030 魔族のための特別実践訓練


「おい、クソガキども」


 集められた魔族の子供たちを眺めながら、キッカは声を張り上げる。


「死んだような面してんじゃねえぞ。オレが今から、お前たちに力をつけてやる。ナイトメア相手にでも戦えるようにしてやるから、覚悟しておけ」


 その中には、鳥人族のロアや妖狐ニールの姿もあった。


 ――生きる意志がある子供を集めて欲しい。


 キッカに頼まれたニールは、出来る限り声をかけてくれたようだ。彼らはキッカの言葉を真に受けたというよりも、人間の物珍しさに興味を惹かれてやってきていた。


「き、キッカ様……あ、あの、僕たちが戦うのは、ちょっと無理かなーって」


「あん?」


 子供たちの気持ちを、ロアが代弁する。


「ほ、ほら……大精霊様がナイトメアについたせいで……精霊の加護が使えないんです。加護なしでは、とてもとても……」


「……はぁ?」


 魔族が精霊の加護を使えないから、何だって? そもそも、加護を使える魔族の方が珍しいだろうに。


「お前らは、勘違いをしている。この調子だと、魔素を認識すら出来てねえんだな。なるほど、弱いわけだ」


 牙を抜かれた魔族は、自分たちの潜在的な強さすら理解していなかった。ナイトメアの餌を育てるための牧場と化している。


「……余計なことをするなってか」


 族長であるカルカソーの言葉を思い出す。集落の上層部が抗うことを諦めているのだ。当然、戦いの方法など教えるわけがない。


「……あたしらが強くなる必要って、あるの?」


 エルフの少女が、不満げな表情で言う。


「今だって、なんとか生かしてもらえているわ。それで十分じゃない?」


「甘えよ」


 少し考えればわかることなのに、彼らは疑問にも思っていない。まるで、そうすることが正しいと刷り込まれてきたかのようだ。


「そもそも、ナイトメアの食欲を舐め過ぎだ。これまで大丈夫だからって、明日大丈夫な理由がどこにある。お前たちが今生き残っているのは、ナイトメアの気まぐれだ。気が変わったら、あいつらはすぐにでも滅ぼしにやってくるぞ」


「そ、そんな……!!」


「――生きたいのなら、戦え。それが出来ねえなら、今すぐナイトメアに喰われちまえ」


 自分たちの立ち位置を理解しろ。


「安心しな。厄介な大精霊は、オレがぶん殴ってやる。お前たちは、大切なものを守るために強くなれ。家族や友達を……これ以上、奪われたくないだろ?」


「……!」


 迷いのないキッカの言葉は、純粋な子供たちの意識にすっと浸透する。この集落では知ることのなかった考え方は、彼らにとってあまりにも劇的すぎるのだ。キッカの誘い文句は、甘い蜜の香り。抗えるはずもなく。


「……やる、です」


 最初に立ち上がったのは、ニールだった。


「もう、奪われるのは嫌です。ナイトメアを殺せるほど、私は強くなりたいです」


「上等だ」


 感情を感じさせない表情だが、内なる炎のゆらぎを見た。それこそが、生きたいという生物の本能である。


「お、おれも!」


「あたしもやるわ!」


 子供というのは、可能性の塊だ。

 それを育むのが、大人の役割である。



 ◆



 キッカに教えられるのは、身体の動かし方と武器の扱い方だけであった。後は精々、魔素を練り上げる程度。術式の扱い方は、さっぱり分からない。


「聞け! お前たちの身体には魔素が眠っている! まずは自分の力を理解するところから始めろ!」


 魔族の子供たちは、魔素の扱い方をまるで理解していなかった。生まれてから今日まで、戦いに備えることをしていなかったのだろう。


 キッカがまず着手したのは、眠っている魔素を叩き起こすことだった。


「……わっ、わわわっ!?」


「感じたか?」


 人間とは違い、魔族の潜在的な魔素の量は圧倒的だ。キッカのような高密度の魔素を近付けるだけで、眠っていた魔素は共鳴し、産声を上げる。本来それは、彼らが生まれたばかりの時期に行われるものだ。


「いいか、魔素は全ての能力の根幹を支えている! てめーら魔族には、欠かせない代物だ。念じながら、自然に構えてみろ! すぐにそれは、自分にとって良き隣人となるはずだ!!」


 魔族を魔族たらしめるもの。

 この時彼らは、ようやくその片鱗に触れたのである。


「……す、凄い……です」


 人間であれば、数ヶ月、数年かけるような魔素の目覚めを、ものの数十分で身につけていく。止まっていた彼らの人生が、少しずつ動き始めていた。


「最初は慣れない魔素に戸惑うだろうが、そのうち無意識でコントロールできるようになる! 今はまだ頼りない魔素でも、直に濁流のような力強さを見せるだろう! 鍛錬を怠るなよクソガキ共! こんなのは、まだまだ序の口だからな!」


 キッカの予想以上に、彼らは素晴らしい魔素を秘めていた。いや、本来は当たり前の話である。子供たちの内、三人はあの妖狐の一族なのだ。その辺の魔族とは、格が違う。


「……妖狐が手も足も出ない相手、か」


 妖狐の長たちが折れてしまうほど、相手は強大だ。そうでなければ、生贄など受け入れられるはずがない。


「ねえ、キッカ」


 儚げな声が、キッカの服の裾を引っ張る。彼女の名前は、シーロン。目を凝らさなければ消えてしまいそうな、存在感が希薄な少女だ。生い茂る樹木の影に隠れながら、キッカの顔をじっと見上げていた。


「どうしてこんなことをするの? カルカソーが、キッカを変な目で睨んでいるよ?」


「……生きるために、力が必要だからだ」


 迷いなく、キッカは答えていた。


「今のお前らを、オレは生きているとは言わねえ。諦めた大人連中は勝手にしていればいいが、お前ら子供は違うだろ。選択するのは、自分であるべきだ」


「……同じことを言っていた人は、生贄に捧げられちゃった。もしくは、ナイトメアに戦いを挑んで、食べられちゃった」


「…………」


「ニールのお兄さんはね、そういう人だったの。だから、ニールは復讐を求めているんじゃないかな。無表情だけど、わかりやすい」


 虚ろな瞳で、少女は語りかける。

 ニールの兄だけではない。ここに集められた子供たちは、皆が家族を失っている。ナイトメアとの戦いは、彼らの心に多大なる傷跡を残していた。


「シーロンは、みんなのことをよく観察しているんだな」


「むしろ、見ていることしか出来ないから」


 子供たちの輪から離れて、いつも孤独に眺めていた。今日だって、そうだ。彼女は訓練には参加しない。遠くから、一方的に見守っている。


「……あの子たちが楽しそうにしているところ、久しぶりに見た」


「楽しそうか?」


 キッカには、とてもそうは見えなかった。魔素を使いすぎて身体に負荷がかかっているのを、どうにか必死に我慢しているだけで、今にもぶっ倒れそうだ。限界を知らない子供の意欲とは、なんとも恐ろしい。


「うん」


 だけど、シーロンは言う。


「頑張ってるから、楽しそう」


「……そうかもな」


 何かに打ち込むことは、大切だ。生きるためには、ただ呼吸をしていればいいわけではない。生きるという意志が必要だ。そのための活力は、魂から湧いてくる。



 ◆



 訓練の参加者は、日に日に数を増していった。子供たちだけではなくて、比較的まだ若い大人たちも訓練に加わるようになっていた。戦えるようになりたいと彼らは口にしていたが、本当は別の理由だろうとキッカは踏んでいた。


 ――楽しそうだね。


 シーロンが口にしたその言葉が、真実なのだろう。


 ナイトメアの支配下に置かれた集落は、絶望に染まっていた。生きながらえたとしても、仲間を生贄に捧げているだけ。次は、いつ? 誰が? そんな劣悪な状態で、まともに暮らしていけるはずもない。


 そんな時、不意に現れたキッカが子供たちに光を与えた。忘れかけていた感情が、みるみるうちに輝きを取り戻す。


「……キッカ殿」


 だが、それを良しとしない者がいるのもまた、事実だった。


「戦い方など、我々には必要のない技術ですぞ」


「他意はねえよ。あくまで身を守るための護身術。あんたらだって身につけているような初歩的なもんだよ」


 若い世代の魔族とは違い、彼らは魔素を周囲に漂わせている。明らかに、高い戦闘力を有していた。


「……さようですか。まぁ、ナイトメアの怒りを買わない範囲でお願いしますよ」


「ああ」


 カルカソーを始めとした高齢の魔族たちは、決してキッカたちと関わろうとはしなかった。それどころか、冷ややかな視線ではぐれものだと陰口を叩くようになっていた。気が付けば、キッカを中心とした若い魔族たちと、カルカソーを中心とした熟練の魔族たちの対立構造が出来上がっていく。



 ◆



 驚いたことに、もっとも飲み込みが早かったのは、臆病過ぎる鳥人族のロアだった。試しに魔族同士で模擬戦をやらせてみたら、勝負にならなかった。そのため、彼の相手はキッカが担当しているのだが。


「あ、あわわわわ、すみませんすみません、怪我をさせたらごめんなさいいいい」


「するかよ、馬鹿」


 研ぎ澄まされた魔素を練り上げて、翼に纏わせていた。真剣の代わりに握らせていた木刀による剣撃が、空中から躊躇いなく降り注ぐ。魔族らしい、人間には出来ない戦い方だ。


「剣の扱いはまだまだだが、発想は悪くない。魔素が少ないくせに、良い工夫だ」


「あ、ありありありありがとうございます……!」


 鳥人族は、潜在的な魔素にあまり恵まれていなかったが、その分だけ魔素の扱い方が器用だった。ロアの戦闘能力は、他の魔族たちの一歩先を進んでいる。


「だが、動きが直線的過ぎるな。自分より遅い相手にしか通用しないぞ」


 キッカが指導するのは、魔素の扱い方だけではない。むしろ、実践的な戦闘の方が得意分野である。


 滑空するロアの動きを捉えながら、振り向きざまに翼を強引に掴んだ。


「――えええええっ!?」


 たまらず木刀でキッカを振り払おうとするが、合わせ撃つことでいなす。ぐっと軸足に力を込めて、翼ごとロアの身体を地面に叩きつけた。


「悪くはない。だが、まだまだだな」


「い、いやあああああ!! 痛いいいいいいいいいいいいいいいい!!」


 ごろごろと大袈裟に転がりながら、ロアは泣き叫んでいた。もはや、訓練の恒例である。


「――っ!」


 ロアとの戦闘の余韻が冷めやらぬ中、目を逸したキッカを弾丸が襲った。寸前のところで、首を反らして回避する。


「殺気がダダ漏れだ。それに、タイミングが悪い。狙うのなら、ロアに攻撃を仕掛けている最中の方が当てやすいぞ」


 弾丸が離れた方角に、銃を向けるキッカ。


「……駄目でしたか」


 茂みから姿を表したのは、ニールだった。

 彼女が手にしていたのは、キッカから借り受けていた二丁拳銃の片割れ。キッカの魔弾が一発だけ込められており、魔族側の武器として貸与されていた。


「だが、精度は悪くない。ニールには、遠距離戦が適してそうだな」


 集められた子供たちの適正を見抜きながら、それぞれにあった戦い方を教え込む。あくまで基本戦闘術の延長線上にあるものばかりだが、今後、彼らが魔術を学んだ時に、生かされるはずだ。基礎と応用が絡み合えば、可能性は無限にも高まる。


「ありがとうございます」


 妖狐が銃を扱うなんて発想は、キッカにしかなかった。本来、魔族は術式を主体として戦う。このような戦い方は、ある意味とても人間らしい。


「今日はこんなところだな」


 毎日行われる戦闘訓練は、陰鬱な日常を忘れさせてくれる。汗だくになりながらも、魔族たちの表情はどこか清々しい。


「ロアのやつ、中々やるじゃねえか。臆病者だって、バカにしてたんだけどなー」


「それよりもニールったら、キッカさんの銃をお借りするなんて! あたしにも触らせて欲しい……!! ずるいわ、ニールだけ!」


 がやがやと、賑やかに花が咲く。

 訓練後の反省会も、今では恒例となっていた。


「キッカ、これ、ありがとです」


 家紋が刻まれた拳銃を、ニールが届けに来てくれた。


「これは、物凄い兵器ですね。弾の管理が大変そうですが、それに見合うだけの威力があります」


「弾は、魔素を練り上げて作りゃいい」


「え?」


「お前にはまだ早いかもしれねぇが、そういう手段もあるってことだ。……ほら」


 驚くニールに、受け取った拳銃をそのまま投げ返した。


 人知れず発動させた、『魔弾生成』。

 もちろんこれはスキルではあるが、術式でも再現することは可能だろう。


「え!? もう弾が込められているです……! これは、キッカの術式です!? 発動したことにすら気が付きませんでした……」


「それ、くれてやるよ」


「……へ?」


 キッカの言葉が理解できず、ニールは目を丸くさせていた。


「オレがこの集落を去った後、もし人間が現れたらその家紋を見せてやって欲しい。オレの仲間なら、魔族が相手でも無礼なことはしねえはずだ」


「確か……フェリエルさんと、シューカさん……だったですか」


「ああ。すれ違いになったら意味ねえからな。痕跡を残しておくには、丁度いいだろう」


 それからキッカは、未だ寝転ぶ鳥人族に呼びかける。


「ロア!」


「な、な、な、何でしょうか!?」


「お前には、この剣をくれてやる。大事にしろよ」


 こちらも同じように、キッカの家紋が刻まれている。


「え、えええええ!? 後で返せって言われても、嫌ですよ!? 僕、愛着持っちゃうタイプなんで!」


「言わねえよ。……この集落の中じゃ、大した武器が手に入らねえだろ。このメンツだと、お前が一番強えんだ。みんなを、守ってやれ」


 比較的強いだけで、魔族としては下の下もいいところだ。まともな武器を使って、少しでも戦力を底上げしておきたい。


「力の使い方を間違えるなよ。オレが武器をくれてやったのは、お前らを信用したからだ。武器を、泣かせるんじゃねえぞ」


「……わ、わかりました……!」


 ありがたく、キッカから剣を受け取る。少し気前が良すぎたかなと、キッカは笑っていた。


「き、キッカ……」


 控えめに、ニールは言う。


 大事そうに、銃を抱えながら。


「あ、ありがと……ですよ。とても、嬉しいです……」


「……おう」


 笑顔を浮かべながら、キッカは頷くが。

 心の片隅では、武器を握らせなければならない状況に嘆いていた。武器をプレゼントしてお礼を言われるような世の中を、許してはいけない。



 

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