042 見違えた成長の証


 精霊の加護によるものか、妖狐の薬の効力か、目が覚めた翌日には歩けるようになるまで回復していた。百二十年の時を経て変化を遂げたアミアンを紹介するため、ニールにつれられてリハビリがてらに歩を進める。


「どうですか、キッカ! アミアンの集落は、随分と発展したでしょう!」


「へぇ、凄いな」


 舗装された道が目の前には広がっていて、その脇には立派に建設された家屋が立ち並んでいる。キッカの記憶では、百人前後の人口規模だった集落だが、もはや街と呼べる大きさにまで拡大していた。


「あれは鍛冶屋か? 武器の生産にまで着手しているのか」


「はい。キッカが残してくれたこの銃を参考に、人間兵器の開発を進めています。主に狩猟等で活躍していますが、有事の際には武力蜂起も可能です。術式だけに頼らない魔族としては、異例の存在かもしれませんね」


「……そりゃすげぇな」


 通常、魔族は武器に依存する戦い方は行わない。持ち前の魔素を頼りに術式を行使するが、キッカの影響を受けたことによリ、アミアンでは独自路線を歩んでいる。


「素材はどうやって調達しているんだ?」


「嘶きの森は、大森林と呼んでも差し支えないほど大きいです。未開拓の地域には潤沢な鉱脈が発見されることもありますし、珍しい魔物からも素材は得られます。発展を遂げるには、十分すぎる土地ですよ」


「向こうには、畑のようなものもあったな。ここまで自給自足で発展させているのは驚きだよ」


「キッカのおかげですよ。ナイトメアの支配から解放された私たちは、アミアンを発展させることが恩返しだと心に誓って、努力してきたのです。もう一度、キッカがアミアンを訪れた時に、おもてなしできるようにと」


 それは違う、とキッカは感じたが、ニールが嬉しそうに説明しているところを見ていると、何も言えなくなってしまう。


「……そういや……一つ、聞いておきたいことがあんだが」


 ポケットに隠れていたヤギ太郎を、強引に引っ張り上げる。


「げ」


「お前、いつの間に逃げてたんだ? すっかり、忘れていたよ」


「に、逃げてたんじゃねえよ、戦っている途中ではぐれちまっただけだ! その証拠に、ちゃんと助けを呼んで来てやったろ!」


 レベベルトとの戦闘の最中に、振り落とされてしまったらしい。置いてけぼりをくらったヤギ太郎は、必死に息を殺して隠れていたという。


「あはは、ヤギ太郎の言う通りですよ。この子が教えてくれなければ、瘴気が晴れた世界にキッカがいるなんて想像もできなかったです」


「……意外だな。オレはてっきり、お前に嫌われていると思ってたんだが」


「うるせえなぁ! 私は人間が嫌いなんだよ! 特に、ああいうクソ野郎はな!」


「……ありがとよ」


 憎まれ口を叩きながらも、ヤギ太郎はキッカのために動いてくれていた。そのことを、ゆっくりと噛みしめる。


「あー!」


 甲高い声とともに、懐かしい少女が姿を表した。


「キッカ、もう起きてるじゃない! ニールばっかり、ずるいわ! あたしだって、キッカとお話ししたかったのに!」


「……レミィか?」


 エルフの少女は、あの日と変わらない姿でそこにいた。百二十年後とは思えない程に。


「お前は変わらねえなぁ」


「変わってるわよ! 一センチくらい、身長が伸びたもの! 他のみんなが、変わり過ぎなだけ!」


 妖狐とは比較にならないほど、エルフは長寿だと言われていた。彼女にとって百二十年の月日は、人間の一、二年程度なのかもしれない。


「……そういや、これ」


 懐かしい並びをみて、キッカは思い出した。レベベルトから投げ渡された、家紋入りの剣。かつてロアに託したものである。


「あ……」


 それを見たニールたちは、一様にして俯いてしまった。


「オレを襲撃した王国の騎士団が持っていたよ。あいつら……魔族を……」


「……そうね」


 気まずい雰囲気が、不幸な出来事を物語っていた。言葉を失ったキッカは、それ以上続けることは出来なかった。


「襲われたのは、斥候隊でした。瘴気が消えた場所……嘶きの森の外周付近を調査していたのですが……そこに、人間の兵士が急襲してきたようです。この剣は……そのとき、奪われたものです」


「……そうか」


 その時、ロアも。


「あたしたちは、何もしていないのに……人間は、どうして襲いかかってくるのよ! 意味がわからない……!!」


「王国の奴らは、魔族を目の敵にしている。奴らはどこまでも残酷だ」


「……キッカは、違うわよね?」


 心配そうに、レミィは伺うが。


「当たり前だろ。っつーか、オレはもう魔族側の人間として認定されてんだ。頼れるのは、お前らしかいない」


「……私たちも、気が緩んでいたのかもしれないです。キッカのときと同じように……人間と、交流が出来るかもしれないと。だけど、無理でした。わたしたちは、戦わなければならないのです」


「……そうだな」


 迷いのない瞳が、キッカに理解を運ぶ。ニールたちは、既に人間と一戦を交えたのだろう。直接、人間の悪意に相対したのだ。相手が武力を行使するなら、躊躇うことはない。仲間を守るためなら、彼らは無慈悲に牙を剥く。


「あ、そうだ。族長のところに連れて行かなきゃでした。ついてきてください」


「族長? ああ……てっきり、ニールがそうなのかと」


「んなわけねーですよ」


 くすくすと笑いながら、ニールは案内してくれる。


 族長が住まう家は、あまり立派な外観ではなかった。質素倹約を心掛けていて、こじんまりとしている。がたがたと扉を開けて、挨拶もすることなくニールは中へ進む。敬意の欠片も感じられない所作に、キッカはやや驚いていた。


「キッカを連れてきたですよ」


 それから、ため息をつきながら。


「――ほら、落とし物を届けてくれましたよ。恩人からの贈り物を失くすとは、どういう了見ですか」


「ああ、ごめんねぇ」


 悪びれることなく、へらへらとした笑みを浮かべていた。軽薄に見える笑顔は、しかし本人の独特の優しさと混じり合うことで、嫌味を感じさせることはない。


「お前は」


「お久しぶりですね、キッカ様。本当に、あの頃とお変わりないのですね」


 ――鳥人族のロアは、再会に頬を緩ませていた。


「って、お前生きてたのかよ!?」


「え?」


「ほら、剣! 敵が持ってたから、殺されて奪われたのかと思ってたんだが!?」


 珍しく、キッカは取り乱していた。


「あー、うん、ほら、僕は昔から逃げ足だけは早いですから。それに、他のみんなが命懸けで逃してくれました。本当に……僕には勿体ない仲間です……」


「一応、こんなんでも族長です。だから、調査に行くなと言ったですよ!」


「あはは……もう、臆病者だって言われたくはないからさぁ」


「ロア……」


 妖狐のニールや、エルフのレミィとは違い、鳥人族のロアは随分と年齢を重ねたような風貌をしていた。人間で言うところの、おおよそ三十半ば程度といったところだろう。笑顔とともに現れる皺の数が、あの頃と比べて少しだけ増している。


「……何だよ、死んだかと思ってたのに」


 笑いを噛み殺しながら、視線を外した。


「あまり喜べるような状況ではありません。犠牲者は、多く出てしまいましたから。……ヤギ太郎くんから、詳細は伺っています。厄介なことになってしまったようですね」


「ああ」


 ようやく、話は本題に移り変わる。


「どうやら、人間たちは嘶きの森を魔族の棲家として認識したようです。ですが、僕たちには地の利があります。アミアンは、そう簡単には攻め落とせませんよ」


「……相手は王国遊撃隊だ。魔族を殺すほどの戦力を備えている。本当に、大丈夫なのか……?」


 レベベルトは、いとも容易く魔族を殲滅していた。ロアの命こそ失われずにすんだが、痛手であることに違いはないはずだ。


「殲滅されたのは、不意を撃たれた調査隊と、使役していた魔物だけですよ。それに、キッカ様や人間たちが踏み入ることが出来たのは、嘶きの森の警戒区域のみです。突然のことで後手を踏まされましたが、二度とあんな真似はさせません。我らには、森の大精霊シーロン様がついていらっしゃるのですから」


「どうも」


 ロアの言葉に導かれるように、シーロンは姿を表した。前触れのない唐突な出現に、キッカはぎょっとするが。


「……久しぶりだな、シーロン。お前のおかげで、命拾いをしたよ」


「ん」


 無表情で頷いたシーロンは、自らの力を説明する。


「嘶きの森の中心部には、わたしの強力な結界が施されているよ。私が望んだ生物しか、嘶きの生活区域に踏み入れることは出来ない。ずっと、森の中をぐるぐるさまようことになるから」


 方位磁石や地図が通用しない、魔術で作られた樹海のようなものだと、シーロンは言う。


「オレや王国遊撃隊が踏み入ったのは、その警戒区域ってことか?」


「うん。警戒区域は、わたしたちのテリトリーだからね。ちゃんと準備を備えていれば、まず負けないよ」


 にっと、見せつけるように笑みを浮かべるシーロン。


「――もう二度と、不届き者に森の支配は譲らない。ここは、私の宝箱だもん」


「そうか。少し、安心したよ」


 自分の存在が、足を引っ張るのではないかとキッカは危惧していた。人間の裏切り者として悪名が広がるのも時間の問題である。キッカを庇う魔族は、とんでもないヘイトを買うことになる。


「警戒区域に誰かが踏み入ったら、すぐに分かるの。襲われているのがキッカだってわからなかったから、救援が遅れちゃった。……ヤギ太郎が教えてくれなかったら、見殺しにしていたかも」


「へっ、感謝しやがりな」


 胸を張るヤギ太郎は、満更でもなさそうに笑っていた。


「……そういや、オレを襲撃した王国の騎士たちはどうなった? 一度、撤退したのか?」


「ん? ああ、それなら、全滅したよ?」


「え?」


 当たり前のように、シーロンは言う。


「当たり前でしょ? 魔族や魔物を奇襲して殺した挙げ句、キッカにまで手を出した。生かして帰すわけがないよ」


「……まじかよ」


「侵入者の位置は、手に取るようにわかるからね。アミアンの狙撃手は、キッカに憧れてとても頼もしく成長したよ」


 そう言って、シーロンはニールを見つめた。


「――キッカ、私も出来るようになったですよ」


 あの日、譲り渡した銃を取り出して、誇らしげに笑う。


「魔弾生成の術式を、編み出しました。王国遊撃隊は、片っ端からわたしの部下たちが撃ち抜いたです」


「……ははは」


 そうか、百二十年の時というのは、こうまで人を成長させるのか。

 恐るべき進化を果たしたニールを見て、乾いた笑いがこぼれ落ちる。


「ニールは、アミアン防衛隊のリーダーです。素質を認められた妖狐たちは、いざというときのために、拳銃や狙撃銃の訓練を重ねていました。キッカ様の戦闘スタイルに憧れた子供の願いが、そのまま実現してしまったのです」


 人間の技術と魔族の術式が絡み合った結果、彼らはひとつ上のステージに登ろうとしている。そのきっかけを作ったのは、他ならぬキッカ自身だ。


「いかがでしょうか? アミアンの民は、キッカ様へのご恩を忘れていません。今日と言う日のために、牙を磨き続けてきたのですから。大精霊様の結界と、魔族の力によって、アミアンは強力な迎撃体制を構えることが出来ます。もう二度と、キッカ様一人に任せるような真似は御免なのです」


「恐れ入ったよ。いや、甘く見ていたつもりはないが……凄えよ、お前ら」


 グアドスコン王国を脅かす勢力が、ここに誕生した。いくら強力な戦力を有していようとも、アミアンを陥落させるには一筋縄ではいかない。ましてやキッカが陣営に加わるのなら、なおさらだ。


「……改めて、頼まれてくれねえか。しばらく、アミアンの町に滞在させて欲しい。帰る場所がなくて、困っていたところなんだ」


「喜んで!」


 レミィが、誰よりも先に声を上げる。


「むしろ、自分の街だと思って、ずっといっしょでもいいのよ!? 百二十年前から、ここはもうキッカの街なんだから!」


「魔族は、恩を忘れることはしませんよ。人間に目をつけられているのなら、似たような境遇です。理解できないことばかりの世の中を生き抜くため、是非とも力を貸していただきたいです」


「わ、わたしはそもそも、キッカの力になるために訓練してきたですよ。いらないと言われても、勝手に協力するです」


「……ありがとう」


 仲間がいてくれることに、心から感謝する。魔族の心意気は、孤独なキッカに染み渡る。


「そういえば、キッカ。遊撃隊の生き残りがいるんだけど……会ってみる? 大体情報は引き出させたから、処分しようと思ってるんだけど」


 シーロンは、無表情で首を傾げて。


「えっと……名前は、そうだ――レベベルトって言ったかな。念のため、殺さずに捕らえていたんだけど……」


「……お前たちは、つくづくオレを驚かせてくれるのな」


 あのレベベルトを、生かして捕らえるとは。いくら地の利があるとはいえ、末恐ろしい戦力である。


「それじゃ、挨拶だけでもさせてもらおうかな。あいつには、斬られた借りがあるもんでな」


「じゃ、案内してあげる。ついてきて」


 ぴょん、と。

 飛び跳ねるように、シーロンは立ち上がった。


「――死ぬよりも辛い目に合わせたから、死んだようなもんだけどね」


 魔族は、身内を傷付けるものは絶対に許さない。

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