第9話

 コツ コツ コツ


 何もない道。


 そこに足音だけが響き渡る。


 道の先には、頑丈に施された金属製のドア。


 誰かがその扉を軽くノックする


「女の子は?」

「可愛い」

「入れ」


 扉が開く。


「ここにいたんだレン」

「やっぱりシアか」


 そこには山のような書物があった。


「また勉強?」

「ああ」


 置いてある本を手に取る。


 そこには


『ドキッ水着だらけのバレー大会。ポロリもあるかも』


「やはりこれは素晴らしい書物だ」

「完全同意」


 二人で書物を読む。


「最初にシアがこの部屋の暗号を一発で見抜き、入って来た時はさすがに俺の人生終わったと思ったが、シアが同類で助かったよ」

「私もレンと同じ意見だからな。女の子は可愛い、そこに性別なんて関係ないんだ」

「さすが俺の妹だな」

「さすが私の兄貴だ」


 拳を交わす。


 レンはこの家の長男であり、家族の中では一番の年上だ。


 シルヴィアお姉ちゃんと同じで何でも出来るが、しっかりしているかと言われれば時と場合によるとしか答えられない。


 だがこんなことをしているが、ちゃんとモテる。


 そりゃ高スペックイケメンなんだからモテて当然何だが、やはり年上としての自覚なのか、ジジイの仕事の手伝いで忙しくあまりそういうことに時間が割けなかった。


 だから息抜きにこういう場所がレンには必要なのだろう。


「うぉ!!なんだこれ!!」

「どうした!!」

「とんでもねぇダイナマイトだ」

「こりゃすげー」


 こうやって素晴らしい作品があれば二人で共有する。


 これも私とレンの仲が深まる嗜みだ。


「それにしてもシアは本当に男に興味がないんだな」

「当たり前、可愛い女の子しか勝たん」


 いつの間にかレンは書物を読む手を止め、仕事の書類か何かの手続きを始めていた。


「俺としてはシアが幸せならそれでいいんだが、もしシアが王になった時に跡取りが心配でな」

「だから私はならないんだって」

「もしもの話だ。もし」


 シア以外がいなくなったら


「ありえないでしょ」

「それもそうなんだがな」


 冗談にしては重めだが、レンは私に話しかけながらスラスラと何事も無かったように作業を進める。


「それこそレンの方は彼女とか作らんのか?」

「俺か?俺もそうだな。作りたいっちゃ作りたいんだが、どうも俺は目が肥えてしまったらしい」

「グラビアは読むのに?」

「おい!!ちゃんと書物と言え」

「失敬失敬」


 思わず隠語の正体を喋ってしまう。


「もしシルヴィア、ましてやシャルにバレたら一貫の終わりだからな」

「分かってる。その時は一蓮托生だ」


 熱い絆はより強固なものとなった。


「写真越しだといいんだけどな、実際に会うとなんか違うなーってなるんだよ」

「つまりそこらの女の子より家族の方がいいと」

「凄まじく語弊がある言い方だな」


 レンが苦笑いをする。


「妹達のことをそういう目で見ることは今までにないし、これからもないが、大切な存在でこの世で一番可愛いと思ってる」


 一度手を止め、優しい笑顔でレンは言った。


「でもまぁ、シルヴィアはいつの間にか俺より大人になってるし、シアはドンドン変な方向に進んでいくし、シャルはなんか怖いし」


 おい!!変ってなんだよ変って!!


「それこそシア、お前はシルヴィアとシャルに結婚したいとばかり言ってるが、本気なのか?」

「え?普通に本気だけど(マジトーン)?」

「お兄ちゃんは心配になってくるよ本当に」


 頭を抱える。


「まぁ私も結婚したいとまでは思わないけど、レンお兄ちゃんと離れたくはないな」

「嬉しいこと言うじゃないか」

「レンの方は最早恥ずかしい領域だったけどな」

「おい!!俺も後で気付いて後悔してるんだから言うな!!」

「……」

「……」

「「ぷっ」」


 二人で吹き出す。


「久々の真面目な感じも面白いな」

「絶妙な空気過ぎるって」


 一頻り笑い終えた後


「シア、ちょっとコッチ来てくれ」

「ん?」


 レンの近くに立つ。


 椅子から立ち上がれば、身体が180以上あるレンを見上げる形になる。


「わぷ」


 頭を撫でられる。


「シアは好きに生きろ。めんどうなことも、嫌なことも、辛いことも、全部俺が請け負ってやる」

「レンは何でも出来るけど、根性ないからなー」

「シアにだけは言われたくないな!!」


 だけどその手は頼り強く、優しい手だった。


「家族も、国の人達も、みんなお前を大事に思ってる。それだけは忘れないでくれ」

「十分すぎるほど感じてるよ」


 私はもう少しだけ、目を閉じ続けた。


 ◇◆◇◆


 二人で例の部屋から出る。


「それにしても地下にこんな場所があるなんてさすが王族だよな」

「多分元々隠れ家みたいな場所だったと思う。俺も最初来た時は何もなくて掃除も大変だったし」

「ほえぇ」


 あの広さを一人で掃除したなんて、かなり大変だっただろうに。


「だが何より大変なのはバレずにあの本を買うことだったけどな」

「あれだけ集めるなんて、レンも隅に置けませんなー」

「へっへっへ、シアが来てから書物の量が二倍になったけどなー」

「それは言わない約束ですぜ、旦那〜」


 何もない空間に二人の声だけが響いた。


「ところでシアに重大なことを聞く必要がある」

「ん?」


 なんだろう。


 いつになく真剣だ。


「あの男とは今どうなってる」


 それは聞かずとも、勇のことだと分かる。


「い、いやーあいつには助けられてるよ。この前も雑にこき使ったし、さすがに悪いなーと思ってる」

「いやそれぐらいいいんだ。むしろもっとこき使って疲弊させれば、俺が一瞬で消し去ってやるから」

「いやダメだから!!私泣いちゃうからね普通に!!」

「クソ、シアを泣かせるなんて最低な野郎だ!!」

「泣かせるのアンタだから!!」


 レンも勇過激派なんだよなぁ。


「な、なぁシア」


 すると突然レンが震え出す。


「さっき悪いと思ってるって言ってたな」

「ん?そうだけど」

「もしかして、何かお礼とかしようとしてたか?」

「まぁね」


 さすがレン。


 付き合いが長いと見抜かれてしまうな。


「それは一体?」


 この前のことを思い出す。


「一回だけ胸を揉まそうかと」


 サイレンが鳴り響く。


「何事!!」

「俺は間違っていた」


 まるで亡者のようにレンはふらつき


「今すぐ奴を殺す!!」


 アナウンスが流れる。


『レン様の権限により、王国騎士の全勢力をもって対象Yを抹殺します』


 メチャクチャ物騒なフローラの声が響く。


「それじゃあシア、おやすみ」

「凄い、今から人を殺そうとするにはあまりにも清々しい笑顔だ」


 我が兄ながら恐怖を感じる。


 だけど、私の兄なのだ。


「レンお兄ちゃん」

「ん?」


 後ろから抱きしめる。


「私も大好きだから」

「……」


 レンは振り返り、抱きしめ返す。


「ありがとう」

「ちなみにお姉ちゃんとシャルの次にね」

「それは言わなくてもいいだろうに」

「ジジイよりは上だから許して」

「お父様には優しくな」


 最後にもう一度力を入れる。


「おやすみ」

「ああ、おやすみ、いい夢みろよ」


 ◇◆◇◆


 レンは対象Y抹殺のため、会議室に続く道を歩いていると、シャルとすれ違う。


「ああシャル、おやすみ」

「はい!!お兄様おやすみなさい」


 レンは本当に良い子だなと思いながら横切る。


「待て」


 酷く冷たい声。


「何故貴様からお姉様の匂いがする」


 レンは恐怖した。


 自分よりも一回りも二回りも小さい妹からの圧によって震えが止まらない。


「今日はまだシャルはお姉様に抱きしめてもらってないのに」


 空間が悲鳴を上げている。


 レンは立派な成人男性にも関わらず、漏らしそうであった。


「お仕置きが必要だね」




 次の日




「あれ?レン階段からでも転んだの?」

「……まぁそんなところだ」

「お姉ちゃんは何か知ってる?」

「……」

「シャルは?」

「シャル分かんない」

「そうだよねー」

「ワシは?ワシは知っておるぞ?」

「は?黙れよジジイ。喋りかけてくんな」


 レンは包帯だらけの手で泣きながら朝食を取ったのであった。

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