052 パーティ結成
ギルドマスターの部屋に通されたキランは、竜騎士ストラウケンと対峙する。人間離れした岩のような体格に、精悍な顔つき。壁に立てかけられた剛槍は、並の人間では持つことすら難しいサイズをである。ストラウケンという男は、見るからに豪快な出で立ちだ。
「――お主が、キランと名乗る旅の者か。どうやら、うちの職員が面倒をかけたみたいだな」
「何のことだ?」
ストラウケンの傍に、ソーニャが控えていた。どうやら、話し合いに同席させるくらいには、彼女は信頼を得ているようだ。
「フリッツのことだ。あやつは腕が立つのだが、女に目がないのが欠点だ。お主に非がないとソーニャからは報告されている」
「……別に、構いやしねえよ。手を上げたこっちも悪いしな」
直感的に、キッカは猫を被るのを止めていた。この男とは、あまり不用意な駆け引きはしない方がいい。
「お主が第一発見者のようだな。暗紅教会で何が起きていたか、把握はしているか?」
「……いや」
記憶を辿りながら、キッカは言う。
「状況から見て、神父の死体を宿主に、強力な寄生型ナイトメアが根を張っていたんだろう。だが、オレが来たときには雑魚しか見当たらなかったよ。神父も、その他の連中も、惨殺されていたからな」
「……ふむ」
考え込みながら、ストラウケンは問いかける。
「だが、あの場には明らかに強力な個体がいた痕跡がある。お主が殺したわけではないのなら、奴はどこに消えた?」
建物ごと寄生する程の強力なナイトメアが、神父の死体に寄生していたはずだ。だが、ナイトメアを殺したものもいなければ、その死骸もない。
「ナイトメアと瘴気は切っても切り離せない関係にある。先程、広域探索術式を起動してみたが、瘴気は見当たらなかった。はっきりしているのは、寄生型ナイトメアが全滅したということのみ。お主が討伐したと口にしてくれるのなら、事態は丸く収まるのだがな」
「嘘はつけねえよ」
「……そうか」
結論を出せないまま、しばらくの間が空いた後。
「……あの、推測でしかないのですが」
脇に控えていたソーニャが、恐る恐る挙手をする。
「申してみよ」
「暗紅教会を襲撃したのは、ナイトメアじゃない可能性は?」
「ほう?」
「寄生型ナイトメアが神父様の身体を使って教会を掌握していたところまでは正しいと思います。だけど、それを手引したものが他にいるんじゃないかって」
「まさか。そんなことをして、何のメリットが有る。この町の人間は、そこまでバカではないだろう」
「ええ、だからこの街の人間じゃなくて」
広げられた地図を、彼女は指さした。
「――嘶きの森の魔族が、秘密裏に侵攻してきたとしたら? 敵がナイトメアだと絞るのは、危険すぎます」
「…………」
違う、と。
即座に否定したかったが、ぐっと堪えるキッカ。
ここで魔族の肩を持てば、怪しまれてしまう。それでは意味がない。
「いや、それはないだろうな」
だが、意外なことにストラウケンが首を横に振った。
「嘶きの森の魔族が、グリーンパールに侵攻する理由がない」
「相手は魔族ですよ!? 理由なんて必要ありません! 人間と魔族は、互いに理解し合えないのです!」
「……そんなことを言われてもな」
冷めた目で、ストラウケンは言う。
「俺は魔族と会話したこともなければ、戦ったこともない。たとえ、過去の歴史がどうであれ、俺は自分の目で見たものしか信じない。嘶きの森の瘴気が晴れてから、魔族は一度でもグリーンパールに侵攻する素振りを見せたか?」
「し、しかし――!! 王国の遊撃隊が、皆殺しにされたとか!」
「当然だろう。こちらから、嘶きの森に侵攻したからな。逆の立場なら、俺だって同じことをする」
「……それは」
……会話の流れが、予想もしない方向に傾いていた。
どうやらストラウケンは、豪気な見た目とは裏腹に、物事を冷静に俯瞰することに長けているようだ。
「第三者の介入の可能性は捨てきれないが、嘶きの森の魔族が介入しているとは思えん。ま、証拠があれば別だがな」
にやりと笑いながら、キッカに視線を向ける。
「――そのときは、こちらから報復すればいいことよ。やられたらやりかえすのが、俺の作法だ」
「そうですね……確かに、早計だったかもしれません」
「……裏側にいる人物を探るのも大事だが、今は目の前の結果に対処するべきだ」
「ほう?」
キッカの言葉に、ストラウケンは興味深そうに視線を向ける。
「凶悪なナイトメアが、何らかの理由で気配を断った。死体が残されていない以上は、生きていると想定すべきだろうな」
戦いとは、常に最悪を想定しておかなければならない。
「――キラン殿の言う通りだな。不明な点が多い以上は、あらゆるケースを想定して構えておかなければならない。寄生型ナイトメアが潜伏していそうな場所を捜索させろ。くれぐれも、単独で行動しないように」
「かしこまりました。各隊長には、そのように指示しておきます」
「ところで、キラン殿。話に聞いたところ、瘴気領域の攻略メンバーに加わりたいらしいな? その辺りの事情を伺っても構わんか?」
「……大した理由じゃねえよ。単に、人探しをしているだけだ」
「瘴気領域に、人探しだと? ワケありか?」
「まぁな」
細かい事情を話すわけにはいかないが、どうやらストラウケンは察してくれたようだ。さすがは経験に長けるギルドマスターである。
「フェリエル・エルパレス、という名の少女を探している。剣の腕が立つ、十五歳の女の子だ。もし、心当たりがあったら教えて欲しい」
「……エルパレスだと?」
その名前に、ストラウケンは反応する。
「エルパレス流の使い手の一族! あの男の娘が、生きていたのか……!!」
「知っているのか?」
「もちろんだ。娘のことは知らんが、父親とはかつての旧友でな。政争に巻き込まれ、命を落としたと聞いていたが……そうか、生き延びて……」
過去を懐かしむような、優しい笑みを浮かべていた。フェリエルの父親とストラウケンの関係が、ありありと見て取れる。
「そういや、騎士の一族だって言っていたな。知っている人がいても、おかしくねえのか」
「かつてはあの男とは、腕を競って戦ったものよ。結局、俺はスキルを使いこなすまでは手も足も出なかったがな……」
フェリエルの父親の話をするストラウケンは、どことなく楽しそうだった。聞いているだけで、まるで自分のことのように嬉しくなってしまう自分がいた。フェリエルの父親なんて、会ったこともないというのに。
「事情は了承した。これも何かの縁だ――攻略メンバーの候補に入れてやる。そのために、グリーンパールを訪れたのだろう?」
「ああ、助かる。……で? 候補から確定になるには、どうすりゃいい?」
「それは――」
と、ストラウケンが口を開いたそのときだった。
「――話は聞かせてもらった!」
意気揚々と、勇者フリッツが登場する。背後には、引き攣った表情のチリアートが続く。
「瘴気領域に挑むものは、力を示す必要があるのさ! どうだろう、お嬢さん! 僕と一緒に、試練の迷宮に挑まないかね!」
「……ホント、こいつは……」
キッカよりも、チリアートの方が呆れていた。
「ごめんね、キランさん。こいつ、馬鹿だから……面倒かけるかも」
「……試練の迷宮って?」
「それは、俺の口から説明しよう」
フリッツから視線を外しながら、ストラウケンは語る。
「瘴気領域の攻略には、完全なる瘴気耐性が必要である。我々のギルドは聖女殿のご協力により、一時的に加護の力を引き上げる魔導具を入手した。その名を『寵愛の石像』と呼ぶ。だが、限定的な魔導具が故、自由に使用させる訳にはいかない。瘴気領域に挑むためには、我々の用意した試練をクリアしてもらう必要があるわけだな」
「……それが、試練の迷宮か」
「左様。寵愛の石像は、迷宮の最奥に設置してある。もし、お主らが瘴気領域に挑みたければ、実力でその権利を掴み取ってくることだな。建前上、ギルドの推薦がなければ挑戦できないことになっているが、試練の迷宮への出入りは自由だ。どうせ、誰もクリアできんからな」
「なるほどね。わかりやすくて結構なことだ」
「丁度、俺たちも試練の迷宮に挑戦しようと思っていたところなんだよ! だからほら、一緒に攻略しようぜってわけさ! 何が起きるかわからないんだ。パーティを組んだ方が成功率は上がるだろ?」
「……雑魚そうに見えるかもしれないけど、フリッツはそれなりに頑丈だし、肉壁にはなるわよ。キランさん、強そうだし……あたしとしては、一緒に来てくれたほうが助かる」
「身内贔屓なわけじゃねえが、こいつらは立派な冒険者だ。選ばれし御子の中でも、将来性を買われている。素行が悪くて王都では居場所がなかったが、決して足は引っ張らねえぜ。俺としても、強力な戦力同士は手を組んでもらいたいわけだ」
「別に構わねえよ。だが、いいのか? あんたらは、オレの実力を知らねえだろ。とんでもない雑魚だったらどうすんだ?」
「つまんねえ冗談だな、キラン殿」
ストラウケンは、鋭い眼光を向けて。
「――相手の強さなんて、目を見りゃある程度はわかるだろうさ。実力不足だなんて、これっぽっちも思っていねえよ」
「そうか」
なら、迷う必要はないとキッカは頷いた。
「――よろしく頼むよ。フリッツ、チリアート」
「僕の方こそ! いやぁ、びっくりしたよー。てっきり、旅芸人の可愛い女の子だと思っていたから、こんなに強い魔素を漂わせているとは思わなかったなー」
「ひと目見て気付きなさいよ! あんた、お酒飲み過ぎなのよ!」
かくして、勇者と魔法使いと手を組んだキッカは、試練の迷宮に挑む。
その場しのぎのパーティではあるが、悪くない相手だとキッカは予感する。
「お手並拝見だな」
スキル「勇者」の真髄が、今は楽しみで仕方がない。
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