白と黒をつむぐ

みそささぎ

第1羽 白と黒の出逢い

 しんしんと雪が降り積もる山道を、1匹の狼が颯爽と駆け抜ける。

「――全く、あれはオレじゃねえってのに......!!」

 彼の名はクロガネ、この山に住まう狼である。彼はある事件の容疑をかけられており、逃走している最中である。

「待ちやがれっ!!」

 それを追うのは近くの里のマタギである。彼は、事件の容疑者とされるクロガネを執拗に追いかける。積雪で足場が悪かろうが、それはさして問題ではない。

「しつこいヤツだな!」

 クロガネは里で名の知れた凶暴な狼であり、彼を知る人間はおろか近隣に生息する鳥獣ですら畏怖の念を抱くほどである。そんな彼が里で事件を起こしたとあれば、マタギとしてはクロガネを討伐せざるを得ない。

「この先には洞穴ほらあながある。そこまで逃げ切れれば――」

 マタギは必死に追いかけるがここは山中、地の利はクロガネにある。彼は、マタギから逃げ切れる確信があった。そこはやはり、伊達にこの山を生き延びてきたわけではない。

「くそっ、このままじゃ逃げられる!」

 分が悪いと悟ったマタギは、背中に提げていた火縄銃を手に取る。

「ヤバいっ! あんなもの使われたら......!」

マタギは静かにクロガネへ照準を定める。それを察した彼は、洞穴の入口へと急ぐ!

「逃がすかっ!」

 その瞬間、マタギは火縄銃の引き金を引いた。周囲には、重い発砲音がやまびことなって響き渡る。クロガネは無事なのだろうか......?

「......ちっ、逃がしたか!」

 マタギは口惜しそうに言葉を吐き出す。銃口の先に、クロガネの姿はなかった。

 ――クロガネは間一髪で洞穴へ逃げおおせた。だが、無事というわけでもない。

「くそっ、左脚が思うように動かねぇ!」

 彼の左脚には鉛玉が食い込んでおり、その傷口からは血液が流水の如く染み出している。その様子はあまり痛々しく、見るに堪えない。

「気のせいか? だんだん体が重くなっている気がする」

 クロガネが歩みを進める間にも、彼の血液は体内から徐々に失われていく。これでは、体内から血液を自ら絞り出しているようなものだ。

「ダメだ......何だか眩暈めまいがしてきた」

 クロガネはとうとう歩みが止まり、うつ伏せで倒れこんでしまう。そして、彼の意識はだんだんと遠のいていく。

「オレ、このまま死ぬのかな?」

 薄れゆく意識の中で、彼は自身の死を悟った。いかに名を馳せた狂犬だろうと、死に方を選ぶことは出来ない。あとはこのまま静かに土へ還るだけ。クロガネは無心になり、死を受け入れながらそっと瞳を閉じた――。

 ――時を同じくして、山中を1羽のうさぎが跳ね回っていた。

「さむーいっ!」

 彼女の名はシロ、食料を探して近隣を散策していた。不幸なことに、降雪に見舞われ食料散策は困難を極めていた。

「お? あんなところに洞穴がある。あそこなら何かあるかも?」

 僅かな期待を抱き、シロは洞穴へと向かった。

「うーん......薄暗くて中がよく見えないや」

 どうやら、シロのあては外れてしまったようだ。しかし、それでも彼女は洞穴の奥へと突き進んでいく。

「あれ? 誰かいる?」

 シロは何かの存在に気付く。それは、自身の体格より数倍も大きいと見受けた。しかし、薄暗い洞穴の中ではそれが何か見当もつかない。

「おーい? 誰かいますかぁ?」

 シロは遠くから呼びかけるが、反応はない。その時、彼女はどことなく違和感を覚える。

「......え?」

 彼女は唖然とする。精悍な顔つきのそいつは、どこかで見たような気がした。それはやがて、恐怖心となって脳内を駆け巡る。

「......ギャーッ! オオカミーッッッ!!!」

 シロは、恐怖のあまり発狂してしまった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る