第6羽 高貴と下賤

「うぎゃあぁぁぁっっっ!!!」

 クロガネの悲痛な叫びが、洞穴にこだまする。アカガネの行動は、なんと非情な事であろうか。

「誇り高き狼さんが悲鳴を上げるとは、実に情けねぇなぁ?」

 アカガネは冷淡な言葉を投げつける。その一言は、クロガネにとって心身ともに屈辱であろう......だが、彼は激痛のあまり言葉さえ紡げない。

「......ダン!!」

 見かねたシロは両者に割って入る。すると、彼女は足ダンで力の限り威嚇した。

「やめてください! お願いだから、クロガネさんを苦しめないで!!」

 シロは涙ながらに訴えた。彼女にとって野犬は天敵であるが、クロガネを守るため自らを必死に奮い立たせている。そのことは、恐怖で震える彼女の膝が物語る。

「てめぇ、口出しすんなって言った筈だろうが......!」

 クロガネがやっとの思いで紡いだ言葉はこれである。彼をここまで強がりにする理由は何なのだろうか。

「私がアカガネさんの食料になります。だから、これ以上クロガネさんをいじめないで......」

 シロにとって、これは苦渋の決断であろう。クロガネを救うにはこれ以外の手立てが思い浮かばなかった。彼女の目には、恐怖と悲哀の入り混じった涙が溢れ出す。

「ほう、身代わりとは泣ける話だねぇ?」

 その言葉に反しアカガネは無表情である。シロの気持ちを汲み取るつもりは毛頭ないらしい。

「勝手な真似、すんじゃねぇ......よ!」

 クロガネは激痛にもだえつつもシロを制止しようとする。しかし、彼女の決意は固いようだ。

「素晴らしいこった! その首、貰い受けようじゃねぇか!」

 アカガネの牙が、シロの首をもぎ取らんとする。彼女はその恐怖を必死にこらえるが、死の恐怖に身震いを抑えられない。

「うぉりゃあぁぁぁっっっ!!!」

 その時クロガネは、激痛をこらえて全力でアカガネの首元へ飛びかかった! これが火事場の馬鹿力というものだろうか。

「......!!!」

 首元を抑え込まれたアカガネは、苦悶の表情を浮かべる。しかし、クロガネは彼の首元を更に締め上げる。

「てめぇ、殺してやろうか......!!」

 クロガネの目は殺意に満ちている。怒り心頭の彼に、もはや容赦など到底望めない。やがて、アカガネは窒息で意識を失ってしまう。だが、それでもクロガネは牙を緩めようとしない。

「......やめてください! 勝負はもう着きました!!」

 シロは、怒りで我を忘れているクロガネを必死に止めようとする。しかし、彼の怒りは収まらない。

「......やめなさいって言ってるでしょうがっ!!」

 怒りのあまり、シロはクロガネの鼻先を蹴飛ばした。

「てめぇ、何しやがる!」

 その一撃でようやくクロガネは我に返る。彼の鼻先は、痛みから腫れ上がってしまっている。

「不必要な殺生をしてはなりません! 誇り高き狼が、下賤げせんに成り下がるつもりですか!?」

 シロはクロガネの行動を咎める。その言葉が彼の琴線に触れたのか、アカガネの首元からその牙が外された。

「......けっ! 今回だけは見逃してやる。親分を連れてとっとと消えな!!」

 クロガネがそう吐き捨てると、野犬の子分たちはアカガネを連れて洞穴から立ち去った。これ以上の争いが不毛であると、双方は承知していた。

「......ドサッ!!」

 闘いが決着した気の緩みか、クロガネは意識を失ってしまう。彼のえぐられた傷からは、再び出血がみられる。

「クロガネさん、大丈夫ですか!?」

 疲弊したクロガネを、シロは再度看病することになってしまった。

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