第20話

「おはようございます、勇さん」

「う、うん。おはよう」


 朝、教室についた勇は困惑する。


「どうしたの?リア」

「どうした……ですか」


 哀愁漂わせるシア。


 これが絵となれば、きっと未来永劫語り継がれるのだろうと勇は思った。


 それと同意に、理由はとてもしょうもないだろうということも察した。


「シルヴィアお姉ちゃんに怒られました」

「そっか」


 勇は納得した。


「最近王族として緩み過ぎだと、ですので今日一日は頑張らないといけないのです」

「大変だね」


 勇は久方ぶりにシアが王女であると認識した。


「でも、なんだか」


 勇は違和感を感じる。


 いつもと態度が違うというのもあるが


「オーラが……凄いね」


 普段は外見と内面が一致しないシアだが、今は強制的に内面を綺麗にしているため、シアという存在が完璧にマッチしている。


「オーラですか?」

「そう。ほら」


 周りの人々が片膝を立てている。


「あら」

「僕も気を抜いたらちょっと危ないかも」

「すみません、皆様。顔を上げてください」


 訓練も受けていない一般生徒がズレもなく顔を上げる様は異様であった。


「先生まで。これでは授業になりませんね」

「どうにかして元に戻れないの?」

「それは不可能です。一度スイッチを入れると中々戻れないのです」

「そっか」


 二人は悩む。


「とりあえず僕はシルヴィア様に現状を伝えてくるから、シアは少し待ってて」

「分かりました。お気をつけて、勇さん」


 ニコリと笑うシアに、勇は大きく高鳴る鼓動をなんとか抑える。


 ◇◆◇◆


「久しぶりだな」


 そこはシア達の住む家。


「やっぱり」


 勇が近付くと、結界に弾かれる。


「シャル様だよな」


 勇を持ってしても彼女の魔法を破ることは容易いことではない。


 だが


「シルヴィア様!!」


 大声で叫ぶ。


 今回は侵入ではなく、シルヴィアに話をつけること。


 そして家の扉が開く。


「フローラさん」

「シルヴィア様はただいま仕事中のため、しばらく応答できません」


 そして横から現れるレン。


「だが敵が来たっていうなら」


 横、後ろ、そして前からゾロゾロと金属音を出す集団。


「今日こそ死ね」


 ◇◆◇◆


「いらっしゃい、勇君。上がっていく?」

「いえ、今日は軽いお話ですので」


 横ではピンピンした王国騎士と、疲れ果てたレンとフローラの姿。


「今日は少しダメージを負ったのね」

「少し油断しまして」

「それで、今日は何の用事かしら?」

「実は」


 勇は今朝の出来事を説明する。


「やっぱりそうなったのね」

「やっぱりということは、こうなると知っていたのですか?」

「ええ」

「ではどうしてこのようなことを?」

「シアには王族であるとしっかりとした意味で理解しないといけない」

「どういう意味ですか?」

「そうね」


 シルヴィアは言葉を選択する。


「王の器かしら」

「王の器?」

「ええ。あの子の美貌は最早世界が違うわ」

「確かにそうですね」


 勇は納得する。


「そしてそれは、ある意味恐怖でもあるの」

「恐怖ですか」

「おそらく神を見た人間はきっとこうなる、そう断言できる程にシアは格が違う」

「……」

「だから、時々こうして確認してもらう必要があるの」


 あなたはどう足掻いても他とは違うと


「酷い姉だと思った?」

「……いえ」

「そう」


 シルヴィアは時間を確認する。


「そろそろいいわ。勇君、もういつも通りでいいと伝えておいてくれる?」

「よろしいのですか?」

「ええ。どれだけ逸脱した存在であろうと」


 シルヴィアは笑い


「いつだって手のかかる私の妹だもの」

「きっとシアにも届いていますよ」

「あの子は家族が大好きだから。勇君もうち来る?」

「それはつまり」


 瞬間


「お前が死ぬということだ」


 勇の目の前に現れるシャル。


「シャル!!」


 シルヴィアが声を上げる。


「学校はどうしたの!!」

「だってお姉様!!」

「だっても何もないわ。もし学校戻らないなら、しばらくシアと一緒に寝るには無し」

「そ、そんな!!」


 シャルはプルプルと迷いながら


「いつか殺す」


 涙目で消える。


「行ってらっしゃい、勇君」

「はい」


 勇は改めてこの家の力関係を再認識した。


 ◇◆◇◆


「お帰りなさい、勇さん」

「ただいま」


 勇は学校に戻る。


「何があったの?」


 場所は校庭。


 何故か学校中の生徒や先生も含め、人が道を作る。


「実は窓から外を眺めていたのですが、倒れてしまった女の子がいました。急いで外に出たらこんなことに」

「ちなみに女の子は?」

「そこに」


 体が少し汚れている様子から、確かに倒れたであろう女の子がいるが、普通に膝立ちで頭を下げている。


「とりあえず僕の魔法治すよ」

「よろしくお願いします」


 勇が魔法を使い傷を癒す。


「あ、あの、ありがとうございます」


 女の子の顔がポッと赤くなる。


 それと同時にシアの鉄の仮面に一瞬ヒビが入る。


「一応私が最初に助けようとしたのですが……」

「なんかごめんね」


 素直に謝る勇。


「いいんです、慣れましたから」


 シアはアホにも関わらず、悟った顔をする。


 だが勇は


「慣れた……か」


 その言葉に先ほどの会話が蘇る。


 シアという一つの完成品が、こうして日常を送れているのは、ひとえにあの家族の力なのだと。


「戻ろうか、シア」

「そうですね」


 シアは後ろを振り向く。


 勇は反して後ろを見た。


 人が、有象無象のように列を並べる姿。


「どうしたのですか?」

「いや」


 二人は肩を並べて歩く。


「シアはさ、今の生活が楽しい?」

「そうですね」


 シアは少し考えた後


「楽しいですね」

「そっか」


 それならいいんだと


「普通が一番だね」

「そうですね」


 シアは笑い


「勇さんと過ごす日常が、一番楽しいですね」


 ◇◆◇◆


「つっかれたー」


 放課後、シアはいつもの状態に戻る。


「いやー、言葉遣いに気をつけるだけでも大変なのに、走る時ですら優雅に走る必要があるって何だよ。どこの淑女だよ」

「やっぱり普通じゃないシアの方がいいかも」

「んだよ」


 お淑やかな私の方がいいってか?


「そうじゃないんだけど……何というか……」

「何だ?お淑やかな私は可愛かったか?」

「そうだね」

「即決だな……」


 あれがいいのか?


 正直感覚としてはぶりっ子に近いと思ってるけど


「ところで勇、話聞きに行くだけにしては長かったな」

「ああ、レン様とフローラさんに絡まれてね」

「何で二人ともそんなに勇が嫌いなんだろうな」

「知らぬが仏ってやつかな?」

「ふ〜ん」


 きっと当事者にしか知らない壮絶な理由があるんだろうな。


「けどシルヴィアお姉ちゃんだけは嫌ってないんだよな」

「そうだね。シルヴィア様の懐の広さにはいつも感謝だよ」

「お姉ちゃんは懐もお胸も豊かだけど、時々こうして無茶振りしてくるんだよな」

「愛ゆえだろうね」

「なるほど、つまりお姉ちゃんも私を愛してると。相思相愛だな」

「そうだね」


 勇は絶対に話を聞き流しながら頷く。


「そう考えると、シャルも勇を嫌ってるが、あんないい子に嫌われるなんてお前何したんだ?」

「いい子か」


 勇が悩ましげな顔をする。


 何だ、まるでシャルが良い子じゃないみたいじゃないか。


「シャル様は一途だよね」

「一途?まさか好きな奴でもいるのか!!」

「まぁ結構前から」

「そ……そんな……」


 知らなかった。


「シルヴィアお姉ちゃんならまだしも、シャルが……」


 お姉ちゃんですら無理だったのに、シャルが他の誰かのものになるくらいなら


「勇」


 声を整える。


「はい」


 いつもと違い、目が少し虚になる勇。


「シャルの想い人をここに呼びなさい」

「分かりました」


 せめてシャルに見合う人物かでも


「勇」

「はい」

「何してるの?」

「捕らえました」


 私の腕が縛られる。


「おい!!ふざけるな勇!!」


 俺が声を荒げると同時に


「あ」


 勇の目が元に戻る。


「今は大事なことだろ!!」

「シア、あんまりそれしないでっていつも言ってるじゃん」

「偶にはいいじゃん」

「それに、僕はやるべきことをした。文句を言われる筋合いはないよ」

「は?」


 何言ってんだこいつ。


「いや、待てよ」


 私の天才的頭脳が導き出す。


 シャルの想い人はまさか


「お前……だったのか」


 まさか勇だなんて。


「認めよう、お前ならきっと、シャルを幸せに出来ると。だが、シャルが大人になって、私がシャルと結婚してからで勘弁してくれ」

「はぁ」


 勇はため息を吐く。


「しっかりしてね、王女様」


 あの日の景色が蘇る。


「はぁ、分かったよ親友」


 こうしていつもの日常がまた、通り過ぎるのであった。

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