第3話

「お帰りなさいませ、シア様」

「ごっくろー」


 前世では絶対に味わえないであろう豪邸に帰る。


 どれだけ大きいかといえば、単位としてよく使われるが、実際どのくらいか分からないランキング一位の東京ドームを使うくらいには大きい。


「お風呂にしますか、ご飯にしますか、それともわ・た・し、ですか?」

「グヘヘ、もちろん私だよー」


 抱きつこうとしたら綺麗に躱され、怪我をしないように抱き寄せられる。


「これもこれで気分がいいが、やはり自分から抱きつきたい所存だ」

「それは一生無理です」

「辛辣ぅ」


 この子の名前はフローラ。


 綺麗な銀髪の超超美少女メイド。


 私専属のメイドさんになった経緯は涙と笑いとお菓子なしには語れない話なので、今はまだ止めておこう。


「とりあえず速くお風呂行って下さい」


 それにしても雇い主である私にとっても冷たいのはいかがなものかと。


「私臭い?」

「いえ、むしろーー」


 ゴホンと咳を立てる。


「とりあえずGoです。シア様」

「私犬じゃないよ!!」


 渋々風呂に足を運ぶ。


 風呂も当然ながらビックスケール。


 なんならどっかのライオンさんもいる。


「んじゃ入りますか」


 服に手をかける。


 ピンポンパンポーン


 ここからはセンシティブですので、シアのクラスメイトである筋肉モリモリマッチョ君のお風呂シーンをご覧下さい。


「どうしたサトシ。え?もっとプロテインが欲しいって?ハッハッハ、全くしょうがないやつだな」


 ◇◆◇◆


「さっぱりーんご」


 風呂から上がる。


「お食事の準備ができています」

「いつもありがとー、愛してるよー」

「仕事ですので。あと私は作っていません。ですが、その言葉はあまり他の方に使わないで下さいね」


 真剣な眼差し。


 ここは私も真剣に返しておくか。


「大丈夫だ。私はこの言葉を美少女にしか使わないと決めている」

「それなら使う機会は二度と来ないでしょうね」

「少なくとも、フローラには使ってるから問題ないね」

「……そうですか」


 フローラの顔が少し緩む。


「あと使うとしても、せいぜい勇くらいかな」


 瞬間


 フローラの顔が美少女がしてはいけないものになる。


「あの糞虫が!!まだシア様にくっついていたのか!!害虫め!!」

「な、なんでフローラちゃんはいつも勇の話になると豹変するんだ」


 フローラはすぐに冷静さを取り戻し


「職業病です」

「絶対関係ないよな?!」


 こうやってはぐらかされてしまう。


「まぁいいや。今日も美味い飯が食える。それだけで十分だ」


 このテーブルは家族以外の誰も食べないのに、百人呼んでも問題ないような長さをしている。


「毎回思うけどさー、これ絶対無駄だよね。こんなにスペースするくらいならテレビ置いてゲームしたくない?」

「お父様に申しあげればすぐにそうして下さいますよ」

「え?何でいちいちジジイに話しかけなきゃいけないんだよ」

「思春期ですか?」

「お年頃(前世と合わせれば30くらい)何だよ」


 そしてあることに気付く。


「みんなは?」

「はい、オルドー様はまだ公務をなさっています。レン様とシルヴィア様はそのお手伝いをし、御三方とも今日は帰られないそうです。シャル様はお友達の家にお泊りに行っています」


 ふむふみなるほど


「え?じゃあ今日私一人?」

「その通りです」


 なるほどなるほど


 それはつまり


「私は一人寂しくご飯を食べると」

「はい」

「この無駄に広いテーブルで一人」

「はい」

「……」

「……」

「一緒にーー」

「無理です」


 キッパリ断られてしまう。


 これが王族と使用人の格差。


「そういうのめんどくさくない?ジジイにも言っておくからさー、一緒に食べようよー」

「オルドー様とシア様が許していただいても、他の貴族の方々は許してくださいません」

「ちぇ」


 ほんとめんどくさい。


「絶対いつか勇に滅ぼしてもらお」

「それで奴を全ての元凶にし、打首にするのですね」

「怖いよ?発想怖いよフローラちゃん」


 結局、一人寂しくご飯を食べる。


「美味い!!」


 モグモグモグモグ


「美味い!!」


 モグモグモグモグ


「美味ーー」

「静かに食べて下さい」

「はい」


 叱られてしまう。


 だだっ広い空間で食器の音だけが鳴り響いた。


「うむ、非常に美味であった。シェフを呼び給え」


 偉い人みたいに手を叩く。


「承知致しました」


 それで本当に来てしまうのが怖いところ。


「お待たせしましたシア様」


 そこには


「んだよ今日は男か。いいよ下がって」

「帰れ、下衆な男」

「ええ〜」


 そう言って料理人は去っていく。


「この前は可愛いパティシエだったから呼んだけど、毎回違う人なのだるいな」

「常に色んな味を楽しみ、慣れしたしんでもらいたいというオルドー様のご配慮です」

「可愛い女の子が作ってくれてると思うと10倍は美味くなるんだよ」

「胃に入ればみな同じです」

「言っちゃったよこの子」


 食事を終えれば後は寝るのみ。


「フローラ」

「はい何でしょうか」

「一緒に寝よ?」

「ダメです」

「何で!!」

「メイドと一緒に寝たなど世間に広まればどうなるか分かりません」

「そんなの適当に言い訳すればいいんだよ。友達だとか、私が欲したとか、最早一線越えちゃったとか」


 最後の言葉に少し反応したが


「ダメです。お一人で就寝なさって下さい」

「クッソー、普段ならシャルやお姉ちゃんがいるのに」

「それでは私は部屋に戻ります。用があればすぐにお呼び下さい」

「なぁ、やっぱりフローラの部屋って」

「入るのはいくらシア様でも許せません」

「まぁしょうがないか。じゃあおやすみ」


 私は不貞腐れながら部屋に入った。


 ◇◆◇◆


 フローラは自身の部屋に入る。


 そこはフローラ以外の一切を立つ部屋。


「ああ」


 恍惚した表情をする。


 そこには壁いっぱいにシアの写真が飾られている。


「危なかった、あんな誘惑に乗ってしまえば自分を抑えられなくなるところだった」


 いくらシア様が寛容な方とはいえ、下手に調子にのってしまえば嫌われてしまう可能性がある。


 それにこの仕事をクビになってしまえば自殺してしまう自信がある。


 だから自身の感情を押し殺し、近過ぎず遠過ぎない態度をとらなければならない。


「本当に素敵」


 再度、シアの写真に目をやる。


 この世のものとは思えないほどの美貌。


 まるで世界から祝福されたかのように美しく、そして


「優しいお方」


 出会った時から完全に心は奪われてしまった。


「だが」


 いつも出てくる勇とかいう男。


 シア様は恋愛対象が女性のため心配はないが、シア様が最も仲の良い人間を上げればシャル様やシルヴィア様よりも上に奴が来るだろう。


「絶対にいつか消す」


 あの日の情景を思い出し、シアの抱き枕を抱えながら瞳を閉じた。


 ◇◆◇◆


「怖い」


 私は一人でベットに入る。


 前世では何も感じなかったが、今世では常に人肌を感じていたため、久しぶりの一人に眠る恐怖に駆り立てられていた。


「確かにこの世界は前世とそこまで変わりはしないが」


 魔法という非科学的なものがあるとすれば


「もしかしたら幽霊もいるのかもしれない」


 そう考えるだけで寒気が走る。


「……いや待てよ」


 私は固定概念に縛られているのではないか?


「幽霊と聞けば恨めしやのイメージしかないが、もしかしたら美少女の幽霊かもしれない」


 そう考えると


「むしろラッキーだな。幽霊速く来ないかな?」


 そんなことを考えワクワクしているうちに、目はいつの間にか閉じていた。


 その時私は気付いていなかった。


 いつの間にか部屋にありもしない人形が置いてあることに。


「あ、シア様の部屋のカメラ作動しておかないと」


 実は幽霊よりも人間の方が恐ろしいことに。

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