第3羽 小さな親切、大きなお世話
「......おや、意識が戻りましたね?」
寝ぼけまなこの兎はそう呟く。何だか変なヤツがいる、それが今のクロガネの認識だ。狼は肉食の猛獣と知りながら、なぜ彼女は傍で眠っていたのか? クロガネには理解しかねた。
「てめぇ、こんなところに何の用だ!? ここはオレの縄張りだぞ!!」
彼女のふてぶてしさに、クロガネは気味が悪いとさえ思ってしまった。そんな思いからか、彼は思わず縄張りを主張してしまう。
「ちょっと狼さん! 命の恩人に向かって『てめぇ』とは失礼じゃないですか!?」
クロガネの心ない言葉に、兎は負けじと反論する。自身の献身的な看病が無下にされたのだから、それは当然の気持ちである。
「オレは狼さんじゃねぇ! オレには『クロガネ』って立派な名前があるんだ!!」
二人の言い争いは、売り言葉に買い言葉という表現がふさわしい。そして、クロガネは自身の名前によほど誇りを持っていると窺える。
「クロガネさんですか。頭の悪そうな名前ですね!」
クロガネの誇りを踏みにじるように、兎は容赦ない罵声を浴びせる。
「黙れチビがっ!!」
クロガネも兎に応じて罵声を返す。
「チビじゃないですーっ! 『シロ』ですーっ!!」
お互いに、自身の名前に誇りを持っていることは同じなのだろう。その言い争いは、何だか似た者同士のように見える。
「とにかくシロ、ここはオレの縄張りだ。とっとと出ていけ!」
際限のない言い争いに嫌気が差したのか、クロガネはぶっきらぼうにシロを洞穴から追い出した。
「......この恩知らず!」
クロガネのぞんざいな対応に、シロは捨て台詞とともに洞穴から逃げ出す。クロガネは、彼女の恩を仇で返す形となってしまった。
「何だよあいつは!」
クロガネは怒り心頭だった。誇り高きクロガネの名を侮辱されたからだ。しかし彼は怒り心頭のあまり、あることを忘れていた。
「そういえば、オレは左脚をマタギに撃たれたんだよな......?」
その事実を思い出し、ふと自身の左脚を確かめる。すると、傷跡は嘘のようにふさがっていた。縫合されているとはいえ、その腕は見事であった。
「嘘だろ......? それに痛みもない!」
クロガネの足取りは軽やかだった。ついさっき、マタギに撃たれたとは思えないほどに。
「......痛っ!」
だが、いくら傷口が縫合されているとはいえ、クロガネが病み上がりであることに変わりない。左脚はまだ完治していないのだから。
「これは油揚げ......? 久々のご馳走だな!」
クロガネは足元の油揚げに気付くと、味わうこともなく一気に頬張る。貴重な食料なのだから、少しくらい味わってもいいと思うのだが......。
――その頃、洞穴を追い出されたシロは不満たらたらであった。
「狼って、なんて礼儀知らずな生き物なんでしょう!」
いくらクロガネの態度が悪かったからと言って、さすがに言い過ぎだろう。それでは、全ての狼を敵に回してしまう。
「あんなヤツ、あのまま死んじゃえば良かったのに!」
しかしながら、シロのお人好しな性格が瀕死のクロガネを放っておけなかったのは事実である。そんな性格が、彼女の魅力でもある。
「......さて、食べ物どうしようかなぁ?」
積雪の中、空腹なのは彼女も同じである。多くの生命が活動を停止する冬季は、食料確保に難儀する。
「あわわわ......」
そんな矢先、シロは気付いてしまった。彼女の眼前の遥か先で、ある集団がたむろしていることに......。
「――親分! 今日は大収穫でしたねぇ!」
集団はにこやかな雰囲気。それに、なんだか血生臭い。
「やっぱり冬は、人里を襲うに限る。鶏もたんまりと頂けたしなぁ!」
集団の親分と思しき者が自慢げに語る。よく見ると、その集団は精悍な顔つきで眼光が鋭い者ばかりだ。
「......ん? あっちに子
親分はシロの存在に気付いてしまった! 彼らは、シロ以上に鼻の利く集団だ。
「まずいっ! 逃げなきゃっ!!」
シロはその場から一目散に逃走した。その集団は、野犬の群れだった!!
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