019 血盟を交わした姉妹
突如としてグアドスコン王国を襲ったナイトメアの大量発生は、やはり『瘴気領域』からの侵攻だと判明した。彼らは瘴気領域の中でしか活動できないとされていたが、何らかのきっかけにより克服し、今回の顛末の発端になったと見られている。
これを受け、王国は対ナイトメア用の討伐隊を組織し、治安維持に全力を注いだ。多大な犠牲を出したものの、ひとまずはナイトメアの侵攻を抑えることに成功する。
だが、『瘴気領域』からはナイトメアが定期的に出没するようになり、小規模な戦闘が絶えず発生していた。今後の大規模な襲撃を警戒する王国は、以前にもまして軍備を拡張し、各領地にもそれを徹底させていた。以後、人類とナイトメアの間に、緊張状態が継続される。
◆
「おーい、フェリエル! 生きてっか?」
「ご主人様!」
その後、しばらくして。
瘴気を浴びたフェリエルは、生死をさまよっていたものの、なんとか回復した。
――パカサロの英雄を死なせるな、と。
ティルザの懸命な解呪により、彼女は命を拾ったのである。
今もまだ寝たきりの状態が続いているが、一ヶ月もすればいつもの生活に戻れるだろう。
「すげぇ花束の量だな」
「あはは……なんだか、恥ずかしいですね」
フェリエルの無事を祈る花束は、パカサロの人々からの贈り物であった。
十八体のナイトメアに立ち向かい、人々のために戦った少女は、一夜にしてその名を轟かせることになった。此度のナイトメア撃退の立役者として、彼らはフェリエルを英雄として褒め称える。うら若き乙女の活躍は、人々に勇気を与えたのだ。
反面、齢十四才の少女を囮として使ったことに非難の声が上がっていた。だが、フェリエルがしっかりと役目を果たしたことと、キッカやシューカの尽力により殲滅を果たしたことで、ヘイケラー家の面目はなんとか保たれる。
「だが、二度と囮役なんて許さねえからな。もっと自分を大切にしろ」
「はーい」
脳天気な声で、フェリエルは返事をする。わかっているんだか、いないんだか。
「……今回は、フェリエルやシューカに助けられちまったな。オレも、まだまだだ」
どれほどキッカが強くても、一人では押し返せない状況がある。そのことを、今回の襲撃で思い知らされてしまった。
「もっと、頼ってください。私は、ご主人様の剣なのですから」
「そうだな」
フェリエルは、今回の襲撃で手応えを得ていた。人型ナイトメアを斬り伏せた、あの感覚。生きたいと願う心が探り当てた、己の限界の向こう側だ。
「フェリエルは、人気者ね。もしかしたら、フェリエルを召し抱えたい貴族様が増えるかもしれないわね」
「……へ?」
にやにやと、シューカは言う。
「メイドじゃなくて、一人の騎士として雇いたい人は多いはずよ。辺境の貴族じゃなくて、中央の――」
「バカいえ」
フェリエルが何かを口にするよりも早く、キッカがシューカの口を塞いだ。
「フェリエルはオレのもんだろ。他の誰にも渡さねえよ」
「ご、ご主人様……!」
当たり前のように宣言するキッカ。その瞳は、紅潮するフェリエルを捕らえて離さない。
「まぁ……フェリエルがどうしてもオレのもとから離れたいってなら、別だがな」
「そ、そんなことがあるはずもなく!」
ぶんぶんと、首を振るフェリエル。
「これからもずっと、ご主人様にお仕えさせていただきたいです」
「ふふふ、良かった」
妖艶に笑みを浮かべるシューカ。とてもじゃないが、七歳の仕草ではない。
「そういえば、シューカ。あんときは聞きそびれていたが……時計塔での術式は、何だったんだ?」
『久遠の呪法:一蓮托生』
失われた古代の術式を、彼女は発動させていた。
「『血盟』を結んだの。わたしとお兄さんの、血の契約よ」
「けつめい?」
慣れない単語に、首を傾げるキッカ。
「ええ。この世界では失われている、魔女の呪いの術式よ。これによって、お兄さんと私は運命を共有することになったの」
「……どういうことだ?」
「簡単よ」
いたずらっぽく、少女は笑って。
「――
「は?」
「その代わり、血盟の交わりは力を与えてくれるの。例えば――互いの意志や感覚が共有できるとか……あとは、互いの位置がわかるとか」
「お、おい! お前、とんでもねえ呪いをかけやがったな――!?」
「シューカ様!? それは、危険過ぎるのでは!?」
「だって、緊急事態だったんだもの。でも、そのおかげでフェリエルを助けられたのよ? 血盟を結べなかったら、あの狙撃は出来なかった」
「そりゃそうだが……お前は、とんでもねえな」
豪胆というか、肝が座っているというか。
文字通り、フェリエルのために捨て身で行動していたことが伝わる。
「……まぁいいや。結果的に助けられたことは事実だしな。よし、もういいぞ? さっさと、血盟とやらを解除してくれ」
「え?」
ため息をつくキッカに対して、今度はシューカが驚いていた。
「解除、出来ないわよ? だって、『血盟』は久遠の呪法だもの。魂にまで刻みつけられた呪いだから」
「……あ?」
キッカもフェリエルも、目を丸くさせていた。
「じゃあ、オレがどっかでおっ死んだら、シューカもくたばんのか!?」
「うん」
「はぁ~~~~~~~~~~!?」
柄にもなく、間抜けな驚き超えを晒すキッカ。
「な、なんてことを――!? 私なんかを助けるにしては、重すぎる代償です……!」
「だって、これはお兄さんのために準備していた術式だから」
悪びれることもなく、シューカは続ける。
「……お兄さんの瞳が呪われたままなのは、知ってたの。だから、なんとかしてあげたいなって、思ってて……この術式を、思い出したの。『血盟』を結べば、お兄さんはさらなる高みに上ることが出来る。わたしの力は、お兄さんの欠点を補うこと出来るから」
「お、お前っ……! 自分のしたことが、分かってんのか……!?」
「あ、安心して? 主従関係は、お兄さんの方が上。一方的な契約だから、対等じゃないの。だから、わたしが死んでもお兄さんは死なない。お兄さんが死んだときだけ、わたしも死ぬ。これなら大丈夫でしょ?」
「大丈夫なわけあるか馬鹿野郎!!!」
「えー」
憤るキッカを、楽しそうに笑うシューカ。自分の身を案じて怒ってくれることが、たまらなく嬉しいのだ。
「だけど、わたしの瞳の力は、お兄さんが欲してやまないものだよね。お兄さんの力と掛け合わせると、とてつもなく効力を発揮する。体感したから、わかるよね……?」
シューカの瞳の力は、キッカの想像以上に恐ろしいものだった。規格外の視野を誇り、千メートル先の光景すら簡単に見渡すことが出来る。まるで、千里眼のような力だ。
「狙撃手なんでしょ? 私が、お兄さんの観測手になってあげる。二人一組、ツーマンセル。それでこそ、お兄さんは狙撃に集中できるんじゃなくて?」
「……よく知ってるじゃないか」
彼女の言う通り、狙撃手は通常、二人一組で行動する事が多い。対象の位置や状況を伝えることはもちろん、狙撃時、無防備状態の相棒を護衛するのが観測手の役割である。狙撃手が最大限の集中できるよう取り計らう。その役目を、シューカなりに果たそうというのだ。
「それに、もう一つ『血盟』には特徴があって」
にやにやと、笑いながら。
「互いの距離が近ければ近いほど、魔素が共鳴して、強力になるの。――こんな風に」
そう言って、キッカの背中から腕を回した。やけに艶めかしい手付きが、キッカの肌を撫でる。
「わー! シューカ様、破廉恥ですよー!?」
「……どう、お兄さん? 力が漲るの、感じる?」
「確かに魔素の高まりは感じるが、本当にここまで近づく必要があんのか?」
「あら?」
「密着する前から、魔素が共鳴してんのは感じていたぞ。そのときと、あまり変わらねえ気がすんだが?」
「あらあら」
うふふと、口元を隠しながらシューカは離れる。
「そうね、密着する必要はなかったかも」
「……お前なぁ」
楽しげな妹の振る舞いに、毒気が抜かれてしまう。解除できないのなら、これ以上突き放しても無意味であると、キッカは考えを改めた。
「結局、オレが死ななければデメリットはねえってことだな」
「その通り。だから、問題なんてどこにもないの。お兄さんが死んでしまったら、生きている意味、あんまりないし」
「……依存されても困るんだがな」
前世があったとはいえ、シューカはまだ七歳なのだ。これから、いくらでも人生に彩りがあるはずだ。
「しばらく、厄介なことになりそうだな」
ナイトメアの出現は、今回で終わりとは到底考えられない。平和な世界の前提は、突如として崩壊してしまった。パカサロの町やヘイケラー家も、今までのようにはいかないだろう。
「……王都の動きもあります。気を引き締めなければなりませんね」
「ああ」
グアドスコン王国を包み込む、不穏な影。
まだまだ戦いは始まったばかりだと、誰もが直感していた。
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