第33話

「まずは教科書の68ページを開いてね。今から100年前に大きな事件が起きたんだ」


 勇は授業を進める。


 いきなり先生をしろと言われて出来る人間など限られているが、それが出来てしまうのが勇という人間である。


「そしてここから暗黒期と呼ばれる時代に入る。何故暗黒期と呼ばれているか分かる?」


 勇の質問に皆が一斉に手を上げる。


 だが一人だけ手を上げていないのを勇は確認した。


「それじゃあ君」

「はい、魔女がいたからです」

「うん、その通り」


 勇は黒板に字を描く。


「魔女には色んな呼び方があるね。不死の魔女、無限の魔女、叡智の魔女。だけどみんなが一番聞き覚えのあるのはやっぱり」


 破滅の魔女


「魔女は長い間世界を滅ぼし続けた。人々は必死に抵抗するけどダメだったんだ」


 教室に嫌な空気が充満する。


 だから勇は喚起するように


「けど悪い魔女はもう既にいない。一体何故でしょう?」


 勇の質問に一斉に手が上がる。


「じゃあみんなで一緒に言おうか。せーの」


 シア様がやっつけたから


「そうその通り。悪い魔女はシア様が見事打ち倒したんだ」


 勇は魔女という文字にクロスの線を引く。


「ここまでの話で何か気になったことはありますか?」


 一人、手を上げるもの。


「……どうぞ、シャル様」


 ゆっくりとシャルは立ち上がり


「本当に魔女は死んだのですか?」


 シャルの言葉にクラスの皆が困惑する。


「シャ、シャルちゃん?魔女は死んだんだよ?」

「そうだよ!魔女はもういないんだ」

「私は今先生に聞いているんです」


 シャルの圧力に周りの生徒は一瞬身じろぐ。


「魔女は死んだ……か。難しいところだね」


 勇は少し笑う。


「不死と呼ばれた彼女が死んだのか。それは僕にも分からない。でもこれだけは言えるよ」


 勇は真っ直ぐとその目を見て


「もう二度と、あんな事件は起こさせない」


 勇の姿に男なら尊敬を、女なら情熱を抱く。


 目の前に立っているそれが先生ではなく、もっと別の何かであると皆が悟った。


「……」


 シャルは唇を噛む。


 ポタポタと血が垂れる。


「そうやって……お姉様は許してくれる。お姉様は優しいから。でも私は許さない。絶対にお前を」


 ◇◆◇◆


「ええ!!シャルってピーマンが嫌い何ですか!!」

「はいそうなんですよ」


 シャルの真実を知ったシアは驚く。


「家では好き嫌いがないのでビックリですね」

「きっとシア様の前では自分を大きく見せたいのではないでしょうか?」

「そう……なんですかね……」


 シアは少し嫌な気分になる。


「私は……そんなに頼りないのでしょうか」

「え?」

「シャルには私が見栄を張らねばいけないと思うほど、頼りない存在に見えるのでしょうか」

「ま、まさかそんな!!」


 エリコは必死に考える。


 もしこのままシアを帰せばおそらく自身の社会的死は免れない。


 それ以上に目の前にいる存在に悲しい顔など似合わないと思ったからである。


「シャル様はシア様を深く信頼していますよ」

「そうでしょうか?」

「絶対です。シャル様は学校に来られてはいつもシア様のお話をしています。その様子は間違いなく本物の笑顔であり、それだけシア様を愛しているということでしょう!!」


 早口で捲し立てる。


 シアはポカンとした顔をする。


「シャル様はきっとどんな自分の姿を見せてもシア様が一緒にいると信頼しているでしょう。ですが、それ以上に怖いのです」

「怖い……ですか?」

「はい。そんな優しいシア様に甘えてしまうこと。何よりそれ以上に嫌われたくないと思う心。それが自身を大きく見せようとした結果なのだと思います」


 息を荒げるエリコ。


 深刻な顔で考えるシア。


 何故この二人はピーマンの話題からここまで熱くなれるのだろうか。


「その通りですね」


 シアは顔を上げる。


「好きな人の前で見栄を張る。至って普通のことなのかもしれませんね」


 シアはニコリと明るい笑顔を見せる。


 エリコは至近距離から散弾銃を受けたように吹き飛ぶ。


「どうされました!!」

「い、いえ……何でもない……です」


 シアはどうにかエリコを保健室に連れて行った。


 ◇◆◇◆


「体育の時間です」


 勇はジャージに着替え笛を持つ。


「今日の授業内容はドッジボールらしいので、ドッジボールをするから班わけするね」

「ねぇ先生もしようよ」

「僕?」


 一人の女の子が勇に呼びかける。


「勇先生こっちチームな!!」

「向こうシャル様いるから勝てねぇよ」

「先生入ってー」


 引っ張り押されながら、勇はコートに入る。


「しょうがないなぁ」


 臨時教師とはいえ、謎のやりがいを感じ始めていた勇は少し楽しい気持ちが湧いていた。


 適度に遊び、わざとボールに当たって後は子供達に楽しませよう。


 勇はそんな甘い考えを巡らせていた。


 だが彼女がそれを許すはずがなかった。


 20分後


「頑張れ先生!!」

「負けるなシャルちゃん!!」


 汗だくの二人。


 高校生と女児が汗だくだと何かしらの犯罪臭がするが、どちらかと言うと殺人寄りの現場である。


「こい」


 勇は構える。


 取り損ねれば後ろの壁は全壊することは容易に分かる。


「ふん!!」


 シャルの可愛い掛け声と共に、地面を抉るような豪速球が放たれる。


 勇は手を前に突き出す。


 吹き飛びそうな体を魔法で支える。


 幾十もの回転が焼き焦がすように勇の掌を削りとろうとする。


 だがこれで終わらないのがシャル。


 中から魔法が飛び出し、勇の手を貫通する。


 もし胸でキャッチでもしようものなら、確実にその棘が勇の心臓に風穴を開けていただろう。


 勇は激痛に耐えながら、なんとかボールを押さえ込む。


 そしてボール脇に挟んだ時には既に空いた掌の傷は塞がっていた。


 この間実に1秒に満たない。


 周りからすればまるで映画を見ているような感覚であろう。


「全然殺す気だね」


 勇は乾いたように笑う。


 やはりシャルという少女に躊躇いという言葉はない。


「ここ学校ですよ?」

「だからなんですか。さっさと死ねば早く終わるのでは?」


 勇はため息を吐き


「申し訳ありませんが、終わらせます」


 勇は力を込める。


 こんな力を勇は人に向かって投げたことはない。


 理由は簡単。


 死ぬからだ。


 当たれば爆発四散、横を過ぎただけでも風圧でまず生きていられない。


 それだけの力を込める。


 それらは全て


「いきます」


 一人の少女に当てるため。


「シッ!!」


 投げる。


 真っ直ぐ飛んだボールは少女に向かって吸い込まれるように進んでいく。


 だが少女に一切の動揺は見られない。


 その目は退屈か、はたまた虫を見るようなものか。


 勇には判断できなかったが、ただ分かったことがあるとすれば


「ミスったな」


 あの程度の力で投げる行為はどうやら彼女の逆鱗に触れたと理解した。


 おそらく次に飛んでくるボールは周りの被害を一切考えないものになるであろう。


 そうなれば勇自身もまともに受けられる自信はない。


 その状態で周りを守りながらとなると


「死ぬかも」


 そしてシャルがボールを掴もうとした瞬間


 ガラララ


 扉が開くと同時に


「きゃっ」

「え?」


 可愛らしい声と共にシャルはボールに当たる。


 静かな体育館に、ボールがバウンドする音が響いた。


 そして勇は察す


「違うんだ!!」

「バーカ」


 シャルは先程までの顔はもうなく、そこには年相応の悪戯気な笑い顔があった。


「おい勇。説明してもらおうか」


 勇の背筋に冷や汗が一気に押し寄せる。


「シャルにボールをぶつけたように見えたが、私の見間違いか?」

「か、軽く!!軽くだから!!」

「お姉様……シャル痛いです……」

「シャル様!!」


 更に重圧が押し寄せる。


 空間にいるものは誰も喋らない。


 既に子供達は膝を突き、王の命令を待つ。


 もしシアが殺せと命じれば、いつでも動けるように。


「大丈夫?シャル?」

「はいお姉様。シャルはお姉様のお陰でもう大丈夫みたい」


 シアは優しくシャルを抱きしめる。


 シアの方から覗くシャルの顔は勝ち誇っていた。


「シャル暫く痛いから、お姉様一緒にいてくれる?」

「うん。もちろん」


 シアはシャルの手を掴む。


「保健室いこっか」

「はい」


 二人は仲良く歩き出す。


「あ、あのシ」

「喋りかけないでくれますか?」


 それから一週間、勇はシアに口を聞いてもらえなかったという。

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