004 七歳、ユニークスキルをぶっ放す


 記憶の定着から四年の月日が経過した。年齢も七つになり、活発に動くようになったお年頃だ。相変わらずというか、キッカは少女らしくない振る舞いや言動で、しばしば周囲を困らせることがあった。


「やーい、男女ー!」


「……ああ?」


 屋敷を抜け出して、住人たちが集う公園に通っていた。貴族らしい生活が肌に合わないキッカは、領地の実情を知るため、身分を隠して何度も遊びに出かけていた。


 ヘイケラー男爵が治めるこの町は、パカサロと呼ばれていた。領地の中核を為すこの町では、日々あらゆる人間が出入りしている。そのため、身分を隠して行動しても、あまり目立つことはなかった。


「やんちゃなガキだな。ま、元気で何よりだが」


 年季の入った振る舞いをするキッカに対し、少年たちはからかうような物言いを繰り返していた。もちろん、まともに相手することはない。大人げない行為だと、魂が知っている。


「ちぇー、つまんねーやつ。ケンカがつえーっていうから、相手になってやろーと思ったんだけどなー」


「おい、止めとけって! あいつ、女のくせにめちゃつえーらしいぜ? この間も……」


「うっそだろ! ひえ~~~~!」


 腕っぷしに自信があったキッカは、売られた喧嘩を買いまくっていた結果、ちょっとした有名人となっていた。


「――おい、キッカ!!」


 ひときわ身体の大きいガキ大将が、竹刀片手にど派手に登場する。脇には何人もの子供たちを引き連れ、キッカの回りを取り囲んでいた。年齢は、十一歳。キッカとは四つも年が離れている。


「この間は、卑怯な手を使いやがって! き、キンタマ狙うのは反則だろうが!!」


「あん? ……ああ、この間の鼻垂れ坊主か。ったく、何を言ってんだかね。どつきあいに卑怯もクソもねーだろうが」


 気怠そうに、黒髪をたなびかせて首の骨を鳴らす。成人男性が行えば威嚇行為になるが、麗しい少女だとただ美しいだけである。


「……っ!」


 多感な時期の少年は、ふとしたキッカの仕草に頬を赤らめる。だが、すぐに邪念を払って、竹刀を突き付けた。


「――一対一だ! 今度は本気だぞ!」


「……お前さん、騎士を目指してるんだってな」


 竹刀を握る手は、厳しい訓練を思い起こさせるほど分厚い。まだまだやんちゃな子供だが、両親からは厳しく仕込まれているようだ。子供の喧嘩など、キッカにしてみればお遊びのようなもの。だが、小さなこの身体に慣れるには、実践が必要だった。


「そうだ、覚えておけ! グリム・リンデンだ! 俺は、将来聖騎士の称号を承る男になるんだ!」


「いいねえ、子供の夢は。眩しくて、くらくらする」


 生まれ変わった歴戦の兵士は、戦いの中に己の姿を求めている。若さゆえの煌めきが、キッカの意志にも少なからず影響を及ぼしているのかもしれない。



 ◆



 グリムをボコボコにしたキッカは、日が暮れる前に屋敷に戻ってきた。


「こら、キッカちゃん! また勝手にお屋敷を抜け出してきて――!!」


「……うげ」


 母親であるエンリ・ヘイケラーが頬を脹らませて待ち伏せていた。


「お勉強はどうしたのかしら!?」


「……身体を動かすのが性分なもんでな」


「あー! また泥だらけにしてー! どうしてこうもお転婆な子に育っちゃったのかしら。あらあら、不思議だわぁ」


「ははは……」


 朗らかな母親を前にすると、強く出ることが出来ないキッカ。血の繋がりが、本能的に立場を理解しているのか。


「おにーさん?」


 背後から、声をかけられた。


「おにーさん、おにーさん、おにーさん!!」


 四歳になる妹――シューカ・ヘイケラーが花のような笑顔を浮かべて近付いてくる。


「どうした、シューカ? オレと遊びたいのか?」


「うん!」


「しょうがねえなぁ」


 キッカは、妹のことをそれはそれは大切にしていた。生まれて初めてできた妹という存在は、彼の歴史にはない新たな一面を作り上げていく。


「キッカちゃんも、シューカちゃんの前ではお姉ちゃんね」


「おにーさんと、あそぶー!」


「……シューカちゃん? 違うわ、違うのよ! キッカちゃんは、お姉さん! お兄さんではないわ!」


「別にオレは、どっちでもいいぜ」


「よくありません!! 本当に勘違いしたらどうするんですかっ!」


「そんときはそんときだ。問題はねえだろ」


「そんな~~~!」


 大袈裟に、泣き真似をする母親。


「た、ただでさえ最近、キッカちゃんがイケメンに見えて、ちょっとドキドキしてきたのに……! お母さん、二人の絡みを見ていたら変な性癖に目覚めてしまいそうだわ!」


「……少なくとも、親が子の前でする会話じゃねえな、それは」


「あーん! いけずー!」


 どっちが子供かわからないと、キッカは引き笑いを浮かべていた。だが、彼女の無邪気さが、キッカの心を楽にさせていることもまた事実だった。



 ◆



 月すら隠れた深夜の屋敷。

 ベッドから抜け出したキッカは、人知れず夜の森へ駆け出していた。


 目的は、単純明快。

 誰にも見られることなく、自分の戦闘技術を磨いておきたかったのだ。


「――この世界は、随分と古いな」


 転生前の世界では、魔術式と兵器の組み合わせによる圧倒的な個の力による争いが主だった。量よりも質が戦況を左右し、秀でたスキルを持つものはエース級の存在として対魔物戦で大活躍していた。


 しかし、この世界は違っていた。


 そもそも、強力な魔物が存在しておらず、極めて平和な世界なのだ。領地内では魔物の襲撃も起きないし、魔族の襲来など歴史上にすら残されていない。


 平和な世界だからだろうか、この世界では、スキルを持って生まれることがなかった。スキルとは、十二歳になったら『選別の儀式』を経て神様から与えられるものであり、ほんの一握りの人間の特権だった。


「皮肉だねえ」


 だからこそ、スキルのない人々には武器が必要だった。魔物との戦いはなくとも、人間同士の争いは存在する。そのため、この世界の武器文明は転生前の世界よりも遥かに高度だったのだ。


 屋敷からくすねて来た、古びた狙撃銃。スコープを覗き込んだキッカは、心臓が飛び跳ねるほど感動した。


「素晴らしい」


 仕組みはわからないが、狙いをつけるための機能らしい。転生前の世界では、狙撃銃というものは存在していなかった。魔術があれば、銃は不要だった。


「――試し打ちの時間だ」


 スコープを覗き込んで、狙いを定める。

 ターゲットは、月明かりに揺れ落ちる葉っぱ。


「『魔弾生成』」


 転生前に所持していた、キランのユニークスキル。

 銃身さえ用意すれば、特殊な術式を込めた魔弾を無制限に自動装填させる。この能力を用いて、キランは転生前の世界で圧倒的な戦果を挙げていた。遠距離から魔族や魔物を片っ端から撃ち抜き続け、敵だけではなく味方からも恐れられる存在だったという。


 再び銃を構えられる幸せを、キッカは噛み締めていた。時空を越えた久しぶりのスキル解放に、かつてないほど高揚する。


 魔弾に込めた術式は、ただ『力強く』。

 舞い落ちる葉っぱを撃ち抜くには、いささか過剰すぎる術式だった。


 ――BANG!


「は!?」


 銃身から放たれたのは、弾丸というよりはむしろ、砲撃だった。古びた狙撃銃からは考えられないほどの爆撃が、宵闇の森に容赦なく襲いかかる。葉っぱどころか、射線にある全ての自然を食いちぎり、彼方まで貫いた。直径一メートル程の空間の穴が、魔弾の威力を物語っている。


「嘘だろ」


 理解不能な、魔弾の威力。ありったけに魔素を注いだとはいえ、転生前でもこれほどの威力はありえなかった。

 これではもはや、狙撃ではなく爆撃だ。早くここから立ち去らなければ、責任問題になってしまう!


「っ……!」


 くらりと、目眩がした。規格外の一撃は、体内の魔素を根こそぎ持っていってしまったようだ。


「つ、使い物にならねえな、これは……!」


 とんでもない威力だが、引き金を引いて動けなくなるようではお話にならない。


「……面白えじゃねえか」


 魔王に敗北を喫したことは、今でも脳にこびりついている。両親や妹を守るためには、力が必要だ。それも、魔王にすら対抗できるほどの圧倒的な力が。


 この日から、キッカの秘密特訓が始まった。


 




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