第31話

「ダメよ」

「お願い!!」

「絶対にダメ」


 私は頭を下げ続ける。


「お願いシルヴィアお姉ちゃん。一生のお願いだから」

「私は一生を何回聞けばいいのかしら?」

「多分あと20回くらい」

「ならダメね」

「うぇ〜ん」


 帰ろうとするシルヴィアお姉ちゃんに抱きつく。


「離してシア。服が伸びちゃう」

「でも私だって可愛い服を着たいだけなのにぃ」

「別にそれは構わないけど」


 シルヴィアお姉ちゃんはため息を吐き


「もう一回、しっかりと言ってくれる?」


 よしきた。


「人の多い場所でコスプレしたい!!」


 私はもう一度お姉ちゃんに抱きつく結果となった。


 ◇◆◇◆


「ゲーム、コスプレ、謎のダンス。シアがどれをしようと許すわ」

「優しい好き」


 やっぱりシルヴィアお姉ちゃんは寛容である。


「でもそれら一切を多くの人に見られる場所で行うのは禁止」

「ゲームも!!」

「ゲームはいいわ」


 ゲームはいいんだ。


「でもでも、コスプレはメイクばっかだから顔バレしないよ?」

「……いいわ。証拠を見せてあげる」

「証拠?」


 シルヴィアお姉ちゃんは私の顔に何かしだす。


「少し目を瞑って」


 ポンポンと目元に何か当てられる。


 十分ほど経っただろうか


「いいわ」

「何したの?」

「これ」


 手鏡を渡される。


「これが……私?」

「いつもと大分雰囲気が変わったでしょう?」


 確かにいつもの自分と違う。


 私はどちらかと言うと可愛い系だが、今はどこかお姉さん風味を感じる。


「はぇ、メイクって凄いんだね」

「そうね。顔という画紙に絵を描く作業だもの」

「シルヴィアお姉ちゃん時々発言が過激だよね」


 でもこれはそう思ってしまうのも納得の出来だ。


「これなら私がシアだってバレないね!!」

「そうかしら?じゃあ少し確かめてみたら?」


 どこか試すような態度のシルヴィアお姉ちゃんに少しムカッとする。


「いいよ、お姉ちゃんの技術力を見せつけてやる」

「何と戦ってるの?」


 とりあえず廊下に出た。


 運良く20分前に私の食べかけのケーキを食べて急に走り出したフローラが戻って来た。


 よしいい機会だ。


 このまま横を通り過ぎてもバレるかどうかだな。


 私はゆっくりとその横を通ろうとすると


「シア様」

「え?」

「あまりそのようなお召し物で外出は控えて下さい」

「う、うん。分かった」

「それと私は少し席を外します」


 戻ってきたばかりのフローラは目にも止まらぬ速さで来た道を走っていった。


「なんで分かったんだ?」


 ……そうか!!


 フローラと私は付き合いが長過ぎたんだ。


 だから私の所作などで分かったのだろう。


「まぁこれはしょうがないな。必要なのは私をよく知らない人の情報だ」


 私は早速とある場所に向かった。


 ◇◆◇◆


 金属音が鼓膜を揺らす。


 年を追うごとに活気が増しているように感じるのは気のせいではない筈だ。


「王国騎士なら分からない奴もいるだろ」


 ここは王国騎士の訓練所。


 普段は澄ました顔で犯罪者捕まえる彼ら彼女らが、ここでは汗を滝のように流し苦痛な顔を浮かべている。


「確かここが新人がいる場所だったよな」


 最近入ってきたばかりの新人達のいる場所に向かう。


 ここならバレないだろ


「チラリ」


 私は中を覗き見る。


 どうやら今は座学の時間らしい。


 王国騎士は武闘派集団だが、やはり国の人間としてちゃんとした立ち振る舞いを求められる。


 これもその一環だ。


「今回の内容はいわば復習だ。ここに入った者であれば余裕だろう」

「「「もちろんです」」」


 指導しているのはベテランの騎士。


 あの人にはバレてしまいそうだ。


 彼が席を外した時に中に入ろう。


「犯罪者は出来るだけ殺すな。その際に御方達から殺害の許可が降りれば話は別だがな」


 怖


 え、じゃあ私の目の前で捕まった人達に私が


「死んで」


 って言えば死んじゃうの?


「だが既にこの内容はシルヴィア様により変えられた。私達も間違いを犯す。それ以降の判断は我々に委ねてくれるそうだ」


 まぁそうだよな。


 そんな絶対王政みたいなことうちの家族がするとは思えないし


 やっぱりジジイが王様になる前は結構エグかったのかな。


 でも今は変わった。


 やっぱりジジイは凄いし、シルヴィアお姉ちゃんは優しい。


 その事実だけで十分じゃないか。


「そしてシルヴィア様は他にもこんなことをおっしゃった」


 今度はどんな活気的発言をしたのだろう


「シアに何かしたらどんな些事でも殺せ。と」

「「「さすがシルヴィア様」」」


 何が!!


 何が流石なの!!


 てかこっわ


 めちゃくちゃ間違い犯してるじゃん。


 判断見事に見誤ってるよお姉ちゃん。


「だが俺もこれには反論を投げざるを得なかった」


 そうだよな!!


 言ってやれボブ(偽名)!!


「拷問するべきでは?と」

「なるほど」

「確かに」

「天才か」


 バカしかいねぇや。


「そしてシルヴィア様は俺の意見を取り入れて下さり、結果大罪人は半殺し、つまりはーー(自主規制)で済ますこととなった。これが法律に書かれていない新たなルールだ」


 それって犯罪では?


 おかしいな。


 治安と規範を守るべき国の人間が、白昼堂々と犯罪宣言してるけど大丈夫か?


 その一端にお姫様が関わってるけど本当に大丈夫か?


「他にも学習していない内容をこれから教えるが、すまない少し席を外させてもらう」


 どうやらチャンスが訪れたらしい。


 ここで私とバレた場合のリスクがなんか上がった気がするが、問題ない。


 鏡で何度も確認しても私だとは分からなかった。


 声も私の声を何度も聞いていなければ覚えてないだろうし、いけるな。


「あのー、少し大丈夫です?」


 私は扉を開ける。


 多くの目が私に向くが、この程度慣れっこだ。


「これはシア様、いかが致しましたか」


 そして一斉に膝をつく。


 うん、実はなんとなく分かってた。


「何で分かったの?」

「普段のお姿と少し違っていましたが、我々が守るべき主人を間違える筈ございません」

「そういうものなの?」

「はい」


 さすがと言うべきか、優秀だなやっぱり。


「ん?これはシア様。本日はいつもとは違った美しさですね」


 すると帰ってきた指導官。


「何かご用でしょうか?」

「ううん。メイクしたら私だって分からないと思って実験しに来たのだけど、直ぐにバレちゃった」

「なるほど。確かに我々なら簡単でございましょう」

「そうだね」

「ですが、これは全ての人間に言えることかと」

「どゆこと?」

「例えば隕石を破壊したという男がいたとしましょう」

「うん。見たことあるから知ってる」

「もし巨大怪獣が現れ、それが倒されたとします。誰を最初に思いつきますか?」

「勇」

「その通りです。そしてシア様にも同じことが言えるのです」

「んん?」


 どうしよう全然わかんねぇや。


「今我々の目の前には世界一の美人がいます。ですが世界一の美貌はある一人を除いてあり得ません。ならば、目の前にいる存在もまた、同一人物だと分かってしまうのです」

「なるほど(分かってない)」


 よく分からないが、やっぱり私だと分かるらしい。


 皆もその意見に同意するように頷く。


「うーん、シルヴィアお姉ちゃんにも言われた上にみんながそう言うのなら本当なんだろうなぁ」


 昔は有名人とかに憧れていたが、今となっては有名になりすぎるのも大変だなと感じる。


「それはそれとして、お似合いですよシア様」

「え?本当?」


 すると口々に私を賞賛する声。


「えへへ、参っちゃうな〜」


 そして天狗になる私。


「普段のお姿も素敵ですが、いつもと違うというのは新鮮で刺激がありますね」

「そう?じゃあ次来る時は他の格好で来るねー」


 それから私は何度か王国騎士の中でコスプレをすることにした。


 露出の多いものは禁止されているが、それでもやはり楽しいものは楽しい。


 そしてある日


「あら、今日はコスプレしないの?」


 シルヴィアお姉ちゃんは尋ねてくる。


「もうしない」

「どうして?」


 私はため息を吐き


「思い出したんだ」


 シルヴィアお姉ちゃんはわけの分からなそうに首を傾げた。

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