第5羽 濡れ衣

「......てめぇかぁ! 里の鶏どもを襲ったのは!!」

 クロガネはある事実に気付いてしまった。彼にある容疑をかけた張本人が眼前におり、何食わぬ顔で逃げ果せようとしている事実に。

「さて、何のことなぁ? おいらにはさっぱりだ??」

 アカガネは知らぬ顔。その顔は悪意に満ちている。

「とぼけんじゃねぇ! てめぇのせいで、オレは死にかけたんだぞ!!」

 クロガネの追及は止まらない。彼はマタギにある容疑をかけられている。それは、里の家禽かきんであった鶏を食い殺した容疑である。しかし真犯人はアカガネであり、彼が子分を引き連れて里の鶏を襲撃したというのが真相である。不運にも、クロガネはその里を通りすがったことで濡れ衣を着せられてしまったのだ。

「心中お察しする。おいらも、そんなヤツ許せねぇなぁ?」

 アカガネはあくまで、しらを切る腹積もりらしい。どうやら、彼が容疑を認めるつもりはないようだ。

「さて、ここはもう用済みだ。帰るぞ」

 アカガネは踵を返してこの場を立ち去ろうとしている。このままでは、里を襲撃した真犯人を逃がしてしまう。クロガネはそう直感してアカガネに襲いかかる。

「......これは何の真似だ?」

 クロガネはアカガネの首元へ牙を向ける。その牙は、アカガネを食い殺さんとしている。しかし、アカガネもクロガネを睨み返して牽制する。その眼光から彼もただ者ではない。

「ここで尻尾を巻いて帰るか? 負け犬さんよぉ!」

 クロガネはアカガネを挑発する。黒い瞳は、怒り炎で燃えていた。

「このアカガネ様に牙を向けたこと、後悔するなよ?」

 その言葉を合図に、子分達がクロガネを袋叩きにしようと襲いかかる。

「......さがれっ!!」

 クロガネは、眼光鋭く子分達を睨みつける。その背後には重厚な殺気がみなぎっていた。相対した子分達は怯み、体が硬直してしまった。それはさながら、蛇に睨まれた蛙といったところか。

「こんな脅しに臆するたぁ、情けねぇ子分どもよ」

 アカガネは態勢を整え、クロガネを睨み返す。やはり、野犬の真打ちはアカガネになるか。

「クロガネさん! 病み上がりに闘うだなんて無茶です!!」

 傍観していたシロは、クロガネの容態を憂慮して制止しようとする。

「てめぇは黙ってろ! 男の闘いに口出しすんじゃねぇ!!」

 クロガネは怒りで我を失っている。こうなってしまっては、もう誰も彼を止められない。

「このバカ狼っ......!!」

 聞かん坊なクロガネをシロは嘆くしかなかった。

「お前さん、ケガしてんのかぁ? 天下の狼が聞いて呆れるねぇ!」

 アカガネは冷たい視線をクロガネに向ける。それは、手負いの狼ごとき敵でないと言わんばかりだ。

「能書きをたらたらと!」

 クロガネは正面から襲いかかる。それに応じるように、アカガネも迎撃態勢に入る。両者は頭突きの後、激しく睨み合う。

「どうした? 狼の突きは豆腐みてぇだな」

 アカガネは涼しい顔をしている。やはり、手負いのクロガネには厳しい戦況か。

「てめぇこそ、こんにゃくみたいな頭してんなぁ!」

 しかし、クロガネも負けてはいない。狼である誇りは揺るがないのだ。やがて、互いに取っ組み合いのような姿勢へと変化する。

「あわわわ......」

 その様子に、シロはただただ肝を冷やす。とにかく、病み上がりのクロガネが気がかりのようだ。

「こうなればヤケです! クロガネさん、そいつをぶちのめしちゃって下さい!!」

 この際、クロガネがどうなろうと知ったことではない。シロは、とにかく彼を鼓舞することにした。

「うるせぇ! 外野が騒ぐんじゃねぇ!!」

 シロの行いは悉く無下にされてしまう。ここまで自身の思いを無下にされても挫けない彼女の精神力は、もはや称賛に値するだろう。

「よそ見は禁物だよ、狼さん!」

 その時、アカガネは不意を突いてクロガネを突き倒す。これはクロガネの不覚!

「......なるほど、ここだな?」

 クロガネの傷口を見たアカガネは、それを牙でえぐった!

「うぎゃあぁぁぁっっっ!!!」

 クロガネの悲痛な叫びが、洞穴にこだました!

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