007 グリムの筋の通し方
「――はぁ!?」
耳を疑う報告を聞いて、父親であるバイル・ヘイケラーは声を荒らげてしまった。
「聞こえなかったのか? リンデン商会とのいざこざなら、ケリついたぜ。ドランとサシで会話したら、意外と気があってな。あいつ、中々いい性格している」
「き、キッカ……お前、何を勝手に……!」
「オレの嫁入り話だろ? 当事者同士で解決させてもらっただけだ」
なんてことのないように、キッカは朝食に手を付けていた。
「……本当に、問題はなかったのか?」
「ああ。きっちり和解したよ。今後は、ご贔屓にってさ」
「はぁ…………」
前々からとんでもない娘だとは思っていたが、まさかここまでとは。我が娘は、兎にも角にも規格外すぎると、バイルは呆れ果てる。
「ちなみに、リンデン商会の屋敷を検めさせてもらったが、違法な商いの証拠は見つからなかったぞ。むしろ、闇商人に困っているのはリンデン商会の方らしい」
「……何だって?」
「リンデン商会は、武器の売買によって真っ当に利益を上げている。違法商品を扱わなくとも、十二分に儲かるんだとよ。私利私欲を突き進んでいたが、あれもまた本人の努力の賜物だ」
「…………」
もはや、七歳の少女の行動ではない。すっかり、リンデン商会を掌握している。
「お食事中失礼します。リンデン商会よりドラン様がお目通しをいただきたいとの申し入れがございますが……」
「おう、通してくれ。オレの客だ」
「……キッカ?」
もはや、父親に代わってメイドに返事をしている。さも当たり前のように、当主のように振る舞っていた。
「どうもどうも、キッカお嬢様……! お忙しい中、お時間を頂いてありがとうございます。ヘイケラー卿も、健在でなによりでございます」
現れたドランは、まずキッカに深々と頭を下げてから、当主であるバイルに挨拶をした。自分よりも娘を優先するほど、関係性が出来上がっていることを察したバイルは、不敬な態度に怒ることもなく、冷静に状況を理解する。
(本当に、リンデン商会を手中に収めたのだな)
当主として少しばかり居心地が悪いが、もはや己との力の差は歴然だった。恥じる気持ちよりも先に、誇らしさすら湧き上がる。
「キッカ」
「ん?」
「お前が当主の座を欲すれば、いつでも譲ってやるからな」
「……柄じゃねえよ」
本当の意味で、彼女を七歳の子供だとは思わない。一人の人間として、正当に評価しよう。
「この地を治めているのは、あんたの手腕だ。もっと誇ってくれや」
「……キッカ」
だが、キッカは父親以上に、父親の実績を評価していた。土地を治めることがどれほど大変かを、生前から理解しているつもりだ。統治とは、武力や暴力だけでは成し得ることは出来ない。それは、キッカには出来ないことなのだ。
「オレは、女だろ。爵位も継げねえのに、当主なんて務まるかよ」
だからこそ、リンデン商会に目をつけていた。裏方として、父親の治世を支えたいのだ。
「――キッカお嬢様! 今日は、頼まれていたものをご献上しに参りました! ささ、お確かめくださいませ」
「ほお」
使いのものが、和風の木箱をキッカの前に運び込む。その慎重な手付きに、中身の価値が伺える。
「和を尊ぶヘイケラー家に相応しいものをご用意いたしました。お気に召していただければ良いのですが」
木箱の中に収められているのは、キッカが依頼していた武器の数々だった。拳銃に、狙撃銃、短刀に長剣。用途の違う多種多様の武器が、絢爛豪華に並べられている。
「幼い身体にも扱えるよう、サイズは小さめにしております。装飾の方は、必要最小限度に抑えつつ、ヘイケラー家らしい和風の要素を選ばさせていただきました」
「……仕事が速いな」
拳銃を手にして、感触をゆっくり確認した後、にやりと笑みを浮かべた。
「気に入った。いい代物じゃねえか。代金は――」
「――いえ、結構でございます」
満面の笑みで、ドランは言う。
「先日の迷惑料も含めて、贈呈させていただきます。その代わりと言ってはなんですが、今後ともリンデン商会をご贔屓にしていただければと」
「遠慮はするな。見たところ、かなりの高級品だろう」
「キッカお嬢様の価値に比べれば、安いものでございまする」
「……世辞が下手だな」
「滅相もございません」
不敵な笑みを浮かべる両者の絵面は、悪巧みをしている悪代官のようである。差し出された好意を無下にすることは、失礼に値する。ドランの心意気を立てるためにも、キッカは素直に受け取ることにした。
「それと……最後に、お願いがございまして」
「何だ?」
「不肖の息子より、どうしてもお伝えしたいことがあるそうです」
「グリムが? 何だ?」
「っ!」
びくっ、と。
傍らに控えていたグリムが反応する。
「き、キッカ……」
目は左右に泳ぎつつも、なんとか向き合おうとして。
「俺……ごめん……一騎打ちなのに、不意打ちされたなんて、嘘、ついて……」
言葉とともに、涙が滲み出る。決して父親に言わされているわけではない。
「キッカは、卑怯な女じゃないのに……俺は……俺は……卑怯者だった……」
「……グリム」
「だから……ごめん、キッカ……! 俺が、全部、悪かった……!」
「そうか」
グリムの言葉をゆっくりと飲み込んだキッカは。
「――一発、殴らせろ。それでチャラにしてやる」
「……!」
ドラン・リンデンの表情が青褪める。彼女の実力を知っているからこそ、罰の重さを理解してしまった。
「い、いいよ、キッカ……! 俺だって、男だ……! 償いは受ける……!」
「いい覚悟だ」
「き、キッカお嬢様……!」
とっさに、止めに入ろうとしたドランを、キッカは睨みつける。
「うるせえ、黙ってろ。グリムの男気を、台無しにするつもりか?」
「う……!」
「………………っ」
対するグリムは、ぎゅっと目をつぶってその時に備えている。恐怖心でいっぱいのはずなのに、逃げようとはしなかった。
「いくぜ」
「……うん!」
ありったけの力を込めて、右腕を振りかぶるキッカ。両脇の父親たちが、悲痛な面持ちで歯を食いしばっていた。振り下ろされる抗えない一撃。キッカの殺意が、グリムに襲いかかった。
――だが。
「……ほらよ」
ぺちん、と。
緩やかな痛みが、グリムの頭を撫でた。
キッカの殺気は、寸前のところで霧消したのだ。
「……え?」
冷や汗びっしょりのグリムは、何が起きたかを理解していない。
「お仕置きは、こんなもんでいいだろ。二度と、恥じるような真似はすんじゃねえぞ」
「……キッカ」
泣きそうな表情で、キッカを見つめるグリム。
「お、俺、頑張るから……! 絶対に、騎士になるから……!!」
感極まって、沸き起こる感情を口にする。キッカの魅力に、狂わされたのかもしれない。
「だから――俺が、すげえ騎士になったときは……キッカを、お嫁さんにするから……! キッカに相応しい男になってみせる!」
「……は?」
両脇の父親二人が、同時に吹き出した。キッカ自身も、これには不意打ちを食らってしまう。
「お、オレを、嫁に……? くくく、面白えなあ、グリム……!」
「わ、笑うなよっ! いつか、キッカよりも強くなってやるからな!!」
「そりゃそうだ」
笑いを噛み殺しながら、キッカは言う。
「もし、オレを嫁に迎え入れるやつがいるとしたら、そいつはオレよりも強くなきゃ話になんねえからな」
「むー!!」
キッカを中心に、笑いが沸き起こる屋敷。
彼女自身、まだ気が付いていなかった。
――キッカには、人を惹き付ける力がある。
それを始めに気がついたのは、リンデン家の二人だった。
「うちの娘の嫁入り姿は、想像できないなぁ……」
この場にいる誰よりも、彼女は格好いいのだ。七歳の少女だとは、もう誰も思っていない。
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