第2羽 看病

「......ギャーッ! オオカミーッッッ!!!」

 シロは、恐怖のあまり発狂している。

「どうかお助け下さい! どうか......」

 恐怖のあまり、シロは狼へ命乞いを始める。だが、狼はピクリとも動かない。その様子に彼女は違和感を覚えた。

「......???」

 シロは狼の顔をまじまじと見つめる。しかし、それでも狼は彼女に反応する様子もない。そこで、彼女は後ろ足で思い切り地面を叩く。いわゆるである。これによって狼へ牽制を試みるが、反応はない。

「......もしかして、死んでる?」

 足ダンに続き、彼女は狼の鼻先を思い切り蹴飛ばした。普段から野原を駆け回っている兎の蹴りが、強烈であろうことは想像に難くない。だが、それでも狼が起き上がる様子はない。

 シロはおもむろに耳を澄ます。すると、狼は微かに息をしていることが分かる。しかしそれも虫の息、彼の命は今夜が峠だろう。けれど、老衰にしてはあまりにも若すぎる。そう直感したシロは、狼の体を探り始める。

「何だろう、血の匂いがする......」

 兎の五感は鋭く、加えて頭もいい。血の匂いとなれば、獲物を食べた可能性もある。しかし、それならば狼の口の周りは血まみれでなければおかしい。そうなると、彼は外傷を負っている可能性が高い。彼女がそれに気付くのは容易かった。

「この傷口、きっとマタギに撃たれたんだ......!」

 シロは、狼の左脚を見て戦慄した。いくら猛獣である狼といえど、マタギに追われるのは恐怖であろう。彼の心中を察したシロは、涙をこらえきれない。

「狼さん、今助けるからね!」

 シロは意を決し、狼の手当てを試みる。まずは、その左脚に食い込んだ弾丸を摘出しなければならない。幸い、弾丸は肉体の比較的表層にあったため摘出は容易だった。それと同時に、止血のため傷口を縫合していく。それらの作業を、シロはよどみなく進めていく。だが、彼女の道具と技術の所在はどこにあるのだろうか? それは不明である。

「仕上げに、これを塗ってと......」

 最後に、シロは縫合されたその傷口に何かの粉末を塗りたくる。その見た目から、漢方薬の類かもしれない。

「これでよし。あとは、意識が戻った時の食べ物を......」

 そう呟くと、シロは一目散に外を目指す。彼女は一体どこへ行ったのだろうか?

 ――しばらくすると、シロは洞穴へ戻って来た。両手には、何やらきつね色の何かを抱えている。見た目からして、油揚げであることは確かだ。しかし、彼女はそれをどこから持ってきたのだろうか?

「狼さん、起きたら食べてね?」

 シロは意識のない狼に言葉をかけて、彼の鼻先へそっと油揚げを置いた。

「何だか疲れちゃった。少し寝ようかな?」

 狼の手当てに奮闘したシロは、疲労困憊だった。看病というのは、それだけ精神的負荷が大きい。そして彼女は、狼と背中合わせになるように体を合わせて眠りについた。

――意識を失ってから、どれくらいの時間が経ったのだろうか。クロガネはようやく目覚めた。

「......油揚げ? そうか、オレは死んだのか」

 彼の眼前には一枚の油揚げが置かれている。きっと、誰かが憐れんでお供えでもしたのだろうと彼は思った。

「しかし、天国ってのは地味だなぁ? ......それより、鼻が痛ぇっ!!」

 クロガネは目覚めてまもなく、鼻の激痛に襲われる。意識のない彼の鼻を、まさか兎が蹴飛ばしたなど想像できまい。

「......ん? 背中に誰かいる?」

 彼は思わず後ろを振り向く。すると、そこには1羽の兎の姿があった。

「何だこいつ?」

 クロガネの頭に疑問符が浮かぶ。彼には、状況がいまひとつ理解できていない。

「......おや、意識が戻りましたね?」

 兎は、寝ぼけまなこで呟いた。

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