049 かわいいねえ
翌日。
「…………」
身も心も洗い流したキッカは、柔らかな布団に包まれながら久しぶりにぐっすりと眠ることが出来た。眩い朝日を心地よく噛み締めながら、ゆっくりと起床する。
「昨夜は、随分と楽しんでいたようで」
ヤギ太郎が、あくびをしながら笑っていた。
「……あー、まぁ、それなりに、な」
グリーンパールの地でも、あのように気さくに誰かと触れ合うとは想像もしていなかった。
「この街は、随分と発展してますねえ。この布団だって、すげーですぜ? 客人に与えるには立派すぎるってもんだ」
「この街を実質的に管理している、ギルド『グニタヘイズ』のマスター『ストラウケン』の手腕によるものだろうな。近いうちに、会うことになるだろう」
「そいつ、選ばれし御子なんでしたっけ」
「ああ。グアドスコン王国から独立しようと、ギルドを立ち上げたらしい。今のところは良好な関係を築いているが……どうだろうな」
独立都市と呼ばれている時点で、将来の建国が目に見えているような気がする。それでも、グアドスコン王国が半ば黙認しているのは、やはり西の『禁忌の迷宮』の存在があるかもしれない。何かが起きた時、グリーンパールを盾にすることが出来る。
「……キランさん、起きてる?」
こん、こん、と。
優しい音を立てながら、ソーニャが扉越しに声をかけてきた。
「おはよう、ソーニャ。わざわざ、起こしに来てくれたのか?」
「ええ、朝食の準備ができているから、いつでも降りてきてね。あとこれ、洗濯しておいたわよ」
「ありがとう」
要件を済ませたソーニャは、慌ただしく立ち去っていく。早速、寝巻きから着替えようと衣装に手をかけると。
「……変化の指輪は使わないんですか?」
「発動しっぱなしだよ。意外とこれ、万能じゃねえんだ。あくまで見た目を二パターン保持しておけるだけで、いつでもあの衣装に変化できるわけじゃない」
「へぇ、そんなもんですか」
「次に発動したら、クソ長え黒髪といつもの羽織に戻るだけだ。入れ替わるように、今の服装が保存される。あくまで変装用の魔導具だな」
お団子の髪型も、露出度の高い衣装も、ちゃんと自分で整えなければならない。旅先でもちゃんとすることを、口酸っぱく言い含められている。もし、手を抜いたことがバレたら、ただではすまないだろう。
「なんつーか」
部屋に備え付けてあった鏡と向き合いながら、髪型を整える。徹底的に練習させられたせいか、今ではすっかり慣れたものである。
「こうしてみると、年頃の女の子にしか見えませんねえ……」
しみじみと、ヤギ太郎はキッカを見つめて呟く。
「……オレが、年頃の女の子? 面白い冗談だな」
可愛らしく笑いながら、衣装に着替えるキッカ。その手付きや仕草は、誰がどうみても少女そのものである。女の子とお風呂に入っても、キッカは動じることはない。だって、それは当たり前のことだから。
自分は、男である。そう自覚しているはずなのに、女の子としての振る舞いに違和感を覚えない矛盾。仕草も行動も、今では当たり前のように少女として振る舞う。致命的な矛盾に、キッカはまだ気が付いていない。男であると信じながら、女の子としての人生を歩んでいる。
「可愛いなんてのは、うちの妹に向ける言葉だろうが」
着替えを済ませたキッカは、足を組んでヤギ太郎と向き直る。可愛さに溢れていたが――やはり、どこか力強い格好良さが煌めいていた。相反する二つの性別がせめぎ合いながら、奇跡的なバランスで成り立っている。それが、キッカ・ヘイケラーが放つカリスマ性なのかもしれない。
「あーあ、がさつに足を組んじゃって」
「ほら、可愛くないだろが」
振る舞いは、凛々しく。
横顔は、美しく。
そして笑顔は、びっくりするほど愛らしい。
◆
「本当に大丈夫かしら? 任せていいの?」
「大丈夫だから、安心して!」
心配そうな表情を浮かべながら、ソーニャは言う。
「……この子、ドジで抜けているところがあるから、よろしくね?」
「おう」
「案内するのはわたしの方なのになぁ」
ギルドの受付の仕事があるため、ソーニャとはここでお別れである。
「……あんまり、無理しちゃ駄目だからね」
「ああ、わかっている」
別れ際、ソーニャは心配そうにキッカを抱きしめる。本当に、心からキッカの身を案じているのだろう。
◆
「ソーニャちゃんはね、昔からああじゃなかったんだよ。どちらかと言えばスパルタ気味の、気の強い女の子だった」
案内される道すがら、二人の思い出を教えてもらう。
「だけどね、いつだったかなぁ……仲良くしていた後輩の女の子がね、『禁忌の迷宮』付近のダンジョンに挑戦したの。だけど、その子は最後まで帰ってくることはなくて」
にこにこしながら、悲しい話を口にする。
「ギルドの案件として、その子のダンジョン攻略の許可を出したのがソーニャちゃんだったから……ひどく、落ち込んでね。あのときは、大変だったんだー……」
「……そうか」
よくある話だと、キッカは思う。どこにでもある、じんじんとした痛みを伴う悲しみだ。
「だから、あんまり無理はしないで欲しいなぁ。キランちゃんのかぁいいお顔に傷でもついたら大変だもん」
「無理なんてしないさ。オレには、見つけなきゃいけねえもんがあるからな」
「おれ?」
「あ、いや」
つい、素が出てしまう。
「……そんなことよりも、本当にいいのか? 選ばれし御子ですらない余所者に、神父様を紹介して」
「だいじょーぶ! 真実の神様は、瘴気領域に立ち向かうために加護を与えてくださったの。『暗紅教会』は、ナイトメアに挑む人を応援する……はず!」
「はずって」
「最近、神父様と会っていないからなぁ……」
「……やれやれ」
瘴気領域を攻略するためには、まず権威ある人物に推薦を貰う必要があった。普段からギルドに所属し、多大なる貢献を上げていれば別だが、余所者であるキッカが攻略に参加するには、それくらいしか方法がない。
「瘴気領域を攻略したいっていう冒険者は後を絶たないから、選抜性にしたの。ギルドマスターとしても、無闇に戦力を送り込んで、失いたくないらしくて」
どうやら、そのギルドマスターとやらが瘴気を克服する術を握っているようだ。面倒ではあるが、相手の作法に乗っかることをキッカは選ぶ。
「神父ねえ」
――『暗紅教会』には気をつけろよ。
ヴェスソンの言い残した言葉が、脳裏に過る。グアドスコン王国全土に教会を構えているが、ここグリーンパールではどうだろう。警戒して損はないと、キッカは気を引き締める。
「優しい人なのか?」
「とーっても優しい神さまだよ! ……本当はね、わたし、シスターなんてきょーみないんだけど……やりたいことが何もないから、仕方なくやっていたの」
「……へぇ?」
「だけどね、神父さまはそれでもいいっていってくれたの。誠実であることが、義務じゃないって。いつか、本当にしたいことが見つかったら、いつでも教会を辞めていいって……」
「神様が聞いたら、怒るんじゃねえのか?」
「そうだよね、わたしもそう思う! だけど、祈りを捧げていれば、神さまも理解してくれるって言うの。神父さまは、おとーさんみたいな人なんだー」
「……なるほどな」
ソーニャが紹介するくらいだ。ある程度はあてがあるのだと思っていたが――頼れそうな相手だ。『暗紅教会』とはいえ、ここは辺境の地。注意するべきなのは、もっと中枢の方かもしれない。
◆
暗紅教会のグリーンパール支部は、町の外れにひっそりと位置していた。周りには民家等はなく、生い茂る緑が眩しい。のどかで牧歌的な場所は、心を癒やしてくれるようだ。
「……そういえば、最近はどうして会っていなかったんだ?」
「さぁ?」
教会の扉を押しながら、ミリヤムはへんてこに首を傾げる。
「神父さま、教会に来なくなっちゃったの。今日はいてくれるかなぁ……」
「……おいおい」
不在だったら、意味ないんだが? と、引き笑いを浮かべながら、彼女の後に続く。中は仄暗く、じめじめとしていた。換気が足りていないのだろう。あまり掃除が行き届いていないのか、柱の影には見慣れないきのこが生えていた。
「寂れてるんだな」
「うーん? あれれ? きのこさん、いっぱい生えてる……変なの。ついこの間までは、きれいきれいな教会だったのに……」
しゃがみながら、指先できのこをつっつく。
「でも、かわいいなぁ、きのこさん。ねえ、キランちゃん。きのこって、どうしてこんなにかわいいんだろうね。こころがぐっとくるよね……」
「……窓を開けるぞ?」
「うん……」
この様子だと、神父は不在だろう。無駄足を踏んでしまったと、次の一手に迷っていたそのときだった。
かーん、かーんと、鐘の音が鳴り響く。その音の意味はわからなかったが、明らかに危険を知らせる音だった。
「ミリヤム! 今のは!?」
「え、えっと、ええとぉ……!!」
突然のことで、目を丸くさせて怯えるミリヤム。だが、すぐにキッカにも理解が届く。
「――ナイトメアの、知らせ、かも」
「!」
久しく忘れていた、悪夢の化身。
そういえばここは、瘴気領域に隣接する都市であることを思い出した。
「ど、どこにいくのっ!?」
「当然、迎撃に」
戦うことを、キッカは躊躇うことはない。
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