048 受付嬢と修道女
「……ふぅ」
その夜、宿屋のベッドに横になったキッカは、旅の疲れを癒やしていた。森の中を進んでいる間は気にならなかったが、どうやら随分と疲労が溜まっていたらしい。
「大変な一日だったな」
「いやいやいや! 何被害者ぶってんっすか! どうみたってキッカのせいだし!!」
キッカのポケットから、声が聞こえてくる。
「勇者っすよ、勇者! 白昼堂々、一発ノックアウトしていいような相手じゃねーっすってば! コレで絶対に目ぇつけられたぞ!?」
「……大丈夫だって。ほら、あの受付嬢も言ってただろ? とにかく今は帰ってくれ、後は何とかするからって……」
「厄介者扱いじゃねえか!」
「そうか?」
「モロだよモロ! だ、大丈夫かよ……!? キッカが『リコースト連邦』の王だって知られたら、ぶっ殺されちまうぜ!?」
「誰が王だよ、バカ」
ぐいっ、と。
爪先で、ヤギ太郎の腹を突っつく。
「それに、この宿を用意してくれたのも受付嬢だよ。迎えに来るまで静かにしていろって」
「めっちゃ迷惑かけてんだろうが! つまりは揉め事を起こしたんだから人前に出るな、ここで頭冷やしてろってことだろうが! 普段は鋭いのに、どうして今は鈍感なんだよ!」
「おー、確かにそうかもしれねえな」
キッカが勇者をふっ飛ばした後の、彼女の対応は迅速だった。すぐに救護班を呼びつつ、厄介者のキッカをすぐに宿屋に押し込んだ。
「――後で、迎えに行きますから、それまで大人しくしていてくださいね!!」
ぷんすか怒りながらも、キッカの身を案じてくれている様子だった。
「向こうが失礼なことをしていたので理解はしますが、やりすぎですよ! 大事にしないようにしますけど、気を付けてください!」
そう言いながら、残業だーと呟きながらギルドに帰っていった。どうやら、キッカが勇者をぶっ飛ばしたことは、内々で処理されるようだ。
「……勇者のスキル持ちが、こんなガキに負けたなんて知られたら、舐められるもんな」
「あん?」
キッカは失念しているが、まだ十一歳の女の子。パカサロやアミアンでは周囲が慣れてしまっているが、明らかに規格外すぎるのだ。何も知らない周囲の人々はキッカのことを侮るに決まっている。
「なんでもアリのこの世界で、見た目に拘るほうがおかしいだろ。変化の指輪みてぇに、外見を偽る魔導具があるくらいなのに」
ベッドに寝転びながら、天井に指輪をかざしながら言う。
「……仕方ねえっすよ。先入観ってのは、中々拭えねえ。私も、キッカのこと舐めて返り討ちにされたわけで」
「まだまだだな、ヤギ太郎も。また、リベンジしてこいよ」
「魔素すっからかんで、そこらの魔物より貧弱になっちまいましたよ……」
ぐでーん、とベッドに横たわるヤギ太郎。魔人としての面影はどこにも感じられない。
「……遅くなりました、受付嬢のソーニャです。お時間を頂いても宜しいでしょうか」
「おう」
ヤギ太郎を咄嗟に隠したキッカは、迷うことなく応答する。
「失礼します」
疲労でいっぱいの表情をぶら下げながら、ソーニャは部屋にやってきた。
「悪かったよ、面倒をかけて。おれ……じゃなかった、私も少し、大人気なかったな」
「……何を言っているんですか。あなたは少女で、あの人は大人です。どうあがいても、悪いのは向こうの方ですから……」
「……そうか?」
手を出した方が悪いとキッカは思うのだが、どうやらソーニャは子供に甘いらしい。
「そ、ソーニャちゃん……この子が、お話していた女の子?」
真後ろで、おどおどした少女がこちらを覗き込んでいた。
「紹介するわ。この子は、シスター『ミリヤム』よ。見た目の通り、弱々しい性格だから、優しくしてあげてね」
「み、ミリヤム……です。よろしくおねがいします……」
震える瞳が、怯えを伝えてくれる。どうやら、人見知りする性格らしい。気弱い性格が、全面に溢れている。反面、幼さを裏切るかのように、やけに発育の良い肢体。シスターの服では隠しきれない魅力が、存分に実っていた。
「えっと、私、は」
たどたどしく、キッカは返答に悩んで。
「……キラン、だ。よろしく」
キッカの名前を使えない代わりに、生前の名前を口にした。
「君、瘴気領域に行きたいのよね。最初は冗談で口にしているかと思っていたけど、只者じゃなさそうだし……一応、出来ることだけはしてあげようと思って」
「……え?」
ソーニャの言葉が、キッカには意外過ぎた。
「勇者を殴り飛ばすくらいだから、君は強いんでしょ。女の子一人で旅するくらいだもの。それに……放っておけないわ。この町、あまり治安がいいとは言えないから」
「それは、とても助かる」
「瘴気領域に行きたいのなら、加護が必要なの。どう、ミリヤム?」
「わわ! まってまって、ソーニャちゃん!」
呼ばれたミリヤムは、たどたどしい足取りで前に出る。
「え、えっと……この子、だよね?」
「うん、お願い」
「?」
おどおどしながら、ミリヤムはキッカを見つめる。僅かに見開かれた眼が、静かに何かを捉えようとしていた。
「……凄い、大精霊様の加護が見えるよ……! わぁ、きれいなお花が、いっぱい……」
怯えはすぐに消えて、彼女はうっとりと何かを見つめる。
「この子……キランちゃん? 本当に、加護を授かっているんだね。真実の神様とは違うけど、これなら寵愛を受けることは可能だよ……! ソーニャちゃんの言った通りだね……!」
「……そっか」
対するソーニャは、複雑な表情を浮かべていた。
「資格がなければ、推薦することも出来なかったんだけどね。お姉さんとしては、幼い女の子を危険な場所につれていきたくないんだけど……」
「……気にしないでいい。私は、強いからな」
どうやら、加護のありなしを確認するために、シスターを呼んだようだ。詳細は不明だが、何らかの加護があれば、瘴気領域を乗り越えられるらしい。
「ん……? 精霊の加護でも構わねえなら、わざわざ真実の神に祈る必要があるのか?」
「……あのね」
呆れながら、ソーニャは言う。
「真実の神様に匹敵する加護を与えられるのなんて、精霊の中でも上位の大精霊様だけなのよ! 普通の人間は、加護を頂くどころか目にすることなんてありえないわよ!」
「そ、そうなのか……?」
「当たり前でしょう。精霊は人間嫌いで有名なの。あなた、本当に何も知らないのね……」
シーロンと当たり前のように接しているせいか、ソーニャの言葉がいまいちピンとこないキッカ。
「それよりも、キランさん!」
「ん?」
むっとしながら、ソーニャは口うるさく言う。
「――まさか、泥だらけの格好でお休みするつもりじゃないですよね?」
「え?」
三日間、嘶きの森を走り抜け、野宿を繰り返してきたキッカは、それはもう全身ぼろぼろだった。元来、細かいことを気にしない性格のため、そのような状態でも躊躇わずに過ごすことが出来るのだが。
「――ミリヤム!」
「了解だよ、ソーニャちゃん!」
こと女の子としては、あまり良くないらしい。
「当ギルド自慢のお風呂に、突っ込んじゃって!」
「はーい!」
「え、えええっ……!?」
きゃあきゃあと騒ぎながら、女の子二人にいいようにされるキッカ。この手の押しには、非情に弱かった。
◆
どうやらキッカが宿泊している宿屋はギルドが運営しているらしく、備品や設備がとても充実していた。
「……まさか、宿屋で温泉に入れるとはな」
運が良かったのか、キッカ以外の客は見当たらない。思う存分、足を伸ばして浸かることが出来る。
「駄目だよぉ、キランちゃん……! ちゃんと、キレイキレイしてからじゃないと……!」
「……細けえなぁ。そういや、着替えを用意してないんだが、大丈夫なのか?」
震える声を上げながら、ミリヤムが後を追いかける。身体を両手で隠そうとはしているが、でかすぎて隠しきれていない。何がとは言わないが。
「お召し物なら、心配しなくても大丈夫だよー? ソーニャちゃん、お掃除の魔術が得意だから、明日の朝にはぴかぴかのホカホカになっていると思うから」
「……そうか」
キッカの衣服を剥ぎ取り、一糸まとわぬ姿にしたソーニャは、キッカを浴場へ押し込んだ後はどこかに消えてしまった。
「お節介な女だな。だが……とても、助かるよ」
初対面のキッカに、ここまで世話を焼いてくれる。そのことを、心から感謝していた。
「女の子が一人で冒険だなんて、ソーニャちゃんからしたら絶対に許せないんだろうな……過保護で、世話好きのお姉さんだから」
「……二人は、仲がいいのか?」
のぼせかけていた身体を引き上げて、身体を洗うために立ち上がる。備え付けられた石鹸に手を伸ばす。
「うん! キランちゃんみたいに、よくこうやってお風呂に入らされていたなぁ。わたし、お花が好きで、お世話をしていると……いつも、泥だらけになってたから」
ミリヤムという女の子は、不思議な魅力を纏わせていた。ふわふわした声と、舌っ足らずな喋り方。あざとさを感じながらも、意図しているものではない自然さがある。天然なのだろうか。
「はい、キランちゃん。お身体を洗いましょうねえー」
「え? あ、いや、自分で……」
「だってキランちゃん、下手っぴなんだもーん。見てられないよー」
「……ぐっ」
ヘイケラー家の屋敷にいた頃は、フェリエルがキッカの身体を洗っていた。いや、何度もキッカは断っていたのだが、フェリエルが頑なにその役目を手放さなかった。
――これは、メイドの役目ですから!
「……ふ」
今思い返しても意味不明だと、キッカは笑みをこぼしていた。
「あー、かわいい……」
そんなキッカの横顔を、ミリヤムはぼうっと見つめていた。
「キランちゃんは、本当にかぁいいねえ……この白い髪も、素敵だし……いいなぁ……」
「お、おい! 身体はもういいのか!?」
「うーん、わかんなくなってきちゃった。のぼせてきちゃったかも」
「ちょ、ちょっとっ……!!」
べたべたと、キッカの身体を触り始める。華奢な身体が、豊満なミリヤムの身体に包まれるようだ。押しのけるわけにも行かなくて、どうしようかと対応に困っていると。
「――こら、ミリヤム! キランさんを食べようとしないの!」
桶に汲まれた温水が、ミリヤムの顔にぶっかけられる。
「きゃあああっ……!! ひ、ひどいよぉ、ソーニャちゃん……! わたしはただ、お身体をきれいきれいしてただけなのに……!」
浴場の外にいたソーニャさんが、騒ぎを聞きつけて駆けつけていた。
「……あんた、少女趣味まだ治ってなかったの? 昔はそうやって、よく私にも……うう、こわっ!」
「かぁいいものが好きなだけだよ。特に、ちっちゃい子が」
はにかみながら、ミリヤムは桶を手にして、お風呂の水を掬う。
「ソーニャちゃんも、一緒に入ろうよー。三人の方が、楽しいよ?」
「……まだ、残業があるの。それに、三人だと狭いから――」
「えい」
ばしゃっ、と。
やり返しと言わんばかりに、温水をぶっかけるミリヤム。
「…………」
「一緒に入ろうよ、ソーニャちゃん。濡れたままだと、風邪を引いちゃうよ?」
悪びれることなく、にっこりと笑っていた。
「……こ、この子は本当に~!」
「後でお仕事、手伝うからー」
「足手まといにしかならないでしょ!」
「だけど、一緒だと楽しいよね?」
「それはそうだけど!」
「わーい、嬉しいなー」
結局のところ、なし崩し的に三人で入浴することになってしまった。最初こそおどおどしていたミリヤムだったが、仲が良い相手には案外いたずらっぽいところがあるようだ。
「……仲良しな二人だな」
微笑ましいほどに、和気あいあいとしている。
一歩引いて見つめているのも、悪くはないとキッカは笑っていた。
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