008 奴隷商人の末路


 この世界の人々は、スキルを持って生まれてくることはない。では、この世界の人々はどうやってスキルを手にしているのだろうか?


「――グアドスコン王国民は、十二歳になったら『選別の儀式』を受けるんだぜ。選ばれし子供が、神様よりスキルを授かるんだー」


 グリムは、胸を張って語る。


「スキルを授かった子供は、王国の特別学園に入学するのさ。そこで、栄誉ある仕事をいただくんだ」


「……それって、強制なのか?」


「当然! 国民の義務ってやつだよ」


「ふぅん」


 『魔弾』のスキルを有するキッカは、眉を顰めた。正直なところ、学園などに興味はないが……。


「そういや、グリムは十一歳だったな」


「そうだよ! だから、楽しみなんだ! スキルを授かる子って、本当に一握りなんだけど……何故か、自信があるんだよねー!」


 物心ついたときから、剣を振るっていたらしい。確かに、同年代ではグリムに勝る者は誰一人としていなかった。いや、キッカを除けば、子供たちの中では最も有望だと言える。


「スキルを授かって、隠しているやつはいないのか?」


「いるよー。だけど、スキルの隠匿は重罪だからなぁ。目立ったことをしたら、スキル持ちの聖騎士たちが逮捕しにやってくるかも」


 選ばれし子供たちは、王国が定める職種に付くことを求められる。力を持つものの義務として、課せられている。反面、彼らには栄光と称賛が約束され、輩出した一族にも多大なる褒章が与えられる。


「……スキルは、十二歳にならないと授からないのか?」


「もちろん! 例外なんて、聞いたことないや」


「……どうなるんだか」


 このまま十二歳を迎えれば、選別の儀式とやらを受ける必要がある。その場合、スキルを既に持っている自分は、どういう扱いになるだろう。


「大丈夫だよ、キッカ!」


 グリムは、力強く言う。


「キッカなら、絶対スキルを貰える! キッカが貰えなきゃ、誰が貰うんだよ!」


「いらねえよ、そんなもん」


 シニカルに笑いながら、キッカは続ける。


「既に、十分すぎるほど恵まれてんだ。これ以上もらっちまったら、バチが当たるっての」


「そっかぁー」


 無邪気に微笑む、グリム。

 あの一件以降、角が取れて丸くなった。キッカに対しても、とてもフレンドリーに接している。


「じゃ、オレはそろそろいくぜ」


「お父さんの仕事?」


「ああ」


 将来性を期待して、キッカをサポートすると約束したドラン・リンデン。だが、彼女の積極性は、彼の予想を遥かに超えていた。


「――ゴミ掃除にいってくる。鍛錬、サボるんじゃねえぞ」


「うん!」



 ◆



「――奴隷商人?」


「ええ」


 リンデン商会の本部に招かれたキッカは、ドランから相談を受けていた。


「とある大規模な闇商人がパカサロに潜伏しているようです。扱う商品は、奴隷。どこかから連れ去ってきた少女を、近くの有力貴族に売りつけているようです」


「うちにはそれっぽいやつは来てねえが」


「ヘイケラー卿は生真面目で有名ですからね。商談を持ち込むことはまずありえません。ただ……」


「……警備がぬるいから、潜伏地としてはうってつけ、か?」


「仰るとおりです」


 良識に任せた政治のやり方では、悪人がのさばりやすい。善政を敷くだけでは、豊かに成長する町を支えるのは難しい。


「彼らの商売はエグいですよ。狩り場と判断すれば、容赦なく女子供を攫っていきます。貴族のご令嬢が攫われたこともありますからね。パカサロの住人とて、次の商品になりかねません」


「……大規模な犯罪組織なら、王国に救援は?」


「手続きが面倒なのですよ。正式な手順を踏めば、王国の治安部隊が動いてくれるでしょうが、その間に彼らはひと仕事を終えてこの町を去るでしょう」


「めんどくせえな」


「ええ、とても。我らのシマを荒らして、やばくなったら尻尾を巻いてトンズラです。なんとも、筋が通らない無法者ですよ」


「……んで?」


 足を組みながら、キッカは鋭い視線を向けた。


「オレに、こいつらを潰してこいと?」


「ええ」


 ドランは即答した。


「無論、協力は惜しみません。キッカお嬢様の下に、銀狼傭兵団を従えさせます。どうぞ、お好きに使って下さい」


「……ふぅん」


 疑いの眼差しを、ドランに向ける。


「それで? 奴隷商人を潰して、お前が手にする利は?」


 ドラン・リンデンが、正義の為に動くような男ではないと知っている。


「単純な話ですよ。キッカお嬢様には、実績が足りていません。ここらでわかりやすい手柄を披露することで、名を上げていただきたいのです。実力は申し分ありませんが、まだまだ無名ですから」


「それだけか?」


「そうですねぇ」


 悪人じみた笑みを浮かべて、ドランは言う。


「――気に食わないんですよ。ここは、リンデン商会の領域です。自分の庭を荒らされたら、誰だって怒るでしょう?」


「はっ、そうだな」


 権力のある者は、常にメンツを重要視する。リンデン商会の商圏で無法を働くということは、要は舐められているということだ。


「礼儀のなってないお客様には、ご退場いただきましょう」


「――任せておけ」


 どのみち、キッカの意志は決まっていた。ドランの意向がどうであれ、パカサロの町を荒らすものは放置しておけない。


「あ、そうだ。銀狼傭兵団ならいらねえぞ」


「え?」


 最後に、キッカは付け加える。


「傭兵を使うにも、金がかかるだろ。あんな雑魚いくら部下にいても、邪魔なだけだ。オレ一人で乗り込んでくるわ」


「……いやはや、末恐ろしい方ですね」


 見てくれに騙されそうになるが、目の前の少女はリンデン商会に膝をつかせた常識外れの強者である。凡人のものさしでは、図りきれないのだ。



 ◆



 生前の世界では、奴隷制度が当たり前に横行していた。殺伐とした情勢が、ストレスの捌け口を求めていたのかもしれない。


 ――誰か、助けて。


 キランの長い人生の中で、奴隷という存在の多くは不幸の渦中に沈んでいった。人間の奴隷だけではない。亜人や魔族ですら、強欲な人間に飼われていることも多かった。


 人身売買は、救えない子供たちを生み出してしまう。キラン自身、どれだけの奴隷の子供たちを見殺しにしてきたか。


「……せっかく、平和な世界にやってきたんだ。クソみてえなことを思い出させるなよ」


 奴隷制度なんて、あってはならない。あれこそが、人間の尊厳を踏みにじる筋の外れた行為である。


「やりすぎたな……」


 辺り一面、死体の山。闇商人のアジトに潜入するまでは冷静だったのだが、とある光景を目にした途端、理性が崩れ去った。


 ――売り物として囚われていた少女が、自らを縛るその鎖で首を吊って死んでいたのだ。


 自死に追いやられるほど、辛い目にあっていたのだろう。傷だらけの身体が、彼女の絶望を物語っていた。


 ブチ切れたキッカは、有無を言わさずにその場にいたものを縊り殺した。彼らは皆、何が起きたかすら理解できずに、彼女の暴力に屈した。


「き、貴様……何者だ……」


 唯一の生き残りである、闇商人のボスらしき人物が声を漏らす。


「我らに手を出して、タダで済むと思うなよ……! 必ずや、報復に……!」


「うるせえよ」


 ――ごきり、と。


 首の骨を捻じ曲げ、黙らせる。冷静さは、未だに取り戻せていないようだ。


「最悪な気分だよ」


 もう少し早く駆けつけていれば、救えた命があったのかもしれない。少し、平和に毒されていると、気を引き締め直す。


「…………」


 やるせない想いが、キッカの胸いっぱいに広がっていた。恵まれているのは、自分だけ。スキル持ちの義務というものを、改めて自らに問いかける。


 闇商人の牢屋には、自殺した少女以外に誰もいなかった。どうやら、既に出荷済みらしい。キッカは、間に合わなかったのだ。商人を皆殺しにしても、犠牲者は返ってくることはない。


「……ん?」


 物陰に、何者かの気配がした。


「っ!?」


 キッカ自身、驚いていた。気配を完全に殺していた? それほどの手練が、まだ生き残っていたと? 察知できなかったのは、生まれ変わってから初めてのことだった。気を引き締め、銃を構える。


「……あ」


 ――だが。


 隠れていたのは、闇商人の仲間ではなかった。


「奴隷……か?」


 ふわふわの金髪に、輝く碧眼。少し、大人びた顔つきをしているが、幼さを拭いきれてはいない。発育のよい肢体が、際どい服装によって主張を強めている。装着された禍々しい首輪は、奴隷であることを否応なく知らしめる。


「はい……」


 生気なき瞳が、キッカを見上げていた。力なく座り込みながら、薄ら笑みを浮かべている。まるで、人形のような振る舞いであった。


「……立てるか?」


「無理です」


「そうか……ん?」


 怪我でもしているのかと、キッカは首を傾げたが。


「ご主人様の命令により、私はここから動くことが出来ません」


「……は?」


 機械的に発せられた言葉を、最初は理解することが出来なかった。


「いや、闇商人はもう全滅したぞ。あんたのご主人様も、とっくに死んでるぜ」


「……そうですか」


 そう言って、奴隷の少女は悲しげに俯いた。


「では、私はこれからどうすればよいのでしょうか?」


「……はぁ?」


 まるで意志を感じさせないその振る舞い。生気のない瞳が、キッカの心を恐怖させる。


「あんたを縛るご主人様がいなくなったんだ。これからは、てめぇの好きに生きればいいじゃねえか。ったく、そんなこともわかんねえのかよ」


「ですが……その」


 困り顔で、彼女は呟く。


「どうやら、まだこの首輪は――」


 と、口を開きかけたその時だった。


「フェリエル!」


 アジトに駆けつけたのは、小洒落た服装の商人らしき男だった。


「ああ、フェリエル! こんなところにいたんだね! 良かった、心配していたんだよ……!」


「……あんた、何者だ?」


「フェリエルの父親だよ! 娘が攫われたと聞いて、探し回っていたんだ……!!」


 嬉しそうに、フェリエルと呼ばれた少女の元へ駆け込む男。


 だが、彼女は以外な反応を見せる。


「……え……?」


 その怯えを、キッカは見逃さなかった。


「あ……」


 凍りついた表情で、男に手を引かれるフェリエル。動けないと言っていたはずなのに、素直に立ち上がった。


「どうしたんだい、フェリエル。いつものように、パパに甘えなさい」


「ぱ、パパ……」


 その格好から、それなりの立場の人間であることは間違いない。下手な疑いを向ければ、逆に立場が危うくなる局面。だが、キッカは躊躇わなかった。


「――なぁ、どうして娘がここにいるってわかったんだ?」


「……え?」


「ここは、リンデン商会が調べ上げた奴隷商人の隠れ家だ。この場所を知っているのは、オレらの仲間か――他には、闇商人の仲間だけのはずなんだが?」


「…………」


 ぴたりと、男の足が止まる。


「……まぁ、騙しきれるとは思っていなかったよ。フェリエルを取り戻せたら、十分だ」


 そして男は、本性を剥き出しにした。


「よくも、うちの商売を邪魔してくれたな。その報いは、死を持って償ってもらう!」


 そして男は、叫んだ。


「――フェリエル! 力を行使することを許可する! 全力で、あの女を八つ裂きにしろ!!」


「……かしこまりました、ご主人様」


 傍らに落ちてあった剣を手にとって、キッカに向けて構える。


「へぇ」


 ひと目見て、キッカは理解した。


「……ただもんじゃねえな」


 幼い姿からは考えられないほど、構えが洗練されていた。少しかじった程度では説明できない、美しさが伝わってくる。


「フェリエルは、戦闘能力に特化した戦奴隷! 我らがグイナス商会の誇る、最高級の奴隷だ! 貴様のような野蛮な小娘では相手にならんわ!!」


「そうかい」


 まっすぐと、フェリエルを見据えるキッカ。


「オレと殺し合うんだな」


 確かめるように、少女へ言葉を向ける。


「――覚悟は出来てんだろうな」


「はい」


 光のない瞳が、即答する。


「どうぞ、殺してくださいませ。私が、あなたを斬り殺すその前に」


 全てを諦めたその表情が、気に食わなかった。


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