013 片割れの同郷人


 その日の夜、二人きりの私室にて、キッカとシューカは向き合っていた。


「……お兄さん、どうしたの? 気難しい表情して」


「いや、そりゃお前……」


 キッカは、目の前の存在の対処に悩んでいた。つい先日まで、妹として愛でていたシューカ。その中身が自分と同じ転生者だったことに、未だ戸惑いを隠せない。


「目覚めたのは、いつだ?」


「さっきだよ。お兄さんとフェリエルのやりとりを見ていたら、思い出したの」


「あんたは、オレのことを知ってるんだよな」


「知ってるよ。お兄さんには、とっても感謝しているの」


 にぃっと笑う、シューカ。悪戯めいた表情だが、悪意は感じられない。


「わたしのこと、覚えているかな。『』って呼ばれていたんだけど」


「……なんだって?」


 『』。

 その二人称は、生前何度も口にしてきたもの。特に相手が定まらない、不特定に当てはまる言葉。


 ――だが。



「うん」


 生前の彼女のことを、キッカは殆ど知らない。なにせ、言葉をかわしたことも、姿を見たこともなかったのだから。


。懐かしいなぁ……」


「~~~~~~~~~!?」


 フラッシュバックする、当時の記憶。苦痛と後悔に満ちた、無力感を突き付けられたような結末だ。驚愕がキッカの胸のうちに広がるが、それはすぐに収まっていく。


「……そうか」


 複雑な感情に包まれたキッカは、憂いを帯びた眼差しを向ける。


「お前さんも、色々あったんだな」


 キッカは、余計な詮索はしなかった。ただ、優しげに微笑む。


「うん……あんまり、思い出したくないことだけどね」


 苦笑いを浮かべるシューカ。


「喋らなくていい」


 キッカは、力強く言う。


「もう、終わったことだろ。生前のことは、この世界に関係ねぇ。今はオレの妹、シューカ・ヘイケラーだ」


「……お兄さん」


 キッカの優しさが、心に染みる。シューカにとってそれは、思い出したくもない辛い記憶だった。


「やっぱり、お兄さんは転生してもお兄さんだね。すぐに、わかったよ」


「はっ、オレはオレだからな。外側なんて、飾りだよ」


「だろうね。女の子になっても、格好いいもの」


 じっと、キッカを見つめる。


「……まさか、こんな平和な世界に転生しちゃうなんてなぁ。神様も、たまには粋なことをしてくれる。これからは、お兄さんとずっといっしょだね。兄妹同士、仲良くしましょ?」


「姉妹の間違いだろ」


「うーん……お兄さんって、外は女の子で、中は男の子なんでしょ? この場合って、魂は身体に引っ張られていくんだよね。判断や行動が、若々しくなってない? 少しずつ、キランという存在は、キッカに上書きされていくの」


「……だとしても、オレはオレだ」


 いずれはキッカも、女性らしくなるのだろうか。当の本人は、そんな気はさらさらないが。


「安心して。わたしだけでも、お兄さんを男の子みたいに扱ってあげる。わたしだって、お姉さんよりお兄さんの方が嬉しいもの」


「…………」


 やけに艶めかしい妹だと、キッカはまじまじと観察していた。幼さと妖艶さが、奇妙なバランスを保っている。


「転生前のことは、誰にも言うんじゃねえぞ。新しい人生を謳歌するなら、忘れることだ」


「もちろんよ」


 あざとい仕草で、シューカは続ける。


「――こんな風に、平穏な生活をしてみたかったの。お兄さん、改めてよろしくね」


「ああ」


 生前、彼女と深い繋がりがあったわけではない。むしろ、死に際に顔を合わせた程度の浅い関係だ。それでも、同じ境遇の家族がいてくれることに、不思議なほど安心感を覚えていた。それはきっと、シューカも同じだろう。



 ◆



 シューカの記憶が定着したことで、ヘイケラー家の日常に変化が現れた。


「パパ、魔術の勉強がしたいの。先生を雇ってくださらないかしら?」


「……へ?」


 突然のおねだりに、バイルは目を丸くさせて驚いていた。


「ま、魔術……? お前、魔術師になりたいのか!?」


 この世界では、スキルとは別に魔術の概念が存在する。スキルとは違い、努力次第では誰もが身につけることが出来るものだが、その分、習得が非常に難しい。結局のところ、才能に左右されるという意味ではスキルと変わりない。


「お兄さんのお役に立ちたいの! それに、わたしには才能があるわ!」


「……シューカに魔術の才能が? どういうことだ?」


「お兄さんに、太鼓判を押していただきました」


「魔素の量が、桁違いなんだよ。純粋な量なら、オレよりあるんじゃねえの」


「どうしてキッカにそれがわかるんだ?」


「あ? 見りゃ分かんだろそんなもん」


 当たり前のように、キッカは言う。


「目を凝らしたら、そいつのうちに秘めてる魔素がなんとなく見えてくる。……あれ? オレだけか?」


「…………」


 引き攣った表情のバイル。たまらずキッカは、フェリエルに助け舟を求めた。


「さすがはご主人様でございます! その眼力は、全てを見通してしまうのですね……!」


「……おい」


 期待した反応とは真逆の言葉が返ってきた。助けを求める相手を間違えたらしい。


「……いやはや、うちの子供たちはどこまで凄いんだか」


 深々とため息をつく。


「わかったよ。優秀な先生を見つけよう。――ただし、途中で投げ出すことは許さないよ。目指すと決めたのなら、本気で努力しなさい」


「――ありがとう、パパ!」


 愛嬌全開で、父親に甘えるシューカ。


「あははは……」


「……ふふふ」


 父親の腕に抱かれながら、ちらりとキッカへ視線を向ける。いたずらっぽく舌を突き出しながら、父親に甘えていた。


「……悪い女に育っちまいそうだな」


「ご主人様に、よく似ていらっしゃいますね!」


「言うじゃねえか」


 ヘイケラー姉妹の異常性は、シューカの目覚めとともに加速していく。


 最凶の姉と、魔性の妹。

 二人合わせて、極上の悪役だ。

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