当事者

@egao25

第1話



「えー。なんもやってなーい」


 澪は同サークルの先輩、優奈に誘われ、映えるワンプレートランチのあるカフェで話をしていた。優奈がインスタグラムで見つけ、提案した店だ。彼女は長い長い春休みの期間中、度々同じような雰囲気のカフェで友達と長時間他愛もない話をした。女子というのは場所さえあれば何時間も話し続けるものだ。

「就活ねー。…いやーそろそろやんなきゃいけないのは分かってるし頭の隅っこにはいつもあるんだけどねー」

 優奈は仰け反ってへらへらと笑った。緩く巻かれたロングヘアーから覗く蝶のピアスが、淡い虹色に輝いて目立つ。少し前にツイッターで何万もいいねがつき、話題になって("バズって")いた激安韓国通販のものだ。会う相手によってメイク、アクセサリーの有無や加減を決めるのは難しい。アクセサリーを全く身につけていない澪は少し恥ずかしくなった。"アクセサリー"。買いたいものリストに一年は居座り続けている、永遠に後回しされている奴だ。

「就活の準備は早ければ早いほど良いって言いますもんね」

「そーねー……いや、なんかさ、抵抗あって」

「抵抗?」

「なんか、あー……」

 優奈は上に乗るクリームがだらんと崩れきったアイスカフェラテに目を移し、ストローで氷をつつきながらそう言った。なぜ喫茶店の氷はあんなに大きいのか不思議だ。澪は親しい友人の前ならば、無理やり口内に押し込んでぼりぼりと食べるが、先輩の前ではそんな行動などできないな、食べたいな、と馬鹿なことを考えていた。

「気持ち悪くない?」

「…気持ち悪い?」

「みんな同じ服装髪型してるのとか」

「ああ…確かに、同じ服装と髪型の人達がたくさん並んでいる光景はちょっと不気味だなーとは」

「だよね?! 気味悪いんだよね! 吉野先輩なんてエクステするわブリーチして眩しい真っ金金にるわサイド刈り上げるわで引くぐらい遊びまくってたのにさ、今黒髪ボブだよ? いや、ありえなくない? 別にそれが悪いとかそんなんじゃなくてただ超驚いたんだけどさ」

 悪口のスイッチが入ると声が大きくなる人は多い。

「えっ、黒髪なんですか?」

「そうだよ、ストーリーハイライトに載ってるんじゃない?」

「へぇ。逆に想像つかないです」

 澪は苦笑して、先輩に対する雑言を口走らないよう切り分けたワッフルを食べて封をした。吉野とは、奇抜な外見で注目されていた四年生の先輩である。サークルにもあまり顔を出さないため澪との関わりは少なく、インスタを覗いても、暗いモノクロの風景写真、スマホで顔が隠れた鏡越しの写真、申し訳ないが理解し難い西洋絵画の写真などで投稿は埋め尽くされ、結局はっきりと顔が分からないままになっていた。しかし、あれだけ目立っていた彼女が典型的な就活スタイルになってしまっているのは驚くべきことだった。

「なんなんだろ。ほんと変だよね。個性を出せ! 他と違う面をアピールしろ! って言われる割には見た目はみんなまんま同じでさ。海外はこんな堅くないんだよ?」

「そうなんですか? 調べてみよー……」

 澪は独り言のようにそう言ってスマホを手に取った。そろそろ短い相槌以外にアクションを起こさなければ、ノリが悪いと思われるだろう。優奈は少し前傾して画面を覗き込んだ。人にスマホの画面をまじまじと見られるのはなぜか少し緊張するものだ。澪は男性アニメキャラクターの着せ替えがされたキーボードを見られ、少し恥ずかしかった。


外国 就活 服装


 トップに出てきた記事を読むと、日本よりアバウトな服装の括りだけではなく、重要視されるポイントの違いから、日本の就活における暗黙で無駄な規則も改めて見せられた。外国が自由で輝かしく見え、二人は少し虚しくなった。容姿や人間性などでもそう感じることは多い。

「ありがと。なーんかね。見た目だけじゃなくてやってることも変だよ。にっこにこの作り笑顔で知らん大人に思ってもないことつらつら言えないって。全部茶番すぎ」

「んー……窮屈ですね」

 澪は上手な相槌をうった。

「ほんとだよ。リボンシャツに赤スーツで行ったろかな!」

 少し重くなった空気を優奈の明るい声が破った。彼女はカフェラテを勢いよく吸って飲み込むと、姿勢を正して澪と向き合い、改まった。

「日本ってまず固定概念と同調圧力がすごすぎっていうか、"普通"にこだわりすぎだと思う」

「そうですよね。…固定概念で言うとダイエットとかすごいなって思います。なんか、数字に縛られすぎっていうか、痩せてる=四十キロ代みたいな。見た目が満足できるならそれでいいのに、ありえない数字を目指してる人が多すぎてそれが普通になってきてるのが怖いです」

 少し喋りすぎたと思った澪はすぐにジンジャーエールを飲んだ。喉は乾いていない。

「あーね。ていうか、なんかこう、飛び出しちゃいけないっていうか、圧? 学校とかそんなのばっかじゃん。英語でネイティブな発音したら笑われたりとかさ」

「それは思います。なんか、思い切った行動が出来ないと言うかさせてもらえない空気感があるというか」

「ね! 思い切って行動起こしたら起こしたで変な奴って仲間内で悪口言ってさ、自分は誰かと一緒にいなきゃ何もしないし不安なのに。みっともないし弱いよね」

 優奈の声が更に大きくなる。

「同じ人がたくさんいたってつまんないじゃん。はー。海外行きたい」

 客は少なくなっており、店内で二人の声が目立った。お昼時はとっくに過ぎ、時計は十六時を指している。二人は同じタイミングでドリンクを飲んだ。



「やっぱ普通にはなりたくないねー」













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 そう高慢に語った優奈は、投稿全てが同色の淡いフィルターで統一されたインスタに写真を投稿した後、ドリンク、デザートを含む料理全てをカロリー表示がされるダイエットアプリに記録した。

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