第16話

「おいジジイ」

「どうした?シア。お小遣いなら上げんぞ」

「それはまた今度だ。今日は別の用事だ」

「別?」


 シアは気怠そうに


「親孝行してやる」


 オルドーの机の書類は涙でいっぱいになった。


 ◇◆◇◆


 ことの発端は


「シア」

「何?お姉ちゃん」

「シアはお父様に少し厳しすぎない?」


 シアの顔が大きく変形する。


「いや確かに、私自身もやり過ぎだなぁって思う。けど体が、何故かジジイを拒絶しちゃうんだ」

「やっぱり思春期特有のものかしら?」

「お姉ちゃんは違うの?」

「私はお父様も尊敬してるもの」

「どこを?」

「威厳のある姿、人々を導こうとする優しさ、そしてそれを可能とする頼もしさ。シアの前だと緩い方ではあるけど、普段の姿は尊敬に値するわ」

「お姉ちゃんにそこまで言わせるなんて凄いね」

「逆にお父様にあの態度を取れるあなたが凄いのだけどね」

「でも結局ジジイはジジイでしょ?私にとってはこの世界で一人の父親だよ」

「そうね。シアのそういうところが可愛くて仕方ないんでしょう」

「でも近寄りたくない。声を近くで聞きたくない」

「重症ね」


 シルヴィアは考える。


 だが


「無理ね」


 何度もシアの意識改革は失敗してきた。


 なら


「せめてお父様を労ってあげて」

「ジジイを?」

「最近は疲れてるようだし、シアが何かしてあげるだけでも嬉しいと思うわ」

「えー」


 渋るシア。


「しょうがないわね」


 シルヴィアは一枚の紙を取り出す。


「はい」

「ヒャッホー、万札だー」


 ◇◆◇◆


「と言っても私何すればいいんだ?」

「幸せだ」


 私はジジイの肩を揉みながら考える。


「何書いてんだ?それ」

「これか?」


 ジジイが今書いている書類に目を向ける。


「また隣国とトラブルがあったらしくてな。いざとなれば救援を出すという話だ」

「へぇ、もしかしてヤバい?」

「大丈夫だ。世界が相手ならまだしも、一国程度の問題であればこの国からしたら何の問題にもならん」

「つえー」


 やっぱ私達のいる国って凄いんだな。


「てか疲れたんだけど」

「うむ、もう十分だ」


 私はジジイから手を離す。


「他何すればいいんだ?」

「そこに居てくれるだけでいい」

「そ?」


 私は椅子に座り、持ってきたゲームを触る。


 それから数時間が経った。


「……」


 ジジイを見る。


 真剣な顔で黙々と何かを読み続けている。


「大変だな、やっぱ」


 王様のという仕事の重大性はよく知っている。


 大きな権限を持つ故、多くの責任が一人の人間にのしかかる。


「なぁジジイ」

「どうした?シア」

「ジジイにも兄弟はいたんだろ?どうしてジジイが王様になったんだ?」

「そうだな」


 ジジイは手を止めずに話始める。


「わしは上に姉が、下に弟がいた。姉も弟も優秀で、わしは正直自由気ままに生きていた」

「へぇ」


 なんか意外だな。


「誰もが姉か弟が王位を引き継ぐと考えた。もちろんわしもな」

「そう言う話し方をするってことは」

「そして、二人は死んだ」

「理由があるのか?」

「わしにも分からん。あれは事故なのか、それとも事件だったのか。ただ、王位を引き継げる人間はわしだけになった」

「辛くなかったのか?」

「もちろん辛かった。王になるために死ぬほど努力した。だが、いくら努力しても周りは姉と弟よりも下だと評価し、わしは誰の応援もない中で努力を続けた」

「逃げようと思わなかったのか?」

「お母さんに出会ってしまったからな」

「……」

「あの人の為に、あの人の愛した国の為に、わしは止まれなかった」

「そして今では?」

「歴代で最も優秀な王だ」

「やっぱり王様はめんどくせぇ」


 私は椅子にもたれかかる。


「だから頑張ってね、お父様」

「ああ。シアが、家族が、幸せに暮らせる国にする。まだまだ力不足だが、シアはゲームでもしてのんびりまってて欲しい」

「そうする。まぁレンとお姉ちゃんがいれば余裕でしょ」

「ああ、きっと二人はお母さんの血を継いだんだろうな」

「その理論でいくと私は誰の血が濃いんだ?あ?」

「シアはわしにもお母さんにも似てないからな」

「そうか?」

「だが、何がどうあれ家族なら、自然と似てきてしまうのかもな」

「確かに」


 私はもう一度ゲームを始める。


「王様か」


 ジジイを最後にもう一度見る。


「やっぱめんどくさい」


 ◇◆◇◆


「シアよ」

「んだよ」


 ジジイの仕事がひと段落つく。


「今日は親孝行の日なんだろ?」

「そうだが、肩たたきしただろ?」

「どうせシルヴィアからお小遣いを貰ってるんだろ?なら、その分働かないとな」

「えぇ」

「ご飯を食べに行くぞ!!」


 店一つ丸々貸切にするのは王族の特権。


「お父様ずるい!!」

「ハッハッハ、シャルよ。今日はお父様の日なんだ」


 席順は珍しくジジイの隣に私が座っている。


「シルヴィアにでも盛られた?」

「レンお兄様、言い方がよくありません」

「クッ!!殺せ!!」

「シアも言い過ぎ」


 今日はジジイのテンションも高く、食事の席が盛り上がる。


「それにしてもお父様、例の件は既に終わったのですか?」


 レンが尋ねる。


「あれか?まぁボチボチだ。やはり早急に対処しなければならない案件が多くてな」

「そうですか……」

「何の話?」

「シアには関係の……ない話だ」

「今の間怪しすぎでしょ」


 シルヴィアお姉ちゃんがため息を吐く。


「それで?シアはちゃんと仕事したの?」

「バッチリ。ほら、ジジイの顔見てよ」


 ジジイの顔はびっくりする程テカテカしていた。


「このキモさ!!」

「キモ!!」

「シア」

「この元気さ、まさに私の努力の成果でしょ」

「シルヴィア。シアはしっかりと頑張ってたよ」

「お父様はシアに甘いですから」

「違うよ、お姉ちゃん」

「何が?」

「大抵お姉ちゃんも私に甘いよ」

「そう、じゃあ明日からビシバシするわね」

「お姉ちゃんー」

「全く」


 私はお姉ちゃんに泣きながら抱きつく。


「ねぇお姉ちゃん」

「どうしたの?小さな声で」

「ジジイの兄弟って、本当に事故だったの?」

「……この話はまた今度ね」

「はぁい」


 私はお姉ちゃんから離れる。


「おいジジイ、その肉美味そうじゃねぇか。どうせ体がもう肉受け付けないだろ?私に寄越せ」

「な!!シア、わしはまだ若い方だ」

「40超えたらみんな歳なんだよ!!」

「40はまだダンディーなおじさんだ!!」


 テーブルマナーそっちのけでジジイと格闘が始まる。


「全く、何だかんだでお父様のこと好きなんだから」

「やっぱり思春期だな」

「お父様ずるいお父様ずるい」

「この子の場合は手遅れね」


 シルヴィアが優しくシャルの頭を撫でる。


「シルヴィアお姉様も好きですよ」

「俺は?」

「普通です」

「思春期か?」

「現実を受け止めて下さい、お兄様」

「お前の言葉が一番刺さったよ」


 三人は一つの空いた椅子を見る。


「お母様」

「今は食事を楽しもう」

「そうですね」


 三人と相対して


「殺すぞジジイ!!」

「やってみろ!!シア」


 二人の喧嘩は熱さを増す。


「しんみりした空気にもなれないな」

「それが、シアのいいところです」

「ん?」


 私がジジイの顔面を殴ろうとした時、何故か周りはホッコリした空気になっている。


 シャルは相変わらずムスッとしたままだ。


「何かあったの?」

「ん?シアがどうやったら落ち着いた人間になるのか話してたんだ」

「いやいやレン。私の取り柄は天才であることと、可愛い、そして元気だけなんだよ?私から元気を無くしたらただの綺麗な大和撫子が出来ちゃうよ?」

「発想がバカなんだよな」

「さすがお姉様!!」

「シャルは分かってるねー」

「はぁ、お父様も何か言って上げて下さい」

「うむ」


 ジジイは


「やはり家族はいいな」


 そう言って笑った。


「肉くれないくせに」

「それは話が別だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る