46.迷宮攻略へ
次の日のお昼、もう出てきてもかまいませんよと、ハルナさまからお許しが出たその瞬間に。
「やっぱり諦められません! 俺が迷宮に行くことを、どうか許してください!」
正座をし、まっすぐ彼女を見つめたあと、俺は深々と土下座をキめた。
色々と考えたけれど、俺にできるのは誠心誠意、心を込めてお願いをすることだけだ。
「自由に動こうなんて思っていません! リルさんたちの荷物として、荷袋に入ったままでもいいです! 祝福を使える便利な
「何度も言いましたが、元宮さんが迷宮にいるとは思えません。それにあそこは得体の知れない……リルちゃんたちでも大ケガをするような、難度のつかめない場所なんですよ」
俺の前に座ったハルナさまは、手を伸ばし、俺の顔を上げさせて。
「どれほど危険かわからない、なのに成果があるとは限らない。そんな場所でも行きたいと、あなたはそう願うんですか? そんなにも、彼女のことが大事なんですか?」
「もちろんです。元宮以上に大事なものは、優先するべきものは、今の俺にはありません!」
だから俺も言い切った。うそ偽りのない、正直な気持ちを。
返事はない。そのまましばらく、俺たちは見つめあっていたけれど。
「まったくもう。言い出したらテコでも動かないところは、いつになっても変わらないんですから」
「えっと……俺、そんなに頑固に見えてました?」
「そ、それは……はい、そうです。そうでないなら、子犬になってまでこの世界に来ていませんよね?」
なぜだかばつが悪そうに、視線をそらすハルナさま。それでも緊張が解けたというか、においも雰囲気もずいぶん柔らかく……これは、もしかして……!
「まずはケージから出ましょうか。そのままこっちに来て、これを見てください」
言われた通りにちゃぶ台を囲むと、そこに広げてあったのは、おなじみ俺の説明書。それも後ろのページのほう、ミッション一覧が載っているページなんだけど。
「……って、これ! 【ルリハルナ村の迷宮を攻略しよう】って!」
「昨日の晩に、また書き換わっていたんです。ほかは歯抜けで読み解けないのに、これだけは、はっきりと。これはもう、神のお導きだと考えるほかありませんね」
神様が初めてくれた明確なヒントに、俺も驚きを隠せない。ここまで露骨に行かせようとしてるってことは、やっぱりここに元宮が……? そうでなくても、なにかの手掛かりが見つかるはず……!
「この機を逃せば、この村に迷宮が現れるのは何百年後かわかりませんから。迷宮攻略に参加できるよう、私も力を尽くします。でも……危ないことだけは、絶対に禁止ですからね?」
そうして俺を抱き上げて、優しい手つきで頭をぽんぽん。伝わってくる心配に、頭を下げて身をゆだねる。わがままを言ってすみません……でも……ありがとうございます!
「それじゃあ、次はリルさんたちの説得ですね。今から俺、ふたりのいる駐在所に行ってきます!」
「それなんですが、もう少し待っていれば……いえ、ちょうど今でしたね」
ハルナさまの言葉と同時に、コンコンコン、と固い音。ノックの音に似ているけれど、音は窓から鳴ってるみたいだ。
俺を胸に抱いたまま、ハルナさまがそっちへ歩く。外にはなにやら大きな影が……誰かが窓を叩いてる……? いや違う、これは……!
「……わふうっ!? は、ハルナさま! 外に魔獣が!
「大丈夫ですよー。この子は魔獣でなく魔物、りっぱな騎士団の一員なんです」
気安い感じで窓を開けると、崩落鷹は部屋の中へ。テーブルにとまり、真っ白な羽根を優雅に休めるそれからは、確かに知性を感じるけれど……
「だんちょうさんから、おてがみですよー!」
「……ゆうびんやさん?」
「おやおや! そこのちいさいかたは、わたしたちのことばがわかるんですね! ここまでいそいでとんできた、わたしへのおやつかと思っていました!」
「ひえっ……ノー! おやつノー! アイアムポメラニアン!」
俺を見ながらクチバシを鳴らす崩落鷹に、前足でおおきくペケを作る。そのやりとりを見たハルナさまは、笑って彼へと近づいて。
「ご苦労さまでした。お手紙、失礼しますね」
その足にくくりつけられた、紋章入りの筒を取り外した。
「たしかにおとどけしましたからねー! ではー!」
どひゅん! と飛び立つ崩落鷹に、開いた口がふさがらない。なんだったの……いまの……
「びっくりしましたか? 人の手で訓練された崩落鷹は、賢く強い配達員になるんです。冒険者ギルドや騎士団などでは、彼らを育てる専用の部門があるくらいなんですよ」
「そうだったんですか……でも、どうしてここに? 団長さんからのお手紙なら、リルさんたちへの連絡ですよね?」
「ハルナ先生がおかしいんですよ。仮にも貴族の団長と直に、それも特急の連絡を取れるだなんて。というかどんな手段を使ったんですか? 昨日の今日ですよね?」
「わふ? このにおい……ラニくん?」
ぜんぜん気づいてなかったけど、窓の外から声がする。少し首を伸ばしてみれば、彼だけじゃなくリルさんも一緒だ。
「ふふ。人より長く生きていると、ほんの少しだけ顔が広くなって、ほんの少しだけできることが増えるんですよ。ちょうどよかった、ふたりにもお話があるんです」
「そうだと思って、崩落鷹を追ってきたんです。迷宮の件でしょう?」
そうしてふたりを招き入れ、3人と1匹でテーブルを囲む。広げられたお手紙は……むむむ……まだ難しくて読めないぞ……
しかたがないので顔を上げる。みんなには読めてるんだろうし、内容を聞いて……って、なんでそんな顔してるのラニくんもリルさんも。
「どこの王族あてだよっていう、めちゃくちゃ丁寧な書状じゃないですか。本当に何者なんですか、ハルナ先生って……」
「それよりも内容よ。『この村に現れた迷宮は、雄々しき獣の御使いのためのもの。そのため、侵入した騎士団は、神の怒りをかった模様との報告を受け』って、ハルナ先生がそう言ったってことですよね? 獣の御使いって、ギンチチさんのことですか?」
「俺はただのいぬだよ!?」
「ふふふ。ものごとを円滑に動かすためには、多少の誇張は必要なんですよ。遠目からとはいえ、大きくなった大二郎さんは騎士団にも認識されているでしょうし、話が早くて助かりました」
なるほど、大二郎さんなら確かに。適正サイズだとちょっと大きなかわいい犬なんだけど、巨大化すれば雄々しき獣と言われても納得である。ポメラニアンはかわいいけれど、ひとたび牙を剥いたなら、それはとってもかっこいいのだ。
「だから、おれたちの迷宮攻略にギンチチさんを加える必要があるって、団長にそう提案したんですね。そんなの手紙で頼まなくても、リルに直接言えば済むのに」
「そうは行きませんよ。この国では、
「あー……迷宮攻略の報酬を先生たちに渡して所在不明にしたあと、こっそり個人のものにしようとしたとか、そういう話ですか。冷静に考えてありえないんですけど、貴族には派閥争いがあるからなあ。団長のためにも、隙は作らないほうがいいですもんね」
やっぱりあるんだ、そういう足の引っ張り合いって。詳しくはよくわからないけど、きちんと筋を通してくれたんだろうな。
「というわけで、団長さんの許可は下りました。あとは隊長であるリルちゃんが承諾してくれれば、私たちも迷宮攻略に向かうことができるのですが」
「事情だって聞いていますし、父……団長を差し置いて私が断れるはずがないですが……って、ハルナ先生、いま『私たち』って言いました?」
「ええ。今回の迷宮攻略には、私も同行するつもりです」
「……わふ?」
ぽかん、と口を開けてしまう。思わず顔を見上げれば……後光の差すような笑顔だあ……
「銀一さんをひとりで行かせてしまえば、どんな暴走をするかわかりませんから。飼い主……引率の先生として、私が目を光らせていますね」
「飼い主!? いま飼い主って言いましたよね!?」
「ふふふ」
聖母の笑みが崩れない……もしかしてハルナさま、脱走したことまだ怒ってます……?
「それに、昨日倒れたおふたりはまだ本調子ではないでしょう? 青級の迷宮は、攻略人数を変えなければ構造変化を起こしません。4人でパーティーを組み直すのが最適だと思いますよ」
うふふ、と圧のある笑みに、たらりと冷や汗を垂らすリルさん。ううん、としばらく考え込んではいたけれど、隣のラニくんは涼しい顔だ。
「そのへんの村の人ならともかく、あのハルナ先生だぞ? 知識だって頼りになるし、戦闘になっても心配ないって。覚えてるだろ、施設の近くに大きな熊が出たときさ」
「ふふ、ラニくん?」
「あっはいおれはなにも言ってないです」
ラニくんも冷や汗をたらり。えっなに、なにがあったの熊ってどういうことなの。
「……わかりました。けれど、危険なことがあったら、自分とギンチチさんの安全を優先すると約束してくださいね。先生は一般人で、私たちをはそれを守る騎士なんですから」
こくり、とうなずくハルナさま。そんな彼女の腕から降りて、きちんと立って頭を下げる。
「ありがとう、リルさん。迷惑をかけちゃうけど、よろしくお願いします!」
……はわわきゃわいい、みたいな声が聞こえてきたのは幻聴だろう。たぶん。
こうして、俺は迷宮攻略の許可を得た。
ミッションに載ったからしかたなく。ハルナさまはそんなふうにおっしゃっていたけれど。
ミッションを確認する前から――元宮の話が出たときから、俺を迷宮に行かせてくれるつもりだったんだろう。迅速に動いてくれていたから、すぐに話がまとまったんだ。
(あの神様のことだから、一筋縄ではいかないだろうけど……このチャンス、絶対に無駄にしないから。待ってろよ、元宮……!)
肉球をぐっとにぎりしめ、俺は決意をするのであった。
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