014 魔術適正は気まぐれに


 『魔素』


 この世界に存在する、生命力の源を指す言葉。命あるものは皆、魔素を有してこの世に生まれ落ちる。


 例えばフェリエルならば、内なる魔素を全て自己強化に費やし、剣技の向上に利用している。キッカの圧倒的な強さも、練り上げられた魔素の絶対量によるものだ。


「――どうも、こんにちは。ティルザと申します」


 とある日の昼下がり、品の良さを感じさせる妙齢の魔術師が、ヘイケラー家の屋敷にやってきた。彼女こそ、シューカに魔術を教えてくれる先生だ。


「シューカです。よろしくお願いします」


「……あら?」


 緊張混じりのシューカを見て、早速彼女は気が付いた。


「なるほど、ヘイケラー卿が頭を下げて頼み込むのも頷けますね。シューカ様、あなたは素晴らしい高純度の魔素をお持ちのようです」


「……!」


 ひと目見て、シューカの能力を察した。


「五歳の少女に魔術の基礎を教えてくれと言われたときは耳を疑いましたが、納得しました。宜しい、その力に相応しい技術を叩き込んであげましょう」


「……ありがとうございます」


 自然と、シューカの背筋が正されていた。彼女の美しい所作が、油断することを許さないのだ。立ち振る舞いの高貴さが、育ちの良さを伺わせる。どうやら、相当な出自をもつ魔術師だと、シューカは確信する。


「緊張しなくてもいいのよ。さて……まずは適性を確認しなければならないわね。これだけ魔素を持っているのなら、間違いなく何らかの適性があるでしょう」


 微笑みながら、彼女は水晶を取り出した。


「この水晶に魔素を込めれば、あなたの魔素の性質が判別できます。魔術師としての適性があるなら、色によって変化が生まれます。もし、適性がなければ、別の変化が起きるでしょう」


「別の変化……ですか」


「ええ。口で説明するよりも、実践した方が早いでしょう。はい、シューカ様。早速、試してみましょうか」


「わ、わかりました」


 振る舞う雰囲気とは対象的に、気さくな言葉でシューカを導く。そのギャップに、彼女はたじたじになっていた。


「えと……こうですか?」


「はい、そのまま魔素を込めて下さい」


「はい!」


 両手を掲げるシューカ。目を閉じて、強く魔素を練り上げる。真っ白な水晶は、最初こそ特に変化がなかったが、次第に透明感が失われていく。


「……これは」


 透明感を食らい尽くしたのは、真っ黒な瘴気。水晶の中央から沸き起こったそれは、あっという間に黒水晶へと変化させていく。


「――


 ティルザが呟いた、シューカの適性。


「しかも、それ以外に適性がないほど、尖っています。あなたの魔素は、どうにも歪んでしまっているようですね」


「……闇」


 その言葉に、俯くシューカ。


「陰気臭くて、嬉しくないわ」


「うふふふ、そんなことはありませんよ。癖のある魔術ばかりですが、面白いものが多いです」


「普通の魔術師は、複数の適性があるんですか?」


「ええ、そうですね。この判別法だと、複数の色が混ざり合います。一色だけと言うのは、かなり珍しいですね」


 そう言って、ティルザは水晶に手をかざした。黒水晶は、たちまち姿を変え始める。


「……わぁ!」


 きらきらと輝く、七色の渦。色鮮やかな虹水晶が、部屋の中で煌めいた。


「ご安心くださいませ。適性が一つということは、それだけ術式が強力になりやすいのです。もしかするとシューカ様は、素晴らしい闇魔術師になれるかもしれませんよ」


「あはは……どうせなら、光魔術師になりたかったわね」


 『魔女』という言葉が、シューカの脳裏に過る。彼女の前世を思えば、闇に迎え入れられたのは当然のことかもしれない。


「さて、見学のお二人も、試してみますか?」


 にこやかに、ティルザは視線を送る。フェリエルとキッカは、意外そうに驚く。


「お二人の魔素の量も、素晴らしいですわ。もしかしたら、適性があるかもしれませんよ?」


「オレは遠慮しておくよ。そういうのには、興味がねぇんだ」


「ご、ご主人様! せっかくなのですから、やってみましょう? 新たな可能性に出会えるかもしれませんよ!」


 うずうずと、キッカを見つめるフェリエル。


「……好きにしろよ」


「わーい!」


 とことこと水晶に歩み寄り、両手をかざした。


「もし、素晴らしい才能が発見されたらどうしましょう? 魔導騎士にでもなりますか!?」


「ふふふ、フェリエルさんは騎士の方でしたか」


「はい!」


 ニコニコと笑みを浮かべながら、フェリエルは魔素を練り上げる。


「……わくわく」


「…………」


「わくわく」


「…………」


「……わくわく!」


「…………」


「…………………………」


 何も起きなかった。いつまでたっても、水晶は無反応である。


「……ティルザ様、こちらの水晶が壊れてしまったようです!」


「い、いえ……水晶は、正常です。どうやらフェリエルさんには、魔術の適性が全く無いようです」


「がーん!」


 心からショックを受けるフェリエル。


「め、珍しことはでありませんよ! 特に、優秀な騎士や剣士の方々は、このようなタイプが非常に多いです。全ての魔素を、自己強化に使うのです。余計な才能がない分、尖っているのでしょうね」


「才能がないって言われてしまいました……」


「そんなもんだろ」


 魔素が多量にあるだけ、恵まれている方だ。


「スキルもダメでしたし、魔術もダメでした……やはり私には、剣しかありません……ご主人様、私を捨てないでくださいね……」


「はいはい、わかったわかった」


 泣きつくフェリエルを抱きしめて、宥めるキッカ。


「では、キッカ様もどうぞ」


「いや、だからオレは」


「どうぞ」


「…………」


(……強情な婆さんだな)


 面倒だが、ここまで言われたら無碍にはできない。仕方がなく、キッカは水晶の前に立つ。


「魔素を込めるんだったな」


「はい」


 どうでもいいやと、適当にポーズを取る。魔術に興味のないキッカにとって、水晶が無反応でいてくれた方がありがたかった。転生した身である以上、シューカのように何らかの適性があってもおかしくない。


 一握りの僅かな魔素を、練り上げた。


「ん?」


 ――水晶の変化は、一瞬で訪れる。


 視界を覆うような、真っ白い光が稲光のように発生した。水晶の中央へ、キッカの魔素が飲み込まれていく。だが、ぶるぶると振動した水晶は、キッカの魔素を食いきれずに、暴発してしまう。


「――手を離しなさいっ!!」


「!?」


 爆発だ。

 限界を迎えた水晶が、内側からエネルギーを解き放つ。まるで、小さな爆弾をぶちまけたかのような威力である。


「……なんじゃこりゃ」


 幸いなことに、水晶のみが砕けただけで、他に影響はなかった。爆発したものの、魔素はすぐに霧散したようだ。


「…………」


「…………」


「…………」


 引き攣った笑みを浮かべる三人。キッカは、悪びれることもなく口を開いた。


「水晶、調子が悪かったみたいだな」


「そんなわけないでしょう!!」


 ツッコミを入れたのは、ティルザ先生だった。


「なんですかその高密度な魔素は! どこからそんなものを練り上げたのですか!?」


「し、知らねえよ」


 ただ、キッカは言う。


「オレは、何もしてねえ。そもそも、魔素を練り上げたつもりもない」


「~~~~~~!?」


 無言で叫ぶティルザ。目を見開いて、キッカの魔素を凝視する。


「し、信じられません。キッカ様の魔素は、純度や密度が常軌を逸しています。漂う魔素ですら、魔術師何人分にあたるか……! 水晶が爆発したのも、当然です。小さな植木鉢に、世界樹を強引に植えようとしたようなものですから!」


「さすがは、お兄さん。魔王を追い詰めるくらいに強かったものね」


 小声で、シューカは喜ぶ。まるで自分のことのように笑っていた。


「精霊の加護や、隷属の首輪を素手で破壊するくらいですから、不思議ではありません。さすがは、ご主人様です!」


 方やフェリエルは、わざと大きな声で褒め立てる。主の素晴らしさを説くように。


「異常過ぎる才能です。惜しいのは……魔術の適性が、見つからないことです。水晶は、ただ爆発しただけ。彩りに変化はありませんでした」


 口惜しそうに、ティルザは続ける。


「しかし――この魔素の特異性は、素晴らしいです。戦士としても、一級品の才能が――」


「――ティルザ先生。あんたの仕事は、そうじゃねえだろ」


 シューカを指さしながら、キッカは言う。


「そろそろ、仕事に戻ってくれよ。オレのことなんか、どうでもいいだろうが」


「……あ」


 彼女は、シューカに魔術を教えに来たのだ。突然の出来事に、我を失っていた。


「も、申し訳ございません。少し、舞い上がってしまいました」


 魔素と寄り添う者として、平静ではいられなかった。気を引き締めて、彼女はシューカと向き合う。


「……お兄さん」


「魔術の適性があって、良かったな」


 この場の主役は、シューカである。見学者の自分ばかりが目立つのは、不本意だ。頭を撫でて、優しく口を開く。


「勉強、頑張れよ。シューカの闇魔術、楽しみにしてる」


「……うん!」


 姉妹のやり取りを見て、気を引き締めるティルザ。ひとまずキッカのことは忘れて、自分の役目を果たす。


「――それでは、改めて魔術のレッスンを始めます。厳しいかもしれませんが、頑張ってついてきてくださいね」


「はい」


 シューカの眼差しが、力強く輝いた。

 キッカの言葉が、彼女の背中を押す。

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