006 二丁拳銃は血飛沫の中で舞う
耳をつんざくような警戒音が、真夜中の屋敷に響き渡る。何度も繰り返される発砲音が、侵入者の存在をことさらに強調していた。当然、その知らせはドランの元へ迅速に届けられていた。
「な、何者だ!」
「わかりません。ただ、相当な手練のようです……!!」
状況を把握できないのも無理はない。侵入者は、たった一人。目撃者は、全て撃破されている。
「早く見つけて殺せ! この私に喧嘩を売る馬鹿者を、始末せよ――!!」
怒声とともに吐き捨てられた唾が、傭兵の防具に付着した。それを拭うことも出来ず、ただ彼は神妙に耳を傾け続ける。
「ヘイケラー家が暗殺者でも雇ったか!? いや、あの平和ボケした間抜けが、そんなことをするとは思えん……!!」
「ご安心を! 我らが銀狼傭兵団がいる限り、ドラン様に危険は及びません」
「当然だろうが! 何のために高い給金を支払っとると思っておる!」
苛立ちが募るのは、襲撃そのものではない。確固たる地位を気付いたリンデン商会に立ち向かうものがいることこそが、腹立たしいのだ。
「……何者だ」
一抹の不安が、べっとりと背中に張り付く。
まさか、襲撃者の正体が七歳の少女であると、想像できるはずもなかった。
◆
傭兵団の隊長は、目の前で繰り広げられている光景を理解することが出来なかった。
いや、それは正しい表現ではない。理解はしているはずなのに、理性が声を大にして否定しているのだ。
「……馬鹿な」
自分の娘よりも幼い少女が、両の手に拳銃を握りしめながら、宙を舞っていた。襲撃した衛兵から失敬した、旧式の拳銃だ。壊れていないことを確認したキッカは、単身でリンデン商会の屋敷に突撃していた。
「な、何だこいつは――……!?」
見たことのないほどの美しい黒髪が目の前を泳ぐ。それを追いかけるように、銃口が狙いを探していた。
――BANG!
音が訪れるのと同時、隣にいた同僚の傭兵が吹っ飛んだ。銃声が、しきりに現実を叩きつける。
――二丁拳銃。
それが、生前から受け継がれているキッカの中距離戦でのスタイルだった。
「物陰に隠れて、一斉に撃ち殺せ――!! 相手は一人だ、蜂の巣にしてやれ!!」
中央広間の銅像や家具を塹壕代わりにして、前線を構築する。突然の少女の襲撃に、未だ脳は追いついていなかったが、戦いの本能が最適解を選び取る。傭兵としての本能だ。
「あ、当たらない……!」
狙いをつけて引き金を引いても、少女はひらりと身を捩りながら空へと飛び跳ねる。銃弾は空白を通り過ぎて、壁に埋もれるだけ。その代償は、直後に訪れる鉛玉だ。少女を撃ち抜こうとした傭兵を、今度は少女が振り向きざまに狙っていた。
「がっ――!?」
「ぐっ――!?」
二撃、二殺。
外せば撃ち抜かれるとプレッシャーが、傭兵団全体にのしかかる。
「な、何をしている! しっかり当てんか――!!」
「狙ってます! しかし、動きが特殊過ぎて――!」
華奢な身体を狙えば狙うほど、キッカにとってイージーな戦いに移ろいでいく。殺意や視線は、わかりやすい方が楽なのだ。
――当てられるものなら、当ててみな。
優雅に戦場を舞うキッカの姿は、まるで踊り子のようであった。軽やかなステップと持ち前の俊敏さが、血と硝煙の世界に彩りを運ぶ。
「――近接部隊、前に出ろ! あれを同じ人間だと思うな。これから行うのは、化け物退治だ」
仲間の犠牲を繰り返すことで、ようやく彼らは受け入れた。このままでは、数分以内に全滅してしまうと。
目の前の少女を人の皮を被った化物として認識する。そのために必要なことは、足を止めて銃撃戦を繰り広げることではない。体格差を利用して、力技で叩き潰すことだ。
「撃たれても、足を止めるなよ。決死の覚悟でねじ伏せろ。捕まえてしまえば、それで終わりだッ!」
いくらキッカが俊敏な動きを見せても、物量で襲いかかられたらひとたまりもない。そう判断した傭兵団の隊長は、犠牲を前提とした作戦を選んだ。
「はっ!」
重装甲に身を包んだ、銀狼傭兵団の前線近接部隊。まさか、単独の相手に駆り出されるとは、夢にも思わなかっただろう。分厚い装甲は、対銃撃戦を想定したもの。数発打ち込まれたところで、彼らは止まらない。怯まない。
「おおおおおおおおおおおおお!!」
雄叫びとともに、斬りかかる近接部隊。鍛え抜かれた身体に、統率の取れた動き。その衝撃波、まともに受けることは許されない。重量の差というのは、近接戦においてそれだけで決定打になりうる。
「――甘えよ」
そんな彼らの覚悟は、容易く捻り潰される。
拳銃のグリップを強く握りしめ、そのまま重装甲の頭部へ叩きつける。鈍く、激しい重低音が、大広間に響き渡った。兜が陥没する程の殴打によって、近接部隊の一人を再起不能にさせる。
「次」
華奢な身体からは、到底ありえない威力の殴打。重装甲の防具が、簡単にひしゃげていた。そこから、更に一歩踏み込んだ。逃げるどころか、真正面から彼らに相対する。
「次」
か細い足から振り下ろされる、断頭台のような鋭い蹴り。鉄球を叩きつけられたような爆音を奏でながら、意識まで刈り取っていく。
「俺は、夢でも見ているのか……?」
生身の少女が、重装兵士を玩具を千切り捨てるかのように蹂躙していた。質量を無視した一騎当千の活躍は、絶望の味だけを教えてくれる。キッカを殺す手段が、どこを探しても見つからない。目の前が、真っ暗になりそうだ――。
「見えてるぜ」
倒した傭兵の死体の隙間から、銃口が覗いていた。不意打ちを目論んでいた射撃手は、悪鬼のように暴れる少女と目が合ってしまう。
「……ひ」
怯えが、引き金を引かせた。そんなものが、キッカに当たるわけがない。
――BANG。
わずかに身を捩って回避したキッカは、間髪入れずに打ち返した。射撃手は、もう引き金を引くことは出来ない。
「次は――誰だ?」
屍の上に立つ少女は、果たして本当に人間なのか。
多勢に無勢、圧倒的で容赦のない大立ち回りは、精鋭の傭兵団を完全に制圧してしまった。
「さて、質問タイムだ」
あえて致命傷を外していたキッカは、指示を出していた隊長に狙いをつける。
「ドラン・リンデンはどこにいる?」
無慈悲な視線を向けながら、額に銃口を向けた。言わなくともわかるよな? と。無言の圧力が、男を襲う。
「だ、誰が――」
「黙れ」
気に食わない返事だったので、銃口を口の中に突っ込んだ。男は、たまらず涙目を浮かべる。
「このまま、喉奥に鉛玉をくれてやろうか? お前さんは、ただ聞かれることに馬鹿みてぇに答えりゃいいんだよ」
冷酷に見下す、悪魔のようなギラつく瞳。
幾度となく山場を乗り越えてきた傭兵団ですら、圧倒的な威圧感を放つ少女の前に、震えが止まらなくなる。本能が、理解してしまったのだ。この人には、逆らってはいけないと。
「……!!」
がくがくと、無抵抗を示すように首を縦に振る。
「いい子だ」
見開かれた瞳が、恐怖しか映らない。
「ドラン・リンデンはどこだ?」
この問いから逃れられる人間は、この場に存在していなかった。
◆
ドラン・リンデンの私室の扉が、乱暴に蹴破られた。
「ひ、ひぃっ――!?」
咄嗟に銃を構えるが、引き金を引くよりも早く、侵入者によって蹴り上げられてしまった。護身用の銃は彼方へと吹き飛ばされた。痛みをさすりながら、一歩後ろに下がろうとする。だが、逃げ場など存在していないことを、冷たい壁が教えてくれた。
「お、おま、お前が、襲撃を――!!? ほ、他の奴らはどうした――! な、何を――」
「真夜中だぞ」
冷酷に、睨みつけながら。
「――いい子はねんねの時間だぜ」
指先一つで、彼の命はあっけなく散らされる。そのことを理解できるよう、ぐりぐりと銃口を押し付けた。
「ま、待て待て待て! わ、わかった、わかった――!! 望み通りしよう! 全ては水に流そうじゃないか!」
「……あ?」
生き残ること以外に、目的はなかった。もはや、これは失敗した作戦だ。全ての利を放り投げたドランは、己の命を守るために前言を撤回する。
「不問! すべてを不問にしよう! 息子を傷付けたなど、どうでもいい! 非礼を詫びよう! それで、この場を収めようではないか! もちろん、賠償もする! な? 話せばわかるだろ?」
いざという時には、全てを捨てられる。それこそが、ドランの真骨頂。だが、この場においては、特に意味のないものだった。
「馬鹿言ってんじゃねーぞ。オレは、そんな話をしにきたんじゃねぇよ」
「へ?」
彼女の目的は、ただ一つ。
「オレは、グリムの嫁――つまりはあんたの娘になるんだろ? なら、きっちり挨拶しなきゃいけねえよな。これから、世話になるってんだから」
「あ、挨拶……?」
何度もまばたきを繰り返して、キッカの言葉を読み解こうとする。
「そうだ。どっちが立場が上かを、はっきりさせにきた。リンデン商会、気に入ったぜ。オレが嫁入りを果たした暁には、商会のすべてをいただく。似たようなことは、お前さんも画策していたんだろ? なら、喰われても文句言えねえよな?」
「~~~~~~~~~~~!!」
少女の狙いは、ドランの想像の遥か上をいっていた。意趣返しのような態度に、ドランは怒りを隠せなくなる。
「だ、誰が貴様に商会を乗っ取らせるか――!! ここまで築き上げるのに、どれほどの労力を捧げたか! そして、商会を引き継ぐのは、長男であるグリムの役目だ――!」
「大丈夫だ、安心してくれ。
「き、貴様っ……!!」
あり得ないことが、目の前で起きている。だが、目の前の少女の瞳は、殺意に満ち溢れていた。こいつならやりかねないと、本気で思わされる。
「あんたが喰らおうとしていたモンは、強烈な毒入りだったのさ。観念して、飲み込んでくれるよな?」
「~~~~~~~~~~~~~~!!!」
ドランの脳裏に過る、これまでの苦悩の日々。商会を大きくするために、純粋に努力してきたこと。いつから、自分は汚れてしまったのか。かつての自分は、商売で成功して、人を喜ばそうとしていたではないか。
それが、今はどうだ? 息子すら巻き込んで、命の危険に晒してしまっている。調子に乗ったばかりに、化物の尻尾を踏んでしまったのだ。
――俺は、何処で間違えた?
ぐるぐると視界が揺れ動く。恐ろしくて恐ろしくて、今にもこの場から逃げ出したいが――彼女の双眸が、ドランを捉えて離さない。蛇に睨まれた蛙のように、釘付けだ。
(ああ……)
格が違う、生き様が違う、器が違う。
何もかもが、根源から違っているのだ。御しやすいなどと思っていたことが、大間違い。彼女こそが、この世を暴れまわる自由な翼を手にしている。
(これも、神より与えられし試練なのか)
もはや、ドランの心は完膚なきまでにへし折れていた。
――が。
ここからが彼の真骨頂。敗北を喫した後にこそ、真価が問われる。
「……お前には、無理だ」
ぽつり、と。
態度を一瞬で切り替えて、見つめ返す。
「リンデン商会は、お前のような女には任せられん。美味そうに太らせているのは、この俺の功績だ。お前が後を継いでも、痩せ細らせるだけだ」
「……へえ?」
窮地に陥ったドランが、懸命に見出した生き残りへの活路。
「本気で、乗っ取るつもりなら、黙って婚姻を迎えていたはずだ。わざわざ、こうして警告しに来ているということは……」
ぐっと、唇を噛みしめる。
「……俺に、首輪を付けに来たのだろう。ヘイケラー家に従順な、犬になれと……!」
「馬鹿言うんじゃねえよ」
キッカは、ドランを睨みつける。
「きゃんきゃん懐くだけの飼い犬なんざ、興味ねえんだ。オレが求めているのは、より優秀で、より力強い部下だ。あんたを飼いならすつもりはさらさらねえ」
「俺の野心ごと、お前は喰らおうというのか」
「牙の抜けた野郎には、魅力を感じねえからな」
「……っ」
見た目は、可憐な少女。だが、その立ち振る舞いは、歴戦の手練を想起させる。敵わないと、本能が理解していた。格の違いを思い知ってしまったのだ。
「…………」
目を閉じて、ドランは苦悩する。何が、リンデン商会にとってベストな選択か。窮地に陥ったことは何度もあった。その度に立場や考えを改めて、立ち上がってきた。
「……婚姻の提案は、取り下げさせていただきたい」
決意を固めたドランは、気が付けば自然と跪いていた。
「うちの息子には、到底釣り合わぬお話でございました。しかし――もし、我がリンデン商会を見初めていただけるのでしたら、どうぞご自由にお使いくださいませ。我らが主と認める限り、最大限の協力をさせていただきます」
リンデン商会にとって最大の利益は、ヘイケラー家を乗っ取ることではない。キッカ・ヘイケラーは敵に回すのではなく、味方として付き従うことが、より最高の利益を得られると確信したのである。
「……驚いたな」
キッカが想像していた以上に、ドランの頭の回転は早かった。さすがは商人というべきか、どこに利益が生まれるかを熟知している。こちらが価値を示し続ける限り、彼らは協力を惜しまないだろう。
「して、まずは我らが力量を示すため、指示をいただけると助かります。わが商会を目につけた理由があるはずでしょうから」
「話が早えな」
にやりと、キッカは笑った。
「お前が用意できる最高の銃を用意してくれ。衛兵からくすねたコレは、さすがに使い勝手が悪い」
「承知いたしました」
キッカは、事前の調べで理解していた。リンデン商会が、武器の売買によって規模を拡大させた歴史があることを。
「寛大なご慈悲を、感謝いたします、キッカ様」
「……おう」
こうして、ヘイケラー家とリンデン商会の確執は、一夜にして決着を迎えることとなった。
その裏側に、桁違いの化物が動いていたことは、まだ知られていない。
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