050 悪夢は繰り返す
『グリーンパール』の北部にある瘴気領域から現れたのは、百に近い数のナイトメアの大群だった。見張りの警備兵が鐘を鳴らすと同時、ギルド『グニタヘイズ』所属の冒険者が立ちあがる。
キッカが経験したこともないような数を相手にしながら、彼らに動揺など一切見られない。むしろ、活躍の場を待ち望むかのように、わくわくしていた。
「――射撃手は後方から支援に徹しろ! 精鋭部隊は俺に続け! 正面から奴らをぶち破るぞ――!!」
ギルドマスターである『ストラウケン』が、竜の形をあしらった長槍を片手に、先頭を突き進む。加護によって瘴気を無効しながら、巨大な腕を振るい、ナイトメアの群れに剛槍を突き立てた。
「ギイイイイイイイイイ!!!!!!!」
――『竜騎士』
豪胆な戦い方を見ていると、かの称号が思い起こされる。千切り捨てられるように、ナイトメアの身体は吹き飛んだ。理不尽なほどの一撃が、兵全体の士気をこれでもかと高ぶらせていた。
「うおおおおおおおおおおお!」
それはまさに、戦争だ。
襲いかかるナイトメアを、真正面から迎撃し、蹂躙する。大量のナイトメアの中には人型も存在していたのだが、ストラウケンの剛槍の前には瞬殺されるばかりである。
「僕たちも続こう!」
「わかってるわよ、指示しないでくれる!?」
ストラウケンの後方に控えていた剣士と魔法使いのコンビが、一歩前へ踏み出した。隊列を見出したはずだが、咎めるものは誰もいなかった。
――『勇者』
極めて珍しいスキルを承った青年は、聖剣を片手に突出する。
彼こそが、真実の神様に『勇者』のスキルを授けられた、『フリッツ』である。
「勇者斬!」
知性の感じられない技名とは裏腹に、とんでもない切れ味で聖剣を振るう。その刃に捉えられたナイトメアは、中心核を破壊されていないのに、自己回復を行えないでいる。
「が、ガガガガガガっ――!?」
まさにそれは、一撃必殺の理不尽な能力。勇者に傷付けられた『悪』は、正議を受け入れない限り、回復することすら許されない。
「これが、勇者の呪いさ!!」
スキル『勇者』とは、人類に仇なす存在を一太刀で葬る能力である。ナイトメアは、彼にとっての害悪だ。その刃は、容赦なく存在ごと一刀両断する。
「あー、キモいキモいキモい~~~~~~~! どうしてナイトメアって、こんなに気持ち悪いのよ!!」
いかにも魔法使いといった、とんがり帽子とローブを着込んでいる少女『チリアート』。彼女は選ばれし御子ではないものの、勇者パーティに所属しながら、魔術でフリッツを援護している。
「――『火炎槍』」
✕
「『四重奏』――」
規格外の魔素を練り上げながら、燃え盛る巨大な槍を四本を生成していた。彼女の命令一つで、それらは半自動的に対象を焼き貫く。だが、広範囲を対象とした彼女の術式は、仲間すら巻き添えにしかねない。
「チリアート! 危ないんだけど!!」
「あんたこそ邪魔なのよ、フリッツ!」
生と死が絶え間なく踊る戦場の中で、二人はナイトメアと戦いながら罵倒しあっていた。
「いいからここは、僕に任せてくれよ! どう考えたって、僕の方が強いんだしさ!」
「うっさいわねえ! 大群なんだから、まとめて焼き払うほうがいいに決まっているでしょ!」
最初こそ良かったものの、いがみ合う二人はいつしか戦うよりも互いを罵り合うようになってしまう。
「またやってるぜあの二人」
「つえーんだけど、馬鹿なんだよなぁ」
苦笑いを浮かべながら、戦列を押し上げていく他の冒険者たち。能力は認められているものの、肝心の連携力があまりにも乏しい。
「――こいつが、親玉だな」
一方、最前線ではストラウケンが大型ナイトメアと相対していた。
「オオオオオオオオオオ――……」
北の山脈から下ってきた大型は、『血の薔薇』よりも一回りも二周りも大きいワームのような見た目をしていた。言葉を操ることは出来ないものの、獰猛さは他のナイトメアよりも輪をかけて凄まじい。
「お前たち、下がっていろ」
ともすれば一飲みで喰い殺されそうな体格差に、ストラウケンは怯えることは一切なかった。それどころか、目の前の大物に興奮しているようにすら見える。
「――身体中に張り巡らされた竜血が、この俺に力を与えてくれる」
真実の神ヴァルランから与えられたスキル『竜騎士』。
彼の鍛え抜かれた肉体は、竜の加護によって人類の枠組みを越えてしまう。
「征くぞ」
膨張した筋肉が、剛槍を握りしめた。それに応えるかのように、手にしていた槍も肥大化する。さながらそれは、竜の牙のように。
「――ギシャアアアアアアアアアア!!!!!」
鳴き声が、開戦の合図となる。
悪夢の終わりは、もうすぐそこまで来ていた。
◆
キッカが戦場に駆けつけた頃には、ほぼ全てのナイトメアが駆逐されていた。人間側の損害は殆どなかった。何名か重症を負った者もいたものの、好調な戦況に調子に乗った者が、手柄をあげようと勇み足をしてしまったらしい。
「……あの数を、一方的に打ち勝つのか」
さすがは、独立都市と呼ばれているだけはある。保有している戦力は、王都サンレミドにも負けていないのだろう。
「あ、君はあのときの……!」
「げ」
出遅れたキッカに声をかけたのは、勇者フリッツだった。衝動的に殴り飛ばしてしまったせいか、妙に気まずい。
「この間はごめんね、僕、いつの間にか気絶しちゃっていたみたいで! いやぁ、こんな可愛い女の子とお喋りしている時に寝ちゃうなんて、勿体ないことをしたな」
「え」
あれ? 覚えていない?
「……あんた、気を付けなさいよ。フリッツは、女癖が悪いんだから」
「いててて! 何するんだよ、チリアート」
とんがり帽子の少女が、フリッツの頬をつねりながら言う。
「あのときの……」
「この馬鹿、記憶が飛んでいるみたいなの。だから、気にしなくていいからね。また次に似たようなことがあったら、もっと強く殴って構わないから」
「……ありがとう」
控えめに頷くキッカ。なるべく素が出ないよう、賢明に猫を被る。
「あんた、名前は? あたしは、チリアートっていうんだけど」
「……キラン」
「キラン? 変な名前ね。まるで、男の子みたい」
あけすけと口にする少女は、考えていることがすぐに口に出るタイプのようだ。下手をすれば嫌われるが、キッカにとって接しやすい相手だ。
「僕は、フリッツ。こうして二度目の出会いが起きたのも、何かの運命かもね。よろしく頼むよ」
「……ああ」
挨拶もそこそこに、キッカは最前線の方へ視線を送る。
「もう、決着は着いたのか?」
「さぁ? この馬鹿と喧嘩してたら、置いていかれちゃったから……でも、ストラウケンさんが負けるはずないし、決着は――」
と、チリアートが口にしていたところで、喚起の雄叫びが聞こえてきた。
「どうやら、ナイトメアの親玉を討伐したみたいだね」
声のする方へ視線を向けてみると、砂煙を巻き起こしながら引き千切れたナイトメアの死骸が宙を舞っていた。ど派手なやり方で、ナイトメアの巨大な身体を爆散させたようだ。
「……汚えなぁ」
キッカたちの周辺にまで、ぐじゅぐじゅの死骸が飛び散っている。どんな術式を使えば、こうなるのだろうか。
「やだ、まだ動いているんだけど……!」
「うわ、本当だ。気持ち悪いなぁ」
躊躇うことなく、聖剣で斬り払うフリッツ。ぴくぴくと動いていた死骸は、あっけなく動きを停止する。
「後の掃除が、大変そうだな」
「知らないわ。そういうのは、他の人たちにお任せよ」
特に気にもとめることなく、立ち去る二人。
「…………」
だが、キッカだけは未だその場から離れることが出来なかった。
「……嫌な予感がするな」
撒き散らされた死骸が、狙いすましたように四方八方へ広域に渡っていた。普通に爆散しただけで、このようになるのだろうか。まるで、自らの意志で死骸を飛ばしたような、そんな気さえする。
――本当に、中心核を破壊できたのか?
後味の悪さを拭う必要があると、キッカは確信する。
◆
「あー、ムカつくなぁ」
「どうした?」
「ほら、あの勇者と魔術師の二人だよ。いつも好き勝手に暴れて、痴話喧嘩をおっ始めやがる。誰が尻拭いしてると思ってんだよ」
「……あいつら、ストラウケンさんのお墨付きだからなぁ」
「だから、余計にムカつくんだろ。やってらんねえぜ」
ナイトメア討伐の仕事をサボって、遠巻きに戦場を眺める二人。どうせ勝つのだからと、途中で離脱していた。
「死んだらアホらしいしな」
「違いねえ」
飛び散る死骸が放物線を描いて近くに落下した。「きったねぇ」と笑いながら、二人は指さしていた。
「……ん?」
だが。
「今、動かなかったか?」
「ぴくぴくって? 死に損ないかよ」
「いや、そうじゃなくて……まだ、生きてねえか?」
「まさか」
片方の冒険者は立ち上がり、剣を抜いた。
「……ま、念のためな?」
「心配性だなあ」
もう片方の男は、気だるそうに座りながら眺めていた。
「さっさと死んどけよ!」
容赦なく、死骸に剣を突き立てた。
――ぶしゅっ、と。
膨らんだ死骸から、血肉が飛び散った。
「き、汚ええええええええ」
「ぎゃははははは!!」
「う、うぜええ!! おい、何か拭くものを――って、おい」
死骸に剣を突き立てた男が、何かに気がついた。
「お前、肩に何を乗せてるんだ?」
「え?」
――ピギィ。
男が振り向いたその瞬間――それは、口の中から男の体内に侵入する。
「う、わあああああああっ!? んぐっ――!! ぅ、ぁ……!!」
「お、おいっ! ど、どうした!? 大丈夫か……!!?」
彼らは、知らなかった。
先程ストラウケンが倒したのは――今回のナイトメアの親玉ではない。
ただの、寄生先だ。
「――ぎ、ギギギギギ」
「……おい、どうしたんだよ?」
巨大なワームを苗床に繁殖する、無数の寄生型ナイトメア。人型よりも更に凶悪に進化した、ナイトメアの第三段形態である。
「――キョウカイ、ドコ?」
彼らは、意志を持っていた。
彼らは、目的を持っていた。
「教会? 暗紅教会のことか!? お前、どうしたんだ――ぐぁっ!?」
新たなる苗床を見つけて、彼らは静かに侵攻する。
狙いは、『暗紅教会』。
瘴気領域を守るため、加護を与える存在が邪魔だった。
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