47.収納【胸毛】
ふんがふんがと鼻息あらく、やる気あふれる琴吹くん。決意を固めるそのすがた、とってもかわいく頼もしいんだけれど……実はわたしも、今回はちょっと気合いが入ってしまっている。
琴吹くんの熱意に負けて、手を回したようなフリをしたけれど。
実のところは、この迷宮にはわたし自身が行ってみたかったのだ。
まずは理由がひとつ。迷宮で見かけたという、わたしに似た後ろ姿――ジェネリックわたしの存在だ。わたしがわたしである以上、それが琴吹くんの求めている、元宮桜子であるはずがないんだけれど。
(迷宮のボスは人型なことが多いし、それとわたしが似てただけだとは思うんだけど。ただの偶然……この流れで、あの神様がそんなことするのかな……? どうしても気になるんだよなあ……)
彼をからかうためだけに、それっぽい相手を用意した……ただそれだけの可能性もある。どうしてだか、良くも悪くも神様に気に入られてるみたいですからね、琴吹くんは。
どちらにせよ、現地入りの許可が下りてよかった。ジェネリックわたしはなかなか凶暴みたいだし、ちっちゃな体で奮闘する琴吹くんを、この手で守ってあげなくちゃ。
くわえて、理由がもうひとつ。
御使いが迷宮攻略に参加した場合は、ごほうびに
正確には、その条件を報酬として教えてもらえることがある。まあ、最高レアの景品なんですけどね。
そう。迷宮クリアの報酬は、なんと確率抽選式。出現する宝箱には排出率の書いてある表が貼り付けられていて、開けた瞬間にその中身が確定する、冗談みたいな方式になっている。
ついでに個数も少ないし、本当に青級はクリア損。神様からすれば、チュートリアルのつもりなのかもしれないけどね。
どうしてこんなシステムなのか、ずっと疑問だったんだけど……まさか神様がゲーム好きという、そのまんまの理由だったとは。頼むからわたしたちで遊ぶのはやめてくださいね。
と、そんなことを思っていたら。
『ててーん! 【フレンドを3人作ろう】の、達成報酬を送るよ! ちょっと遅れてごめんね!』
来た。神様本人からの声が。
「……はい? ええと、今のって」
「神様のお声です。説明は省きますが、銀一さんには時々こうして語りかけてくださることがあるんですよ。友人が増えたごほうびに、なにかをいただけるみたいですね」
「待って……神様から直接って……ギンチチさんって何者なんですか待って……」
「友人……友人って私たちですよね……? それで神からの褒美を……どうして……」
おお、ふたりが混乱している。この世界の人にとっては、正しい意味で雲の上の人だもんね、神様って。わたしは……なんかもう慣れちゃったので……
と、今回は一体なにをもらえるんだろう。琴吹くんの顔をのぞけば、まるでフレーメン反応を起こした猫さんみたいにぽかーんと口を開けていて……
「……銀一さん、銀一さん?」
「はっ! いえあの、すみません! 今回の報酬は、死にかけなくても新しいスキルをもらえるというものだったんですが、選べたものがあまりにもあまりでして……」
「スキルを? いったいどういったものを選んだんですか?」
「収納【胸毛】です」
「しゅうのう、むなげ」
「はい。収納【胸毛】ですね」
……胸毛を? 収納するの? 誰の? ラニくんの?
「あとのふたつは『身体延長【髭】』と『体重増加【十キロ】』だったので、これしか選ぶものがなくて……いやでも便利そうだなこれ……結果オーライだったか……?」
スキルの説明を確認しているんだろう、すいすいと空中に肉球を当てつつ、宙をながめる琴吹くん。なにが便利? 胸毛が結果オーライ?
「えっとですね、俺の毛並みはブラック&タン……目元や口、胸元に褐色が混じっているじゃないですか。このスキルをオンにしていると、胸元のその部分にものを収納できるみたいです。たぶんこんなふうに……うわ……マジで入ってく……」
お手紙の入っていた筒を手に持った琴吹くんが、胸の飾り毛にその手を入れると。
「ええと……手に持っていたものは、どこに……?」
まるで消失マジックみたいに、筒はきれいに消えてしまっていた。
「カンガルーみたいに、お腹に袋があるとか……? 犬ってそんな生きものでしたっけ……」
「そうじゃなくて、俺の祝福の影響で、胸の飾り毛が収納空間への入り口になったみたい。容量は3LDKのマンションくらいなんだって」
「さんえるでぃーけー」
「あっそうか……えっと、4人家族が暮らせる家くらいって言えばわかるかな」
「わかるけどわかりたくないですね……私の祝福と違って便利すぎません……?」
「出し入れも自由自在なはず……よしよし、これはお返ししますね」
またまたモフ毛にお手々をつっこみ、筒を取り出す琴吹くん。笑顔で渡してくれるけど……さすがのわたしも、これは想像できなかったなあ……
「でも、これがあれば迷宮攻略も楽になりますね。荷物を持たなくてもいいのはありがたいですよ」
「あの神様、なんだかんだで役に立つものをくれるからなあ。というわけで、荷物の運搬はこのいぬめにお任せください! 行っちゃいましょう、迷宮!」
ふんす! と気合いを入れたあと、澄んだ瞳がわたしをとらえる。スキルには面食らったけど……まあいいか、琴吹くんがかわいければ。あまりのかわいさに頭をなでなで……お腹もなでなで……ずるんっ。
……ずるんっ? え? わたしの腕が琴吹くんの胸の中に、肘の先あたりまで、えっ?
思わず顔を見合わせる。予想外だったみたいで、琴吹くんも目をぱちくり。
「……俺の腕じゃなくても、ものを出し入れできるみたい、です、ね?」
「え……ああ、そういうことですか! なにが起こったのかと、びっくりしてしまって」
「あっでも、腕を動かされると、なんだか変な感じがします。くすぐったいような、むずむずするような、わふ、わふんっ」
もぞもぞと身をくねらせる琴吹くん、子犬なのにちょっとせくしぃ。いたずら心がわきあがるけど、気を落ち着けて腕を抜く。
「わふ……ふええ……」
「毛皮のように暖かく、ふわふわで気持ちの良い感触でしたが……緊急時以外は、銀一さん専用の空間にしたほうがよさそうですね」
「もふもふに……もふもふに腕を入れられる……指先だけ……ほんの指先だけですから……ギンチチさん……私も……」
「ああっ……わふ、わふぅ……」
言うが早いか、琴吹くんの胸に腕をつっこむリルちゃん。わふわふ身をよじらせる琴吹くん……やっぱりせくしぃ……すき……
「そういえば、さすがにギンチチさんより大きなものは入らないですよね。どこまで大丈夫なのか、実験してみていいですか?」
「ら、ラニくんまで!? あっあっ、やめておおきい……それは入らない……はいらないからぁ……!」
「いやいやイケますって! もうちょっと我慢すれば根元まで入りますから! 力抜いて!」
「らめえ……さけちゃう……」
……いやいや、それはちょっと変な空気になりますからねラニくんね。そういうのが好きか嫌いかと言えばわたしも……いやいやその話はね、また今度ね。
とまあ、そうして色々と検証した結果。
暖かいものは冷めず、水物はこぼれず、大きなものでも押し込めばなぜか入っていく。
その名前に反して、収納【胸毛】は思った以上の有用スキルだったことが判明したのでした。
「ひええ……わふ……わふん……」
床に倒れてぐったりしている琴吹くんはその……必要な犠牲だったということで……
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます