064 転移の影響


「……はぁっ、はぁっ……」


 賑わうアオスタの人々のぬくもりから逃れるように、木陰で蹲るチリアート。


「な、何よ、これ……っ!」


 転移してしばらくして、彼女の身体に異常が現れ始めていた。

 それは単なる体調不調などではなく、もっと根深い、得体のしれない感覚であった。


「――っ!」


 思考回路は猛烈な速度で動き、思考は霧の中を彷徨うように混濁する。

 立っているのもつらいほど揺さぶられ、何度も嗚咽が飛び出す。


 単なる肉体的な反応ではない。

 自分の中にある何かが反応し、共鳴しているようであった。


「お腹、減った……」


 何度も嗚咽をしているせいか、空腹が彼女を更に苦しめる。だが、食べ物を求める肉体的な空腹と言うよりも、魂の空腹であった。内なるエネルギーを、自身の身体が欲している。お腹が減って、仕方がない……!


「フリッツ……」


 明らかに異常な状態であったが、だからこそチリアートは自身の状況を伝えることが出来なかった。

 勇者として選ばれ、才能あるフリッツのことを思えば思うほど、自分の存在は足かせとなっていた。

 だからこそ、突然の謎の体調不良によって、彼の歩みを止めさせるわけにはいかなかった。


「……すぐに、収まるでしょ」


 チリアートは、転移した世界の影響を、身をもって感じていた。内なる不快な感覚と向き合い、そして耐え抜くことを固く誓う。


「……だいじょーぶ?」


「っ!?」


 だが、そんな彼女の我慢も虚しく、あっさりと気付いてしまう人物がいた。


「み、ミリヤムっ……!? こ、これはっ……!」


「あー」


 ニコリと笑う、天真爛漫な少女は。


「お腹が減ってるんだねー! うんうん、わかるわかる。じゃ、何か探してこようか?」


「えっ……」


 苦しむチリアートを見て、単なる空腹としか思わなかったらしい。


「そ、そうね……何か、エネルギーになるものが欲しい。たぶん、ガス欠だから……」


「ほーい!」


 とてとてと立ち去ってゆくミリヤム。

 ほっと安堵するチリアートだったが――。


「あっ、そうだ!」


 振り返ったミリヤムの瞳には、光が失われていた。


「――きのこさんは、すき?」


「……え」


「すき?」


「えっと」


 チリアートは、好き嫌いはあまりない方だったが――何故か、このときは頷くことができなかった。


「今は、別のものがいいかも」


「ざーんねん」


 再び、するすると立ち去るミリヤム。

 今度こそ、振り返ることなく消えてゆく。


「……あの子、なんだか……変」


 だが、人の心配をしている状況ではなかった。


「おーい、チリアート!」


 遠くから、フリッツの呼ぶ声が聞こえる。


「……っ!」


 頬をぱしんと叩いて、己に活を入れた。

 気の持ちようでなにかが変わると信じながら、お腹に力を込めて、笑顔を作る。


「今行くー!」


 いつから、偽ることが上手になったのだろうか。

 自問自答しながら、唇を噛みしめる。

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