012 八歳、秋の花が目覚める頃に


 八歳を迎えたキッカの活躍は、留まることを知らなかった。闇商人の襲撃以降、彼女は積極的に悪党退治に乗り出し、数々の戦果を挙げていた。その度に、パカサロの住人から深々と感謝される。


「ありがとうございます、キッカお嬢様」


 うら若き乙女が、勇ましく拳を振るう様は、熱狂的な信者を生み出していく。


「……キッカは、凄いな」


 十二歳の誕生日を迎えたグリムは、苦笑いを浮かべながら言う。


「毎日頑張ってるのに、距離を縮めるどころか差が開いているような気がする。俺、結構強いほうなんだけどなぁ」


「誰かと比べるなよ、グリム」


 比較対象が悪すぎる。


「お前の努力は、お前だけが知っている。価値を落とすこたぁねえよ」


「キッカ……」


 時の流れは早いもので、子供はすくすくと成長していく。記憶が定着してから、五年の月日が経過した。キッカ自身、八歳を迎える。


「ご主人様」


「げ」


 フェリエルの姿を見た途端、グリムの顔が引き攣った。


「な、な、なんだよ……! 音もなく現れるな! ビックリすんだろ!」


「あら、それは失礼しました」


 半年ほど前のことだ。ガキ大将であるグリムが、剣の師匠に褒められて、若干天狗になっていた時期があった。そんなグリムの鼻をへし折ったのが、フェリエルだった。


「メイドのくせに、剣なんて握ってんじゃねえー!」


「あらあら」


 冗談交じりにからかったことが、グリムの大誤算。手合わせを申し出たフェリエルに、ボッコボコにされてしまった。フェリエルとグリムは、同世代。同い年には負けないという自負すら、打ち砕かれてしまった。


「ちくしょー、おかしいだろー。ヘイケラー家は、武神にでも取り憑かれてんのかー?」


 常識外れの強さに、泣き言の一つも言いたくなる。それでも立ち向かい続けたことだけは、手放しに称賛できる。


「――見てろよ、フェリエル! 明日の選別の儀式では、すげぇスキルを神様から貰ってやるんだからな!」


「貰えるかわからないものに期待するより、努力を重ねてはいかがでしょうか。グリム様は、まだまだ鍛え方が甘いのです」


「ぐ~~~~!」


 十二歳の子供は、選別の儀式を受ける義務が課せられていた。神様に才能を見出された者は、特別なスキルが与えられるという。ここでスキルを与えられた子供は、王都に招集され、スキルに見合った職に就く。この世界に住まう人にとって、最高の誉れである。


「二人がスキルを授かったら、王都に行っちまうのか」


「あら!」


 嬉しそうに、フェリエルは笑う。


「そうですね、そうですよね、ご主人様は私と離れたくありませんよね! ふふふ、寂しそうに俯いて、ご主人様は奴隷思いですねー!」


「……い、いや、そういうわけじゃ……」


 過激なスキンシップが繰り広げられる。抵抗しないことをいいことに、フェリエルの愛情表現は日に日に激しくなっていた。


「ふん、馬鹿だなぁ。キッカと一緒にいたいのなら、明日はスキルを授からないといけないんだよ」


「へ?」


 口をとがらせながら、グリムは言う。


「四年後、キッカが十二歳になる時……絶対に、スキルを授かるはずだ。キッカが貰えないなら、誰が貰うんだよ。神様の目は、節穴じゃない」


「……確かに」


 ぶるぶると、震えるフェリエル。


「で、でも、スキルを授かったとしても、四年も離れ離れになってしまいます! 私、そんなの耐えられません!」


 わーきゃー騒ぐフェリエル。


「……変なしきたりだな。スキルを授かったからって、強制的に呼び出す必要があんのかね。グアドスコン王国は、何年も平和を維持してんだろ? 戦力増強に焦る必要がどこにある」


 直近百年、大きな戦は起きていなかった。先日の闇商人のような、犯罪集団が暗躍することはあるが、国家を脅かすような程ではない。ならば、ある程度の選択の自由が許されてもいいだろうに。


「特別な力を持つ人間は、特別な教育を受けなきゃいけない。それに、いつまでも平和とは限らないから」


 教えられた知識を、グリムは口にする。


「……ま、そうりゃそうだな」


 スキルを授かった人間が、不当に扱われているわけでもない。むしろ、成功者の理想として、持ち上げられているくらいだ。地位や待遇も、申し分ない。強制しなくとも、スキルを授かった人間は王国へ赴くだろう。


「グリムは、どんなスキルが欲しいんだ?」


「そりゃ、騎士に相応しいスキルが欲しいよな! 例えば、『豪剣』とか! 『魔剣』とかもいいなぁ……」


「戦闘系のスキルしかねえのか?」


「多種多様なスキルがありますよ。何かを生み出したり、生き物を操作したり……派手なものだと、天候を操作するスキルも過去にはあったようですね」


「……すげぇな」


 ふと、キッカは想いを馳せる。転生する前の、キランだった時代の記憶。『転生』のスキルも、あるのだろうかと。


「フェリエルは、どんなスキルが欲しい?」


「そうですね……」


 うーん、と、悩むポーズを取ってから。


「……ご主人様のためになるものなら、何でも欲しいです」


「えー! 欲がないなぁ」


「今が、とても幸せですからね」


「むーーーー」


「……明日か」


 良くも悪くも、選別の儀式は人生を変える。

 二人にとって、足を引っ張るようなことがなければいいと、キッカは願う。



 ◆



 選別の儀式は、パカサロの町にある教会で行われる予定となっていた。グアドスコン王国では、真実を司る神『ヴァルラン』が崇められており、スキルの授与は神の名前の下に行われるという。


「……オレが出会った自称神様は、そんな名前じゃなかったんだがな」


 『フォーリン・ラー』と、名乗っていた。どうやらこの国では、彼女はあまり信仰を得られていないようだ。むしろ転生前の世界の方が、よく耳にしていた。キランが生まれた、『ラスティア王国』の太陽神である。


「――次、グリム・リンデン!」


「はい!」


 今年十二歳を迎える子供たちが、一斉に並んでいた。声をかけられたものから、神様を形どった彫像に祈る。これまで何人もの子供たちが挑戦したが、何の反応もなかった。どうやら、選ばれたものは一人もいないらしい。


「深呼吸をして、神様に祈りを捧げなさい。見初められたのなら、必ずや答えてくれるでしょう」


「……わかりました!」


 ごくり、と。緊張した面持ちで、グリムは像の前に祈りを捧げる。


「ヴァルラン様――どうか、俺に力を下さい……!!」


 グリムを見守る人々は、自然と力が込もっていた。ここにいる誰もが、知っている。騎士になるために、どれほどの努力を続けてきたのかを。


「頼む」


 中でもドランは、必至の形相を浮かべていた。親バカと言われようとも、彼にとって大切な息子なのだ。これまでの努力に、見返りが欲しい。欲張りだと言われても、ドランは願い続ける。


「……どうか」


 選別の基準は、誰にもわからない。


 ――だが、確かに変化は訪れた。


「……っ!?」


 グリムの祈りに応えるように、彫像の瞳が鈍く輝いた。はっとして顔をあげたグリムが、その先の『何か』を見て目を見開いた。


「――ヴァルラン様?」


 小さな言葉が、周囲に感嘆の声を呼ぶ。俺たちには見えていないものが、グリムには見えているのだ。誰もがグリムの一挙一動を見守っていた。神様との邂逅を、その他大勢が邪魔をしてはいけない。


「ああ……」


 眩い光に包まれならが、微笑むグリム。


「ありがとうございます、ヴァルラン様……!」


「……!」


 ドランが、力強いガッツポーズをしていた。震える唇が、今にも叫びだしそうな程だ。


「……神様ってのは、案外ちゃんと見てるもんだな」


 ここにいる誰よりも、グリムはスキルを欲していた。名誉ある聖騎士に、憧れていた。


「やったよ、キッカ!」


 儀式を終えたグリムは、開口一番に叫んだ。


「俺、やったんだ! 神様に、選ばれたんだ! あの日の約束、覚えているか? キッカを嫁に貰うのは、俺だからな!」


「……ばーか」


 歓声が、爆発する。

 パカサロの町から選ばれし御子が生まれたことを、誰もが声高に称賛していた。


「良かった……本当に」


 父親であるドランが、グリムを抱きしめて号泣する。微笑ましいその光景を見つめながら、キッカもつられて笑っていた。



 ◆


「今日は宴だ! 皆の者、好き放題に騒いでくれ!!」


 舞い上がったドランは、私財を投げ売って大宴会を主催した。パカサロの町を挙げての祝勝会だ。飲めや歌えや騒いでよしの、無礼講。この日ばかりは、パカサロの町も舞い上がっている。


「しかし、本当にスキルを貰うとは……凄いな、グリムくんは」


「あの子、キッカを嫁にもらうんだーって、頑張っていたものね。喜ばしいわぁ」


 キッカの両親も、はめを外さない程度に参加する。グリムのために用意した祝い品を、誰よりも先に手渡ししていた。


「おめでとう、グリムくん。これから沢山の試練が君を待ち受けているだろうが、強く生き抜いて欲しい。パカサロの町は、君の活躍を祈っているよ」


「ありがとうございます、ヘイケラー卿!」


 うずうずとした表情で、グリムは一礼した。


「よぉ、グリム。まさか本当にスキルを貰うとは、恐れ入ったよ」


「ふふん! 俺は聖騎士になる男だからな! 当然の結果さ!」


「ちなみに、どんなスキルを貰ったんだ?」


「……うぐっ」


 そこで、一瞬動揺するグリム。


「何だ、変なスキルでも貰ったか?」


「い、いや……変じゃない、とは思うけど。使い道が、その……あんまり、よく分からなくてさ。『鍵』って言うスキルなんだけど」


「『鍵』?」


「施錠されているものを、問答無用で開ける事のできるスキルらしい。は、ははは……泥棒みたいって思っただろ? いやぁ……」


「……鍵?」


「う、うん……だからちょっと、教会の人も微妙な顔しちゃってさ。スキルを貰えたことは嬉しいんだけど……その、出来れば戦闘系のスキルが良かったなって」


「開けるだけか?」


「え?」


「『鍵』なんだろ? 閉めることも出来るんじゃねえのか?」


「あ、うん……多分、出来ると思うけど……」


「……なら、そう悪いスキルでもねえだろ」


 不満げなグリムの頭を、くしゃくしゃっと撫でる。


「直接的なスキルじゃないってだけで、いいスキルだよ。誇れ、グリム。お前は口だけの男じゃねえことを証明したんだ」


「そ、そうだよな! うん、その通りさ! ありがとう、キッカ! 俺、元気出てきた!」


「しっかり胸を張りな! ここにいるみんなが、お前さんに期待してんだ。グリムはもう、ただのガキじゃねえんだ」


「……わかった!」


 キッカの見立てが正しければ、『鍵』のスキルは強力無比だ。使い方を誤れば、沢山の悲劇を生む。なるほど、王国がスキル持ちを手元に置きたがる理由がわかったような気がした。


「……うー、ご主人様ぁ……」


 呂律の回らない少女のうめき声。アルコールの匂いとともに、キッカの背後から忍び寄る。


「……フェリエル? 飲んでんのか?」


「そーですよー! 飲まなきゃやってられませんて!」


 酒瓶片手に、ダル絡みをする。だが、今日ばかりはキッカも冷たくあしらうことが出来なかった。


「実際はね? ええ、結構チャンスあると思ってたんです! グリム様がスキルをいただけたのなら、私だって! なのにー! どうして私には無反応なんですかー! 一応、本物の騎士の出身ですよー?」


「……そりゃ、残念だったな」


 グリムが祝福される合間に、フェリエルはひっそりと儀式を受けていた。だが、真実の神の彫像は、彼女の祈りに応えることはなかった。


「しくしくしく……無力を痛感してしまいます。ねえ、ご主人様ぁ! 四年後の儀式では、ぜーーーーったいに、スキルを貰わないでくださいね? 神様が何かを言ってきても、無視して下さい! わかりましたか?」


「おーい、誰かこいつの相手をしてやってくれ」


「もっと構って下さい、ご主人様! 失敗した私を、慰めて下さいー!!」


「ああ、面倒くせえ……」


 フェリエルの頭を乱暴に撫でながら、優しく言い聞かす。


「四年後、オレがどうなろうと関係ねえだろうが」


「……ふえ?」


 ぐいっと、顔を引き寄せる。目と鼻の先、触れ合うほどの距離だ。


「――お前はオレの奴隷なんだろ? 王都に行くことになったら、当然、てめえもついてくるんだよ。まさか、逃げるつもりじゃねえだろうな?」


「ご、ご主人様……っ」


 かあああっと。

 美しい白肌が、これ以上なく赤く染まる。


「あ、あのっ、そのっ!? お、お顔が近く……! その、はい、その通り、です……!! あ、息が、触れて、鼻が……!」


「……鼻息が荒いぞ、フェリエル。よもや、欲情してんじゃねえだろうな」


「め、め、滅相もありません!!! ただ、その瞳の美しさに、魅入られてしまっただけです……!!」


 どぎまぎするフェリエルは、よくわからない否定の仕方をする。

 愉快なその反応に、キッカが楽しさを見出しかけていた、そのときだった。


「ねぇ、お兄さん」


「……ん?」


 背後から、服を引っ張られる。


「私、思い出したんだけど」


「シューカ?」


 五歳になる妹が、キッカを見上げながら言う。雰囲気が、これまでのシューカと打って変わっていた。妹は、こんなに大人びていただろうか?


「お兄さんって」


 喜びに満ちるパカサロの町に、一陣の風が吹く。


「――キランって名前だった?」


「え」


 思考が、凍りついた。


 前世の名前を、口にした?


「~~~~~~~~~~~~~!?」


 秋の花が目が覚める。


 シューカ・ヘイケラーはキッカと同じ、転生者だった



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