068 ラベンダー畑
陰鬱な空気が、勇者フリッツを暗く染めていた。重苦しい雰囲気とは対象的に、一面のラベンター畑が広がっている。美しい紫色の波が、風に吹かれて揺れる様子は、彼に昔の記憶を思い起こさせていた。
太陽の光を浴びて輝くラベンダー畑の向こう側から、彼女はやってきた。よろよろの足を懸命に動かしながら、震える唇が開く。
「……フリッツ」
「っ」
チリアートが、フリッツを案じてやってきた。重い体を起こして、無理を押して彼のもとにやってきた。
「どうして」
彼女が歩く度に、ラベンダーの花が揺れる。
弱々しいはずなのに、彼女は生命の輝きを放ちながら、暴走仕掛けるフリッツを止めようとする。
「駄目だよ、寝ていなくちゃ」
フリッツの瞳に、輝きが戻る。
「あんたが、あたしを放置するから」
戦いと使命によってすり減らされた心。光を失った眼差しを見てみれば……どちらが呪いに苦しめられているのかすらわからないほど。
「こんなところで、遊んでいる場合じゃないでしょ。あんまり、町の人に迷惑かけないでね」
「チリアート……!」
フリッツは、今の今まで、足元のラベンダー畑を認識していなかった。美しいものを美しいと感じる余裕すら、失っていたのだ。
「駄目だよ、寝てなくちゃ……!」
フリッツは、失う恐怖に怯えていた。
彼女のために居ても立っても居られなくて、もどかしさを抱えて暴れていた。
「寝てたって、よくならないわよ。これは、きっとそういうものじゃない」
よろよろと、彼女がフリッツに近づくにつれ、美しさと暖かさがフリッツに伝播していく。やつれた二人の表情はよく似ていると、二人は目を合わせて気づく。
「あんたは、世界を救う勇者でしょ。女の子一人が倒れたからって、落ち込んでどうすんよ」
「……違う。僕はもう、勇者の役目を投げ出した。だから……!」
「世界よりも、私といっしょにいたいの?」
弱々しさを見せるフリッツを見ていると、チリアートの中の闇が、少しずつ和らいでいた。どれほど手厚い看護よりも、彼の存在は少女を強くさせる。
「どうだっていい。仲間一人も守れないなら、どのみち勇者失格だ」
「そう」
嬉しい、と。
彼女は心から、そう思った。
「じゃあ、いっしょにいてよ」
だから、強がりの笑みを浮かべる。
「一人にしないで。あんたがいないと、調子が悪いの」
「チリアート……」
そのとき、ようやくフリッツは気付いた。
今、少女のために、自分が何ができるのか。
闇雲に呪いの大元を探そうと躍起になるのではなく――少女の心の支えになることが、勇者フリッツの役目なのだと。
「すぐによくなるから、そこにいて」
チリアートは、フリッツん居てを伸ばす。
「そしたらきっと、大丈夫だから」
「……!!」
ラベンダー畑の中央で、二人は寄り添う。
勇者フリッツの瞳に、輝きが灯った。
「ごめん、チリアート」
「……ん」
遠くから、水龍の咆哮が聞こえてきた。
大地が、震える。
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