第26話
「それでは失礼します」
ドアが閉まる。
私は控え室のような場所に入り、値段を知りたくもない程の飲み物や間食が置いてある。
「分かんが、芸能人とかってこんな気持ちなのだろうか」
私は一番安そうな水を一口飲む。
「う〜ん、これで本当に私のこと知ってもらえるのか?」
突然のことばかりでついて行けないが、何だかんだで途中から面白くなってきたし。
「頑張るか」
私はもう一度舞台に行くのであった。
◇◆◇◆
一方その頃
「お前らぁ、シア様の魅力を語りたいかぁあああああああああああああああ」
「「「「「うぉおおおおおおおおおおお」」」」」
大きな歓声が飛ぶかう。
本人なしでことを起こすあたり、この国の異常性か、はたまたシアの人気故か
「それでは最初に登場するのはこいつだ!!」
舞台の上にかなりのイケメンが登場する。
「おっとー、最初からとんでもねぇもんが来たな」
男は照れる。
「それで、お前はどんなシア様のエピソードがあるんだ?」
「はい、以前までの僕はいわゆるキモデブでした」
今じゃ考えられないような太った姿の男の写真が後ろに映る。
「こんな僕にシア様は言ってくれたんです」
『キモ』
会場が騒めく。
「最初に僕は困惑しました。あの王女様がこのような言葉をおっしゃるのかと」
思い出すように男は遠くを見る。
「ですが、鏡に映った自分を見た時、僕は気付きました」
シア様と付き合いたい
「そう思った時、僕はいつの間にか走っていました。今まで大好きだった高カロリーの食べ物を避け、運動し、そして今の肉体を得ました」
どう考えもシアのエピソードというより、男の願望によって起きたビフォーアフターであるが、人々は涙を流す。
「シア様にあの日出会えたこと、それが僕のエピソードです」
多くの拍手が起きる。
ちなみにこの男はシアに出会った結果、以前と違いモテるようになったが、シア以外の女性を愛せない病気にかかった男である。
「次はどうやら女性のようだ。それじゃあ登場していただこう」
現れたのは
「ま、まさかあなたは!!」
進行係も驚く。
「アイドルやってるカナでーす」
会場が湧き上がる。
「そ、それではカナさんのシア様エピソードは?」
「はい」
先程のアイドルスマイルをやめ、カナは静かに喋る。
「私は中学の頃、アイドルに憧れる一人の根暗な女でした」
アイドルの衝撃の告白に、会場がざわつく。
「その中でも、私はシア様が私の中のスターであり、憧れであり、届かぬ存在と思っていました」
ですが
「あの日、私はシア様と出会いました」
コッソリとダンスの練習をしていたカナの元に、シアが現れた。
「え!!シア様!!」
カナは動揺する。
ダンスをしている姿を見られたこともだが、憧れのシアが目の前にいる事実に
「え、あ、あの、お見苦しい姿をーー」
「良かったです」
シアは優しい笑顔でカナに近付く。
「とても素敵でしたよ」
「そんな……」
カナは分かっていた。
鏡で見る自身の姿が、自身の知るアイドルに遠く及ばないことを。
シアはお世辞を言ってるのだと、そう思った。
「いいえ」
シアは否定する。
「確かにあなたのダンスは私の知ってるアイドルには遠く及びません」
カナの心は重くなる。
「ですが」
シアはカナの前髪を上げる。
「アイドルをしているあなたは、どんなアイドルよりも輝いていました」
カナの顔が熱くなる。
「そ、そんな」
恥ずかしくなり、カナは顔を背ける。
「あなたも、私も、まだまだ時間があります。ダンスはこれからいくらでも改善できます」
「じゃあ」
抱いた希望
「カナは……アイドルになれますか?」
シアは迷いなく
「必ず」
もうそこに、憧れる少女はいなかった。
そこにはただ
「アイドルに」
貪欲に食らいつく、一人のモンスターがいた。
「ところでアイドルといえばカナさん、私だけのアイドルになーー」
「ありがとうございます!!シア様!!」
その時少女は誓った。
自身の夢を叶えようと。
シアの信じた自分を信じようと。
「そして、私はこうしてアイドルになりました」
会場は沈黙に染まった。
そして
パチパチ
一つの拍手
パチパチ
それに呼応するようにまた一つ
それは波のように広がり、いつしか
「みんな……」
拍手の嵐に包まれる。
「カナはまだまだ未熟、でもいつかアイドルとして世界一になったらシア様に伝えるんだ」
シア様のおかげだって
こうしてカナは舞台から去る。
こうして本人の知らぬ間にシアの評価は上がっていく。
「さて、皆の衆待たせたな。ついに最後のゲストもご登場だ!!」
今までにないほどの紙吹雪が飛び上がり、スポットライトが荒れ狂う。
「その魔法は天候を変えてしまい、シア様の美しいところ1000選はベストセラーに選ばれる程の文才。そう、シア様の妹であられる」
現れる
「シャル様だぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
小さな体に、まるで人を殺したことがあるような貫禄で現れる少女。
会場はとんでもない熱を帯びる。
「どうぞシャル様」
玉座と呼ぶにふさわしい椅子が用意される。
無言で座り、シャルはその口を開けた。
◇◆◇◆
「おろ?」
休憩時間が終わり、会場に向かった私だが、何だか妙に不思議な感覚に襲われる。
「あ、シャル」
そんな中でも変わらず一生懸命応援してくれるシャルに和まされる。
やっぱりああいう純粋な女の子を見ると心が洗われるなぁ。
「シア様、体調は大丈夫でしょうか?」
「大丈夫ですよ?むしろ快調なくらいです」
「そうですか」
過保護だなぁ。
「それではシア様にしていただく次のコーナーは」
何かが運ばれてくる。
「えっと?」
もしかしてこれって
「シア様の生歌です!!」
「いやいやいや!!」
聞いてない!!
今までも何も聞かされてなかったけど、これは特に聞かされてない!!
「ちょ、ちょっと歌は……」
「ここでシルヴィア様より伝言をお預かりしています」
進行係が一枚の紙を開く。
「拝啓、シア。歌わなかったら来月のお小遣いなし。以上です」
「バカな……」
私は膝をつく。
これはもはや虐待ではなかろうか?
人はお小遣いなしに生きていくことは不可能。
「私は……」
デスorソング
「映画のタイトルみたい」
私は赤い涙を流しながら、マイクを掴む。
ハウリングか響き、静寂がより顕著にわかる。
「死にたい」
過去の自分に言葉を伝えられるとしたら私はきっと
「今月のゲームあんま面白くなかったから買わなくていいよ」
そう伝えたい。
「それでは聞いて下さい。『戻れない今』」
この曲は私の好きなアイドルのカナちゃんの曲だ。
タイトルは悲壮感が漂っているが、実際は今が幸せなのは昔のおかげというポジティブな歌だ。
とりあえずノリノリで歌えば音痴も誤魔化されてくれるはず。
「行くぜ!!」
◇◆◇◆
「あれ?シア様のイベント静かだね」
「なんか一時中止らしい」
「何かあったの?」
「何でもシア様の歌で全員倒れたらしい。中には感動しすぎて何人か心臓が止まったらしい」
「いいなぁ。最高の死に方だよ」
仲良さげに歩くカップルを
「死ね」
声が酷すぎて倒れたと思い不貞腐れたシアは、舌打ち混じりに見送るのであった。
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