067 勇者失格
――スキル【勇者】
それが、フリッツに与えられた能力である。
選ばれし御子として、異質中の異質のその能力は――しかし、具体性に欠けるものだった。
キッカのように、【魔弾】を生成できるわけではない。身体能力を著しく向上させるわけでも、特殊な能力に目覚めるわけでもない。ただ、彼はそのスキルによって、世界から愛されることとなる。
「勇者、フリッツだ!」
勇者とは、世界を救う存在である。
それは概念であり、運命であり、彼の選択はあらゆる可能性をも覆しうるものだ。
例えば、未熟な彼の身体能力は、その目的に応じて最短で成長する。物語に愛された主人公のように、誰よりも早く成長する。剣を握れば早々にコツを掴み、技術を身につけ、運を味方につけながら仲間にも恵まれる。願う未来は効率よく実現させる、ご都合主義こそが――彼の能力である。
「不思議とね、上手くいくんだ。だから俺は、勇者なんだろう」
もちろん、スキルは万能ではない。
だが、挫折や失敗があったとしても、それを乗り越えるのが勇者である。
――故にフリッツは、選ばれし御子の中でもひときわ注目され、目立っていた。
明確な能力があるわけではないのに、八面六臂の活躍をする。
だが、そんな能力は……この世の歪さすら、明確に嗅ぎ取ってしまった。
「勇者よ、瘴気領域を攻略するのです」
王都サンレミドでは、各地から選ばれし御子が集められ、教育が行われていた。フリッツを含めた子どもたちは、エリートコースという名の英才教育を施され、瘴気領域の攻略を強いられる。どうして? と疑問を挟むことも許されず、不明瞭な理由で納得させられるばかり。他の子供たちはそれを光栄なことだと信じ、純粋無垢に努力を重ねていたが、勇者フリッツはそうではなかった。
「……どうして、危険を犯してまで瘴気領域にいかなくちゃいけないんだ?」
勇者としての特性が、王国の教育に抗い始める。
「それは栄誉のあることなのだから!」
「将来の身分を手にするために!」
「王国の発展の為ならば!」
王国のために剣を手に取り、命を散らせながら戦うことを美徳とされる社会の中で、子供たちの思考は単一の方向へと誘導されていた。フリッツは、知っていた。瘴気領域に挑むことが、どれほど危険なことかを。
――瘴気領域の攻略に乗り出した者たちは、その大半が帰らぬ人となっていた。
ろくな成果を挙げられぬまま、連絡が途絶える先輩たち。約束された死地への挑戦に、なぜ自分が身を投じなければならないのか。
「王国は、僕たちに何をさせようとしているんだ?」
沢山の才能を散らせてまで、得られるものとは? 失った命に等しい対価があるとは、フリッツにはどうしても思えなかった。
【勇者】は、怯えを知る。
誰かの意図に操られて命を落とすことは、彼の中の【勇者】が許さない。
そんなときだった。
魔女の末裔である、チリアートという少女と出会ったのは。
彼女はとても、がんばり屋だった。勝ち気で、愛らしい性格をしているけれど、フリッツのことを【勇者】ではなく一人の友人として接してくれた。彼が弱音をこぼしたときですら、否定することなく耳を貸してくれたのだ。
「あんたでも、死にたくないって思うんだ」
「と、当然だろ! 人を助けるためなら、危険を顧みないが――無駄死にだけは、ごめんだ」
「わかる!」
落ちこぼれのチリアートに惹かれるのも、無理もない話だ。
「エリートだと思ってたけど、話がわかるじゃない!」
彼女は、王国の教育に染まっていなかった。
落ちこぼれが故に、周囲から爪弾きにされたことで、フリッツの良き友人になれたのかもしれない。
故に、チリアートが王都サンレミドに居場所がなくなったとき――フリッツは、これまでのすべての立場や義務を放り投げ、共に逃げ出すことにした。それが、【勇者】の選択だ。
「ど、どうしてあんたがついてくんのよ!」
「チリアートが寂しいだろうと思ってさ! ははは!」
もしかすると、自分は【勇者】として間違えてしまっているのかもしれない。王国の指示通りに従うことが、世界を救うことになるのかもしれない。
――だが。
「一人の女の子を大切に出来ないやつが、勇者を名乗れるかってんだ」
勇者フリッツは、少女を選ぶ。
そのときから、彼の人生に光が差し始めたのかもしれない。
◆
「……チリアート」
水鏡によって飛ばされた異世界で、彼は願う。
「君を救うためなら、僕は」
気が付けば、彼女の存在は大きなものへと膨らんでいた。
「――鬼にでも悪魔にでも成り果てよう」
その後姿は、とても勇者のものとは思えなかった。
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