第21話
一人の女が歩いていた。
女は思った
(敗北を知りたい)
彼女は別に死刑囚でも格ゲーキャラでもないが、地元じゃ負けな知らず。
そして女の父親は剣術を教える道場を開き、母親は合気道を極めた。
で、あるならば、彼女も必然的に強者を求めるようになっていた。
「こいつが最強って言われてる」
女の名はマーヤ。
可愛い名前を嫌う正真正銘の
「シアか」
ステゴロウーマンである。
◇◆◇◆
「私がこの世で一番強いんだよ!!」
シアは雄叫びを上げる。
勇が俯く。
ちなみに今行われたのはジャンケンだ。
「ほらほら、ジュース奢んなさいな」
「はいはい」
勇は財布から小銭を出す。
「あ」
勇が小銭を落とす
「勇にしてはおっちょこちょいだな」
「あはは、ごめんごめん」
小銭を拾おうとしたシアの
「お?」
頭上に何かが通り過ぎる。
「なるほど、これを躱すか」
シアは気付く。
「これ一円じゃねーか!!」
勇は気付く。
「シア盗もうとしてたね」
二人は何事も無かったように日常を続けた。
「おいおい、無視とは余裕だな」
「え?」
シアは後ろを振り向く。
「「え!!」」
シアとマーヤの声が重なる。
「「可愛い」」
二人の考えは一致する。
マーヤはあくまでシアの特徴を聞いていただけのため、実物を目にしたのは初めてであった。
(な、なんだよこの女、いや、このお方は。美形とかそういう話じゃねーぞ)
シアは思った。
(モデルさんみたい!!)
ここで二人の意見は
(ここで負ければ女として全てに負ける)
(ここでいいとこ見せてデートしてもらお)
ある意味一致した。
「アタシの名前はマーヤ。あんたをシアと見初めて、勝負を挑ませてもらう」
「マーヤさんですか。素敵な名前ですね」
「世辞はいらん。あんたを前に可愛いは全て下になっちまう。それにアタイはこの名前が嫌いだ」
「そうですか。どちらにせよ、勝負は受けましょう」
「そうこなくっちゃな」
「ただし条件があります」
「何だ?」
「負けた方は勝った方の言うことを聞くということで」
「構わないぜ」
そしてここで二人の考えはすれ違う。
「それじゃあ早速、ジャンケーー」
「食らえ!!」
シアは勝負をジャンケンだと考えた。
理由はシアがアホだからだ。
そしてマーヤもまさか勝負をジャンケンと捉えられてるとも思っておらず、必殺の拳を突き出す。
そんな中で一人、シアのアホさを知ってる者は
「はい、ストップ」
軽々とマーヤの拳を止める。
「何者だ、あんた」
「僕はしがないシアのボディーガードさ。シアと勝負したければ、まずは僕と」
「へ、おもしれぇ」
マーヤは構え直す。
「おや、アイコですね」
それに気付かないシアはマーヤの構えをグーと勘違いする。
「「それじゃあ」」
シアとマーヤの言葉が重なり
「「仕切り直しだ(ですね)」」
マーヤの戦闘技術は主に拳だが、それには理由がある。
「へぇ」
「やるな」
マーヤが袖から武器を出し、切り付ける。
マーヤの戦闘はあくまで勝つための戦い。
故に拳をブラフとした暗器こそが本領。
「だいたいこれでオサラバだけどな」
「そうだね、わざわざ急所を外してくれてなかったら危なかったかも」
「アタシは卑怯なことでも何でもするが、別に殺し合いに来たわけじゃない」
「そっか、あのファミリーよりは温和で助かるよ」
一方物騒ファミリーの女は
「アイコで」
まだ手を出している途中であった。
「じゃあ僕も攻撃させてもらうね」
勇はただ距離を詰め、拳を真っ直ぐ叩き込む。
「ッ、なんつう威力だ」
「凄いね」
「しょ!!」
手のひらで勇の拳を受け止める。
そして勇は距離を取り、必然的にマーヤの手は開いた状態になる。
「あ、またアイコですね」
シアは楽しそうにジャンケンをする。
「まさかシアはあんたよりも強いのか?」
「ある意味ね」
「そうか」
マーヤは世界の高さに驚く。
「やっぱりアタイの世界は狭かったようだな」
「悪いけど、これでも僕は世界最強を命じられててね。ここで負けれる程柔じゃないんだ」
マーヤはもう一度構えを取る。
だが
「勝った」
「僕の勝ちだよ」
勇は魔法を使う。
「なんだい、これ」
「魔法さ」
「アタイの知ってる魔法はもっとやわなものだよ」
勇が放つ火や水の弾、マーヤはかわそうとするが、地面が波打ち回避を防ぐ。
マーヤは腕を犠牲に魔法を受け止めようとする。
それでも相殺しきれないことはマーヤは察していた。
「勇」
だがその魔法が彼女にたどり着くことはなかった。
「急に魔法を使うなんて非常識ですよ」
「ごめん」
マーヤは心の中の恐怖が一気に霧散する。
「あなたが魔法で人を傷つけることがないのは知っていますが、それでも過信はいけません」
「深く注意するよ」
マーヤは驚く。
力の片鱗ですら絶対的強者である男が、目の前の女性に頭を下げる。
「よーし、お仕置きです」
シアは少し楽し気に勇の頭を叩く。
その仕草から、マーヤはシアが戦闘の素人であることを瞬時に察した。
なら何故、男が頭を下げているのか
「強さ……か」
それはマーヤの中に大きな変化を生む。
腕力、技術、知能、それら以外の強さを初めて目にした。
「完敗だよ」
素直に負けを認めるマーヤ。
「僕も久しぶりにこれだけの強者を見たよ」
「世辞はいい。あんたは全然本気を出していなかった。実際あんたは右手しか使っていない」
「ううん。僕は僕なりの全力を出したさ。あの魔法は君の力がそれ程だと感じたから出したまでだ」
「そうか」
マーヤの心は跳ねた。
踊った。
勇の一言一句が全て蕩けたチョコのように甘美であった。
「これからも頑張ってね、マーヤ」
「や、やめろよ。アタイにそんな可愛い名前は似合わないんだ」
「そう?」
勇はマーヤの顔を覗き込み
「こんなに可愛いのに」
「バ、バカ!!」
マーヤの顔が一気に赤くなる。
そしてシアの顔も真っ赤になる。
「おま!!マジ!!ざけんな!!」
小さく怒るシア。
「負けは負けだ。アタイは何でも言うこと聞くよ」
「そうですか」
シアは少し考える素振りを見せる。
頭がいいアピールがしたいのだ。
「ならやはり、もう一度勝負を挑んで下さい」
「え?」
「久しぶりだったんです。こうして知人以外から勝負を挑まれたのは」
「なんて人だ」
マーヤは震えた。
シアという人間の大きさを目の当たりにしたからだ。
(これでまた会う機会が出来るな)
勇は震えた。
ただのバカがここまで拡大解釈されることに。
シアはマーヤの手を取る。
「楽しみにしてます」
ニッコリと笑いかける。
それはある意味
「は、はい」
どんな凶器よりも恐ろしい武器と知らず。
マーヤは最初の時とは違い、ぺこりと頭を下げて去って行った。
「可愛いかったな。勇にちょっと怪しい部分もあったが、今までと違ってアタックする気配もないし、いけるだろ」
「どうだろうね」
後に、マーヤはシアに戦闘を挑むのかと質問された時
「恐れ多すぎる」
と答えた。
そして彼女は律儀にもシアの勝負を挑むという体で、苦手な頭脳ゲームをしたという。
結果
「も、もう一回挑んで下さい」
「もちろんです」
シアは一度も勝てなかったという。
◇◆◇◆
「よかった、マーヤの家はただの道場か」
勇は本を閉じる。
「これをシルヴィア様に届けよう」
勇はあの日を思い出す。
シアが小銭を拾った時、シアの頭上にはマーヤの蹴りと
「まだ治ってないや」
左手に焦げた後。
「シャル様は相変わらずだな」
シアに攻撃をしたマーヤの足を吹き飛ばそうとした魔法。
事前に全てを察した勇はわざと小銭を落とし、対処した。
「シャル様もシルヴィア様に止められれはさすがにね」
乾いたように笑う勇。
「さて、そろそろ負けたシアを慰めにいかないと」
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