047 初めまして勇者様


 嘶きの森を北上した先にあるのは、独立都市『グリーンパール』。そこから更に北西に進んだ先に、瘴気領域が広がっていた。おおよそ三日程度の道のりである。


 フェリエルやシューカがこの世界で目撃されたという情報は、リンデン商会の力を持ってしても入手することは叶わなかった。やはりキッカと同じように、切り取られた世界に飛ばされたと考えて間違いはないだろう。


「……問題は、どうやって瘴気領域に突入して、水鏡を起動するか」


 前回は、シューカの固有術式によって、強引に突破した。同じ方法は、二度使うことは出来ない。


「ま、取りあえずは町に潜伏してからの情報収集だな。なるようになるだろ」


 考えるよりもまず行動。

 迷う時間が、今は惜しい。



 ◆



「止まれ」


 嘶きの森を抜け、グリーンパールに到着したキッカ。町に入ろうとしたところで、衛兵に声をかけられてしまった。


「貴様、見かけない風貌だな。旅の人間か?」


「……ああ」


「…………」


 じろじろと、無遠慮にキッカを観察する衛兵。


「近頃は、物騒な事件が続いている。一人でこの町にやってきたのか?」


「これでも、腕に自信がある……あります、ので」


 たどたどしく、言葉を選ぶキッカ。気を抜いていると、乱暴な言葉遣いが飛び出してしまいそうだ。


「なるほど、冒険者というわけか。しかし、奇妙な服装を……少し、目に毒だな。女の子の着るようなものでは……」


「通ってもいいか……ですか?」


「……ああ」


 さすがの衛兵も、キッカのような少女を特別に警戒することはなさそうだ。むしろ、心配してくれていたようにも見える。最低限のやりとりを済ませたキッカは、無言で彼らの横を抜けていく。


「……隊長、ああいう子が趣味なんですか?」


「バカ言うな。娘と大して変わらねえガキに欲情するかよ」


 キッカに聞こえないような声で、彼らは語る。


「あの年齢で旅をしているんだ、何か訳ありなんだろ。幸い、ここはそういう奴らが流れ着く場所だ。居心地よく過ごしてもらえたらいいなって思っただけさ」


「……やっぱり、ロリコンじゃないですか」


「うるせえ!!」


 胸元の竜を司る紋章が、太陽の日差しを受けて輝いていた。


 ――ギルド『グニタヘイズ』


 領主に代わってこの都市を支える、独立都市の象徴である。



 ◆



 賑わう街並みを観察しながら、グリーンパールの町を練り歩いていた。まず驚いたのが、辺境の地でありながら街中にとても活気があったことだ。商いは盛んに行われ、冒険者や旅人と思われる格好の客がぞろぞろと行き来している。


「ギルドが治める町ねえ」


 自分の目で見るまでは懐疑的だったが、ここの首領は中々にやり手のようだ。王国が統治を黙認するだけのことはある。


「……ギラギラしてんな」


 キッカほどではなくとも、行き交う人々の風貌は若々しい。パカサロも魅力的な街だったが、どちらかといえば向こうは住みやすい町であり、こちらは熱量が凄い町、という印象だ。


 それもそのはず、グリーンパールから西に『禁忌の迷宮』と呼ばれる王国屈指の最難関ダンジョンが待ち構えており、これらを踏破するために沢山の人々が集まっていた。噂によると、『禁忌の迷宮』の先には『暗夜大陸』と呼ばれる未知の大陸が存在していると言われているが、詳細は不明である。


「……ってことは、こいつら瘴気領域攻略に集まったわけじゃねえってことですかい」


「ま、そうだな」


 重装備に身を包む彼らを見守りながら、キッカは続ける。


「っつても、『禁忌の迷宮』は完全攻略は非現実的らしい。どうあがいても、攻略不可だと言われている」


「え?」


「聞いた話によると、迷宮の深層では、光すら呑み込む闇に包まれていて、なーんにも見えねえんだとさ。しかも、光源を持ち込んでも打ち消されちまう。そんなもん、踏破できるわけねえし、挑戦するだけ無駄な話だろ? だから、王国はアレを放置している」


「……じゃあ、こいつらは何のために集まってんだ?」


「『禁忌の迷宮』は大小いくつものダンジョンの集合体だ。本命の『暗夜大陸』に続くダンジョンは攻略不可でも、それ以外はそうでもないらしい。貴重な素材や魔物、運が良けりゃ古の魔導具なんかが見つかるとかなんとか。物によっちゃ、一攫千金だってな」


「冒険っぽくないな、それ。浅瀬で遊んでるだけじゃねえか」


 ヤギ太郎は、心底呆れていた。


「そう言うな。人間には過ぎたる場所もあって不思議じゃねえだろう。それに、危険を避けて金目の物を見つけられるなら、それに越したことはないだろうさ。無謀なバカよりも、遥かに賢明だ」


「そんなもんかねえ」


 謎に包まれる『禁忌の迷宮』。


「ま、そんなわけで、この町にいる連中は、主に二パターンに分けられる。瘴気領域攻略を目的とした加護持ちと、それ以外の金目当ての冒険者だ。当然、オレたちの目的は前者だ」


 とある場所へ、キッカは足を向ける。


「ん? でも、お前ら雑魚人間は、瘴気に耐えられなくて領域内に入れねえんじゃねえのか?」


「ああ、そうだな」


 だからこそ。


「――この町には、瘴気をクリアする手段があるはずだ。そうじゃなきゃ、攻略を掲げられるわけねえだろうからな」


「なるほど、それが目的ってわけか」


 王都サンレミドでは、加護を強化する聖女がいたとヴェスソンから聞かされていた。おそらくは、それに類する存在がこのグリーンパールにいるのだろう。


「情報集めといえば、やっぱギルドだろ」


 竜のシンボルが刻まれた、一際立派な建物に足を向けた。『グニタヘイズ』の総本山である。


「おぉ」


 辺境の街とは思えない小綺麗な内装が、キッカを迎えてくれた。中央のカウンターでは受付嬢らしき人物が客の対応に追われている。すぐ横にある掲示板には様々な張り紙が記載されており、何人かの荒くれ者が腕を組みながら眺めていた。


「……どこの世界も変わらねえんだな」


 内装や風土の違いはあれど、概ねキランだった頃の世界と変わらない。古典的な様式に、思わず懐かしさがこみ上げてきた。


「お嬢ちゃん、こんなところにどうしたんだい? 迷子だったら、おじさんが案内してあげようか?」


「……あ?」


 そして、このような輩がいるのもまた、変わらない。


「どこかの暗宿の踊り子さんかな? 駄目だよ、こんなところに来ちゃ……危ないからねえ」


「…………」


 ガン無視した。

 この手の輩は、相手にしないに尽きる。


「寂しいねえ」


 つまらなそうに、男は去っていった。特に問題が起きることはなかったが、そのせいで余計な注目を浴びてしまう。


「……ちっ」


 変化の指輪によって正体を隠したものの、明らかにキッカの見た目は浮いていた。真っ白なお団子ヘアーに、真っ青な瞳。踊り子のような露出度の高い衣装は、キッカの白い肌をよく際立たせる。


「……誰だ?」


「少女……美人だねえ」


「来るとこ間違えてねえか?」


「おい、誰か相手してやれよ」


 ギルドのお膝元なら、問題が起きることはないだろう。やはり全てを無視して、キッカは受付へと向かう。


「当ギルドにはどのようなご用件でしょうか?」


「……少し、聞きたいことがあるんだが」


 受付嬢の女性は、眼鏡のよく似合う仕事ができそうな、少し目つきの鋭い女性だった。作りなれた優しい笑みが、受付としての熟練度を示している。頼りになりそうだと、キッカは直感する。


「情報が欲しい。『瘴気領域』に行きたいんだ。方法に心当たりはないか?」


「え? 瘴気領域……ですか……?」

 

 ぽかん、と。

 キッカの言葉に、呆気にとられる受付嬢。


「ここのギルドは、『瘴気領域』の攻略に着手していると聞いた。オレ……じゃなくて、私もそれに参加したい」


「……え、えっとぉ……」


 困り笑いを浮かべる受付嬢。それに呼応するように、キッカの様子を眺めていた荒くれ者たちが笑い声を漏らし始める。


「失礼ですが、年齢をお伺いしても?」


「十一歳だ」


「――こいつは傑作だ!」


 キッカが答えたその瞬間、笑い声がどっと湧いた。


「なぁ、お嬢ちゃん。『瘴気領域』に行きたきゃ、真実の神から加護をいただかなきゃいけねえんだよ。その意味が、わかるか?」


「選ばれし御子しか攻略できねえってのに、笑わせてくれる! 俺たち冒険者がいけるのは、こっち!」


 そう言って、男はギルドに飾ってある地図を指差した。どうやら、禁忌の迷宮のことを言いたいらしい。


「……興味がない。私は、瘴気領域に行きたいだけだ。耳元で騒がないでくれるか」


「ああ?」


 キッカの声に、不機嫌に怒る男たち。


「世間知らずなガキが! ちったぁ教育の必要がありそうだなあ」


「――耳障りだ」


 対応は、変わらない。


「オレは今、この女と会話している。失せろ、雑魚が」


「て、てめぇ――!!」


 喧嘩っ早いのは、キッカも同じだった。売り言葉に買い言葉、正面衝突も時間の問題である。


「くどいぞ」


「――殺してやる!」


「お、おい! さすがにそれはやべえって――!」


「黙れ! 舐められてたまるかってんだ!」


 男はナイフを引き抜いて、キッカに襲いかかる。それなりに鍛えられた身体から繰り出される、それなりに慣れたナイフの振るい方。まぁ、それなりに自身はあったのだろうが――それなり程度でしかない。


「やめておきなよ」


 だが。


 キッカが迎撃する直前に、横槍が入ってしまった。


「――女の子相手に、大人げないね。男なら、猫のような気まぐれさを愛してあげなよ。女の子への暴力は、この勇者が許さない!」


 男の声がした。


「うわ、キモ! それ、格好つけてるつもり? あー、やだやだ、勇者だからって、調子に乗ってるー」


 直後に、それを馬鹿にするような女の声。


 颯爽と現れた剣が、キッカを守ってくれた。おかげで、自らの手を汚さずに済んだ。


「……勇者?」


 だが、そんなことはどうでもよかった。目立つことで誰か釣れないかと期待していたキッカは、想定外の大物に目を見開く。


「選ばれし御子の、勇者……?」


「うん、そうだよ。どうしたんだい、そんな情熱的な瞳で僕を見て」


 爽やかな笑顔が、輝いていた。

 キッカは、食らいつくように言葉を口にする。


「頼みがある……! 私を、瘴気領域に連れて言って欲しい……! 足は引っ張らないから……!」


 衝動的に、思わず口にしてしまったその言葉を。


「え? 無理だけど? 邪魔だし」


 当然のように、勇者は断る。


「お子様は、家で玩具と遊んでいようね。まったく、親はどういう教育をしてるんだか……ほら、頭撫でてやるから、これで我慢してくれ」


 仕方のない言葉。当然の言葉。だけど――その次の行為が、余計だった。


「……痛っ!?」


 ぐしゃっと。

 馴れ馴れしい手付きが、キッカの髪の毛を乱した。がさつな手付きによって髪の毛が引っ張られ、鼻につく痛みがキッカを襲う。髪型に、こだわりがあるわけではなかった。だが、仲間が一生懸命整えてくれた髪型を、無造作に崩されることにたまらない嫌悪感がしたのだ。


「……何すんだ、離せよ」


「――へ?」


 くるりと一回転をして、華麗な回し蹴りを放った。ひらひらと衣装が舞う中、突如として繰り出される想定外の一撃。当然、勇者を自称する青年はもろに喰らってしまう。


「ぶひゃっ――!?」


 あっけなく吹き飛ばされる勇者。キッカの遠慮のない蹴りによって、そのまま気絶させられてしまった。


「え……?」


「は……?」


 当然、奇妙な静寂に包まれる一同。


「……やべ、やりすぎた」


 片足を上げたまま、凍りつくキッカ。すぐに我に返るものの、とっくに手遅れである。


「うわー、ダッサ……」


 ローブを来たとんがり帽子の少女が、わざとらしくため息を吐く。


「今のはあんたが悪いわよ。女の子の扱い、下手すぎ……って、聞いてないか」


 誰もが固まっている中、彼女だけがマイペースであった。

 

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