪に付着した皮膚片が採取され。犯行現場近くの監視カメラの映像から浮上した男が鑑定された。DNAが一致したことにより逃げられないと考えたのか。自白したことにより逮捕に至った。連行される男の後ろに映り込む女性刑事に目が釘付けになる。目を見開き顎が外れるのではというほど口を開けるアリア。
「あれって…」
「こんにちはぁ」
テレビに映るスーツ姿で威圧的にカメラを睨むハルカ、と目の前にいるワンピース姿のハルカを交互に見る。
「ハルカちゃんこれって」
慌ててテレビを指差す。画面を見て少し考えるハルカ。
「あれっ。刑事だって言っていませんでしたっけ」
「言ってないよ」
「私、捜査一課の警察官なんですよ」
「聞いてない」
「今言いましたからそれで勘弁してください」
「えっ遅くない」
「遅くないですよ」
輝くばかりの爽やかな笑顔で言い放つ。
「今回はセル様の平穏のために犯人を捕まえました」
眉根を顰めるエンマ様。驚愕し言葉を失うアリアを放ってエンマ様に抱きつくハルカ。
本日も我が事務所は平和そのものだ。
名探偵オアゲ 齊藤 涼(saito ryo) @saitoryo
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