48.第一の試練 そのいち
しめった土の感触を、4本の足でしっかりと感じる。洞穴のような低い天井と壁、遠くを見通せないうす暗さ、ひんやりとした不穏な風。これこそまさに……ダンジョンの空気感……!
子犬の本能が言っている。走り回って探索しろと! あやしいものを嗅ぎまわれと! そうして見つけたいろんなものを、肉球でじかに感じろと……!
「足が汚れてしまいますから、ここからは抱っこで進みましょうね」
ひょいっと軽く持ち上げられて、踏み出そうとした前足は、わふんと悲しく空を切る。あっはいそうですね……遊び場じゃないんだし、それが正解ですね……
ここは迷宮に入ってすぐの、なんてことのない平坦な道。先頭には明かりを下げたラニくん、後ろには警戒を続けているリルさん、真ん中をハルナさまに抱かれた俺。そんな隊列で、俺たちは迷宮を歩いていた。
「道は前に来たときと変わりなさそうですね。もう少し進んでいけば、第一の試練の間があるはずです」
「この迷宮には4つの部屋があって、そのぜんぶをクリアしたら最後の広間のカギが手に入るんだっけ」
「ですです。試練の間をつなぐ道は迷路になっているんですが、これも地図を作ってますしね。まあ、迷路とも言えないような簡単な道だったんですけど」
「とはいえ、途中で魔獣が出ることもありますから。私たちが相手をするとはいえ、気を抜かないでくださいね」
凜とした声のリルさんは、出会ったときと同じように、剣と鎧で武装している。ラニくんも
「ギンチチさんは鼻が利くんですよね? 頼りにしてますよ!」
「まかせて! 変なにおいや気配がしたら、すぐに吠えて教えるから!」
気合いじゅうぶん、すんすんすんと鼻を慣らす。とはいえ妙な様子もなく、進んでいくこと10分ほどで。
「これが第一の試練ですね。人に合わせて試練は変わるんですけど、ここは前と同じ……おれ向きの試練のままみたいです」
目の前に現れたのは、見上げるほどに大きな扉。金属の板が合わさっているそれは、いわゆる両開きの構造に見える。
「ものすごく重そうな扉だなぁ。これを開けたら試練が……ってこと?」
「いえ、これを開けることそれ自体が、ですね。見ての通り、無茶苦茶重たいんですよ、これ」
取っ手がついていないところを見るに、2枚の扉を真正面から押して開けるしくみなんだろう。堅牢で重厚なその扉は、見るからにただじゃすまない重さ。ポメラニアンのみじかい腕じゃ、1ミリも動かせる気はしない。
「とはいえ、ラニは力だけがとりえですから。今回もいけるわよね?」
「はいはい、なんとか人が通れる隙間だけは確保しますよ。とはいえ全開は厳しいので、先生たちはそのまま先に進んじゃってください」
「それじゃあ、ラニくんはどうするんですか?」
「扉をくぐり抜けてすぐに、天井から鎖が垂れ下がってるはずです。それを引っ張れば扉が開いて、攻略完了ってわけですね」
言いながら、明かりをリルさんに渡し、盾を地面に置くラニくん。そんな彼を見たハルナさまは、心配そうにうなずきを返した。
「それじゃあ……行きますね!」
ふうう、と大きく息を吐き、ガッ! と両手を扉に押し当てるラニくん。気合いとパワーがあふれんばかりのその姿、思わず応援にも熱が入ってしまって……!
「ふんっ……!」
「がんばれラニくん!」
「はあ……っ!!」
「ファイトだラニくん!」
「ふんぬうっ……!!!」
「キレてる、キレてるよ! 筋肉に徳が詰まってる!」
「ぬんがあ……っ!!!!」
「腹筋6LDKか!? 肩に重機でも乗っけてんのかい!」
「わけのわからないことを言わないでくれません!?」
怒られちゃった。いやまあ、自分でもなに言ってるのかわからないけど。
そのまましばらく、ラニくんは奮闘してくれていたけれど。
「……っぷはあ! いやいやいや! 無理! これは無理だろ!」
残念ながら、扉が開く気配はない。薄く隙間が空くどころか、少しのズレも見えないくらいだ。
「どういうことなの? 気合いが足りていないの?」
「根性論やめろ。そうじゃなくて、前より明らかに重たくなってるんだよ。最初にここに来たときは、お前でも少しは動かせそうだっただろ? だけど、ほら」
「……確かに。ビクともしないわね」
扉に手を当てたリルさんが、どうにもならないと首を振る。
「見た目は同じでも、別の試練だという可能性は? 力試しではなく、なにかしらの手順を踏む必要があるのかもしれません。あたりになにか、手がかりになるものはありませんか?」
俺を地面に下ろしたあとで、ハルナさまも扉に触れる。当然押しても扉は動かず、引こうとするにはとっかかりがない。隠されたレバーも、大仰な錠前も、解いてみろと言わんばかりのパズル要素も……謎解きのようなものは、なにひとつ見つけられはしなかった。
「うーん……ギンチチさん自体がカギ……御使いのための迷宮というのが間違いじゃないとか……」
答えに困ったリルさんが、俺を抱き上げて扉に近づく。表面に鼻先を当て、肉球を近づけようと、扉はビクとも動かない。すんすんと鼻をならしてもみても、するのはただの鉄のにおいだ。
「俺が前にいた世界だと、合い言葉があったりしたんだけどね。ええと……開けゴマ! オープンセサミ!」
と、定番の呪文を口にしてみたら。
ブブー!!!!!
鳴った。間違ってるときにしか鳴らないようなブザーが、露骨に。
「神様め……」
「間違いだと教えてもらえることも、ふつうはありえないんですけどね。でもまあ、このままじゃラチがあきませんし」
隣に立ったラニくんが、ゴンゴンと扉を叩いている。そのあと耳を近づけて、ふむ、となにやらつぶやいて。
「よし。この扉、ぶっ壊しましょう」
「……わふ?」
「奥に空間がありますし、先に進むのが正解なのは間違いないです。だからこう、扉自体を壊すのが一番早いんじゃないかと」
「待って待って。こんなに重くて分厚そうな扉だよ!? 動かせもしないのに、どうやって!?」
「言いましたよね、おれがリルの『七ツ矢』を使えば、大砲みたいな威力が出せます。なのでそれで、ドーンと。リルもそれでいいよな?」
「頭にまで筋肉が詰まっているの?」
「ほかに方法があるのかよ?」
じい、と近距離でにらみ合うふたり。不穏な気配を感じて、ハルナさまの足下に逃げ出す俺。
「……まあ、仕方がないわね。壁や天井を崩さないように気をつけなさいよ」
「その時は人数を変えて再挑戦だろ。青級の迷宮は簡単に構造が変わるんだし」
「そうじゃなくて、私はラニが危ないんじゃないかって……いえ、もういいわ、そうと決まればやってちょうだい。私たちは離れてるから、生き埋めになったら笑ってあげる」
はあ、と額に手を当てながら、バングルを――七ツ矢を渡すリルさん。言葉とは裏腹に、その表情はとても心配そうだった。
「大丈夫ですよ。迷宮の壁や天井は、見た目以上に堅牢なものですから」
「なるほど。壁を掘って進めちゃえば、いくらでもズルができますもんね」
前の世界でやってたゲームでは、壁を掘るアイテムがあったりもしたんだけど。便利なんだけどすぐ壊れるんだよなあ、あれ……
「それに、銀一さんはこう見えて穴掘りが得意なんです。『ルリハルナ村の黒い弾丸』と呼ばれている彼ならば、人ひとりを掘り出すくらいはちょちょいのちょい、です」
「初耳ですけど!?」
どこまで本気で言っているのか、くすくすと笑うハルナさま。いやまあ確かに、俺にはバレットモールの魔物特性があるし、穴掘りは楽しくて好きだけど……
「……って、それが正解じゃないですか!? この扉は開くんじゃなくて、穴を掘ってくぐりぬけるんです!」
そう叫びながら、シュバババと地面を掘ってみる。しっとりしめったこの地面、やっぱりとっても進みやすいぞ……!
そうとわかれば魔物特性をオン。【土適正A】の力を振るい、トンネルを掘り進んでいく。お役に立てる場面なら、いくらでも頑張りますからね……!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます