第9話 沖田総司編 浅葱色の秘めた恋③
「感謝する……さっき隼人殿はそう申しておった。どういう事だ?歳」
土方は言っていいものかじっと地面を見つめた。
「想いあって結ばれるのなら、人生そんなに幸せな事はないだろう、近藤さん。そうはならないのが世の常さ」
含みがきになる。
「でもな、歳」
「馬に蹴られますよ」
「でも介入しなかったら櫻子さんは大旦那のとこに嫁にいってしまうのではないのか?」
「幸せでしょう。俺たちのようなならず者みたいなこんな所へ嫁になんか、普通の親なら出したいものか」
いい匂いが充満している。
花の香りだ。
見上げればそこには沈丁花が咲いていた。
石垣の間から顔を除かせるその花は、淡い赤紫と白のコントラストで、いつも櫻子さんが着ている着物に良く似ていた。
「おむすびがすっかりさめてしまった。早く帰りましょう」
理心流の門をくぐり中へ入る。
「土方さん、近藤さん、ずいぶん遅かったじゃないですか」
総司は土方が持っている風呂敷包みに目をやった。
「なんですか?それ」
「いただいたんだ。天天の隼人殿に……お前にだ」
近藤は土方をドンとおす。
ちらりと近藤を見る土方には何か考えがあるのだろうか。
「何か案があるのか?」
「まさか」
土方にはなんの案もなく、それどころか櫻子の名前すら出さないつもりだ。
「言わないのか?」
「俺たちに何が出来るよ、近藤さん」
中身をがさごそあけると、おむすびですよ。と総司は仲間を呼んだ。
近藤はこれは皆で食べて良い様なものではないと思ったが、とうの総司が皆に差し出してしまうものだから、止める手だてすらなくただ成り行きを見つめていた。
「ほら!近藤さんもどうぞ」
勢いにまけて受け取ると総司は嬉しそうに笑った。
「僕のなんですよね。なら皆で食べましょう」
男ばかりの集まりなんて、盛り上がればそりゃとまらない。
気がつくと飲み過ぎて寝てるものが大半だった。
辺りには総司の気配はなく夜の月明かりで、夜目をこらし総司を探した。
竹やぶの間から一ヶ所、とても綺麗に空が見える大きな石がある。その石の上は総司のお気に入りで、悩みや悲しみといったマイナスのきもちが大きく働くときに総司はよくそこにいる。
「どうした?」
声をかけようとしたその時総司の口から聞いてはいけない言葉が聞こえた。
「櫻子さんのおむすび、おいしかったですか?」
ばれてる。
「何を訳のわけらん事を言っている。あれは隼人殿の拵えたものだ」
「ばれてますよ。土方さん。おむすびを見たらすぐわかります」
「………………」
「あいつおむすび下手なんですよ」
慌てて開けてみる。まさかの隼人のだとは言えないような物が出てきた。
「本気か?」
「勿論本気も本気」
総司はくすくす笑った。
おむすびにまつわるエピソードは二人の間には沢山あるらしく面白おかしく総司は話してくれた。
「覚悟しているんだな」
「俺に出来ることはそれだけですから……」
「総司……」
「こんな仕事していたらいつか必ず死にますよ。残される者のきもち考えたら、だから土方さんも誰とも結婚しないのではないですか?」
「俺もお前も死ぬまで剣士か……それも人生か」
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