第44話

 時に、運命とは残酷なものである。


「チッ」

「あ、あはは」


 そこには二人の男女がいた。


 と言っても二人は恋仲ではない。


 むしろその年齢差からはむしろ兄妹と呼ぶ方が正しいだろうか。


 方や恋する男子高校生。


 方や恋する女子小学生。


 その間には今、なんとも言えない空気が漂っていた。


「チッ!!」

「シャ、シャル様そんな強調しないでも……」

「チッ!!!!」


 シャルはわざとらしく大きな舌打ちをたてる。


 そんな態度に勇は冷や汗を垂らしながら顔をこわばらせている。


 犬猿の仲である二人が何故一緒にいるのか。


 それは数時間前に遡る。



 ◇◆◇◆



「あひゃひゃひゃひゃ!!」


 鳥みたいな笑い声を出しテレビを見るシアがいる部屋にて、シルヴィアは考え事をしていた。


「シルヴィアお姉様、どうかしたの?「

「あら、シャル」


 その様子を不思議に思ったシャルが声をかける。


「いえ、何やら隣国の様子が少しおかしいの。これと言って怪しいわけじゃないのだけど……気にしすぎかしら」

「王国騎士を派遣しては?」

「今日はお父様とお兄様の用事で殆ど王国騎士がいないのよ。ここの警備と合わせるのなら、正直外に出す余裕はないわね」

「そう……ですか」


 そしてシャルはとある方法を思い付くが、直ぐに考えを渋る。


 そしてそれに気付いたシルヴィアは一言


「もしこの動きでシアが酷い目に遭ったら大変ねー(棒読み)」

「ウギギッ!!」


 シャルは心の底から嫌そうな様子で


「あのクソを使わせるのどうです?あのクソなんてどうせお姉様がいなければ暇を持て余したカスなんですから」

「なるほど、確かにありね」


 シルヴィアは合点がいくが、それと同時に不安を覚える。


「でも彼、正直言うと優しすぎるのよね。優秀であることは確かだけど、潜入だとか騙すとかが得意とは言えないのよ」

「無能乙。やっぱりシャルだけがお姉様を支えられるってことですね!!」

「なら、シャルも一緒に行ってくれるかしら?」

「え?」

「シャルならシアのこと、守れるのでしょう?」

「で、でもシルヴィアお姉様。シャルはその……用事が……」

「シアと用事、どっちが大切なの?」

「うぅ〜」


 そしてシルヴィアに依頼され、不恰好な最強コンビが爆誕した。


「おい、足を引っ張るなよカス」

「仰せの通りに」

「チッ!!」


 シャルが歩き出し、その一歩後ろを勇が歩く。


 今は既に隣国の内部に入っている。


 二人は変装はしているものの、やはりそのオーラや美貌は隠し切れていない。


 目立ってしまうのも仕方ないだろう。


「ところでシャル様」

「話しかけるな」

「今回シルヴィア様が仰る調査は、主にどんなことを?」

「そんなことを知らずに来たのか脳無し」


 シャルはバカにするようにため息を吐く。


「まず、シルヴィアお姉様が気になった点は最近ここいらで大きな取引が行われたからだ。中身は一般的な食糧類だが、その量と突然の行動に目を付けたそうだ」

「ほう」

「それが気になると言っていたが、シャルからすればどう考えても黒。ここいらで飢饉が起きたなんて情報は一切ない。ならば、何かしたら食糧難に陥る意図があることは簡単に分かる」

「なるほど」

「だからシャル達の目的は取引の本当の内容を探ることだ。それくらい考えろ」

「解説、ありがとうございます」


 ふん と鼻息を立て、歩き出すシャル。


『おいおい、化け物じゃの。何故この歳の餓鬼が国同士の情勢を知っておる』

「さぁ?しかもあの様子からして、シルヴィア様すら知らない情報だ。本当に何者なんだろうね」


 勇はその小さな背中を頼りに感じつつ、普段はそれに敵対している事実に若干背筋が凍るのだった。


 そしてとある酒屋に着く。


「何故酒屋に?」

「行くぞ」


 そう言って躊躇いなく入るシャル。


 不思議そうに中に入る勇。


「いらっしゃい」


 中は至って普通の酒屋。


 まだ昼間であるにも関わらず既に何人かが飲んだ暮れ、アルコールの匂いが勇の鼻を掠める。


 そしてシャルはぐんぐん進み、カウンター席に座った。


「ねぇねぇ、キャル喉乾いたー。ジュースちょうだーい」

「なんだ嬢ちゃん。昼間っからこんな店来るなんて悪ガキだな」


 そこには強面だが、人当たりの良さそうな男が笑顔で顔を出した。


「えー。キャルは喉が乾いただけだよー」

「へへ、まぁいいや。はいよ嬢ちゃん。これでいいか?」

「わーい」


 そう言って先程の獣のような眼光は消え、ただの女児にしか見えなくなったシャル。


 だが勇と目が合うと


(やれ)

(あ、はい)


 勇はそそくさと隣に座り、同じように飲み物を注文した。


「二人は兄妹か?どっちも将来が有望そうだな」

「ありがとうございます。ところで最近、何やらここいらでおかしなことでもありませんでした?」

「おかしいことか?これと言ってないが……」

「どんな些細なことでも構いません。こういった人をよく見かけるなどでも」

「もしや兄ちゃん探偵か何かか?うーんそうだな。そういえば最近、軍の姿を多く見る気がするな」


 その言葉に勇とシャルは反応する。


(これは)

(行くぞカス)

(承知しました)


「ぷはー。美味しかったよおじちゃん。また来るねー」

「おう、次はもう少しデカくなってから来いよ。ちなみに俺はまだ21だ」

「「え?」」



 ◇◆◇◆



 それから色々と聞き込みをした二人。


 シャルはただでさえ見た目がお嬢様みたい(というか王女)であり、隣に立つ勇も無害そうなイケメンと認識され、順調にことは進んだ。


 結果、分かったことは


「明らかに戦争の前段階……か」

「信じたくはないですが、そのようですね」


 ちなみに矛先は勿論シア達の王国ではない。


 理由は簡単。


 コイツらがいるからである。


 これにて調査は終了。


 それに伴い最強コンビ解散の時間も迫って来た。


「うー、もう早く帰りたい。今日はまだお姉様におはようも言ってないし、ご飯も一緒に食べてない……」

「本当にシアが好きなんですね」

「当たり前だろ。というか気安くお姉様の名前を呼ぶなゲス」

「あはは」


 天と地程の対応の差がこれである。


 実際、ここが他国で、シルヴィアからのお使い中でなければシャルは今すぐ勇を殺しにかかっている。


 そして勇からすれば、こんなに長くシャルと喋ること自体久しぶりのことであった。


「シャル様はシアのどこが好きなんです?」

「全部」

「強いて言うなら」

「存在」

「それは同じなんじゃ……」


 シャルは分かりやすく苛立ちを見せながら、大きくため息を吐く。


「シャルにとって、お姉様は暗闇だらけの世界を照らす光」

「……」

「お姉様を知ってから色々分かった。シャルにとって不要だと思ってた全てが、お姉様の光によって色彩を持ち、全てが輝いて見えた」

「……」

「お姉様は何も知らなくても、何も出来なくても、平然と、何でもないかのように薔薇の道を歩いて手を伸ばしてくれる」

「……うん、分かります」

「お姉様はシャルが尊敬して、辿り着きたくて、そしてなによりも愛する人」


 その歪であるにも関わらず純粋な瞳には、決して他者が介入できる余地がないことを物語っていた。


「……これで分かったか」

「はい、心の底から」


 勇はその言葉でシャルがどれだけシアを大切に思っているのか再認識した。


「だからこそ」


 シャルも再認識する。


 愛する人を守る為に


「お前が邪魔だということを改めて思えた」

「へ?」


 シャルが魔法を展開する。


「ちょ!!シャル様!!ここはまだ」

「それは数秒前だ」


 勇は気付く。


 既に地形が変動していることに。


「そこまでやりますか!!」

「死ね」



 ◇◆◇◆



「報告です。戦争の準備をしていた隣国ですが、地形変動による災害によって急遽中断し、自国の復興に当たっている模様。少なく見積もっても10年はそのままかと」

「ありがとう。下がっていいわ」


 シルヴィアはなんとも言えない顔で資料を読む。


「よかったと言うべきか、やり過ぎと言うべきか、判断に迷うわね」


 だが、シルヴィア自身もこうなることを予想して二人を送り出した手前、ここでお説教するのはお門違いだと思えた。


「お陰で色々動きやすくなったし、彼とシャルとの関係が少しでも改善したのなら、大成功と言うべきね」


 シルヴィアは自身の部屋を出て、リビングを少し覗き込む。


「あひゃひゃひゃひゃ!!」

「あははははははは」


 そこには、仲良さそうに肩を寄せ合った姉妹が楽しそうにテレビを眺めていた。

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