第4羽 野犬との取引

「いやぁ、久々のご馳走は最高だったぜぇ!」

 ここ数日、クロガネは空腹に苛まれていた。それゆえ、栄養満点の油揚げは彼の腹を心地よく満たしたに違いない。

「――さて、もうひと眠りするかなぁ?」

 満腹になったクロガネは眠気を催してきた。病み上がりの彼には、とにかく栄養と休養が最優先である。

 しかし、そんな矢先に何やら遠くから足音が聞こえてくる。一体何事だろうか? それも1匹や2匹のものではなく、大勢であるようだ。クロガネは不審に思い、洞穴の外を眺める。

「......助けてぇーーっ!!!」

 何と、先程追い出したシロがこちらへ向かって猛進してくるではないか! だが、クロガネはその背後の集団を見て驚愕する。

「アイツ、よりによって野犬どもを連れてきやがって!! ふざけんなよ!」

 クロガネは眠気から覚め、不快感を露わにする。野犬の群れは、いわばならず者の集団だ。そういう輩に関わることは、クロガネにとって面倒でしかない。

「こっち来んなバカっ!!」

 クロガネはシロを追い払おうとするが、彼女はそんな言葉に耳を貸さずに洞穴へ飛び込む。そして彼女は、クロガネの顔面目がけて突進してきた!

「......グエッ!!」

 クロガネは、シロからの頭突きを受けてひるむ。

「バカとはなんですか! 命の恩人が危機だというのに!!」

 いくら命の恩人とはいえ、これは少々シロが恩着せがましい。さすがにクロガネも黙ってはいられない。

「てんめぇ......よりにもよって野犬ども連れて来やがって!!」

 縄張りを部外者に侵入されたことで、クロガネは怒り心頭だ。

「私だって、好きで彼らを連れてきたわけではありませんよ!!」

 シロの言い方は八つ当たりにも近い。二人の口ゲンカには際限がない。

「......揉めているところ申し訳ないが、ちょっといいかな狼さん?」

 野犬の親分らしき者が二人へ介入する。クロガネは怪訝そうに彼を見つめる。

「あ? ごろつきが何の用だ!」

 クロガネの語気はきつい。彼の表情からは敵意が見て取れる。

「おいらはアカガネ、こいつらの親分をやらせてもらっている。アンタの縄張りに無断で立ち入ったのは悪かった。お詫びと言っては難だが、おいらにその兎を引き取らせてはくれないか?」

 アカガネは物腰の低い口調で語りかける。どうやら、揉め事を起こしたくないのは互いに同じであるようだ。

「それは別に構わねぇよ。オレも、コイツに迷惑していたところだ」

 あろうことか、クロガネは恩人の命を売ろうとしている。その交渉を傍観していたシロは困惑する。

「......ちょっと! 命の恩人を裏切るのですか!?」

 彼らのやり取りに、シロは反論せずにいられない。彼女にとって、これはあまりにも不条理である。しかしその願いも虚しく、クロガネはためらいもなくシロを野犬達へ引き渡す。

「この恩知らず......!!」

 シロの目からは悔し涙が溢れ出す。彼女は善行を無下にされてしまい、恨めしいことだろう。

「取引成立、だな」

 アカガネは不敵な笑みを浮かべる。よくみると、彼の口元は血に染まっている。それを見て、クロガネはある疑念を抱く。

「つかぬ事を聞くが、その口元はどうしたんだ?」

 クロガネにはある確証があった。おそらく、彼はクロガネにかけられた容疑に関わっていると。

「これかぁ? 通りすがりに食料を少しばかり頂戴した次第だ。子分たちも腹いっぱい喰えて満足しただろうさ」

 アカガネは満面の笑みを浮かべる。その言葉を聞いて、クロガネのはらわたは一気に煮えくり返る。

「......てめぇかぁ! 里の鶏どもを襲ったのは!!」

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