45.ポメラニアン、脱走失敗
ちょうど日付が変わるころ。真っ暗になった居間の中で、たぬき寝入りから身を起こす。
「すう……ぐう……」
床に寝転んでるラニくんは……よしよし、熟睡してるみたいだ。
呪いの影響を心配したハルナさまの指示で、騎士団のみんなはこの家に泊まっている。まだ目を覚まさないふたりは客間に、リルさんはハルナさまのお部屋に、ラニくんは俺と一緒に居間に、という振り分けだ。
耳をすます。鼻をならす。誰かがこっちにくる気配は……ない!
あとはぬき足しのび足、こっそり裏戸のほうに向かう。俺が自由に外出できるよう、裏戸はちょこっと改造されて、ちいさな窓が――いわゆるペットドアがついているのだ。
(恩を仇で返すような真似をしてすみません。でも……どうしても、この目で確かめたいんです)
迷宮は見張られているだろうけど、黒い毛並みのちいさな俺なら闇夜にまぎれる。真っ暗でなにも見えなくても、犬の鼻なら問題ない。
もちろん、無茶をするつもりもない。迷宮に入ったところで
たとえ魔獣に襲われたとしても、大二郎さんなら戦えるはず。万が一の場合は、俺自身の祝福もある。
(朝までには帰ってきますから。だから……行ってきます)
お部屋のほうに頭を下げて、慎重に窓を開いてくぐる。
そうして、最初の第一歩。真っ黒な夜の闇の中、駆け出すように踏み出せば――
「……っ!? わあっ、わおん、わふぅっ!?」
――締め付けられるような感覚と同時に、俺は逆さまに吊り上げられていた。
「……うわあ、容赦ない。これ、獣を獲るときの罠ですよね? 網で包んで吊り上げるやつ」
「ら、ラニくんっ!? なにこれ、どうなってっ」
「……まったく、こんなことだろうと思っていました。ふたりに任せてくださいって、あんなに言ったじゃないですか、もう」
がちゃ、と裏戸が開かれて、ハルナさまが姿を現す。うしろから顔を出しているのは、寝間着のリルさんとラニくんだ。
網に包まれたままの俺を、ハルナさまが抱き上げる。吊り上げひもは外してもらえたけど、網からは出してもらえないまま。
「さて……お説教の時間ですよ、銀一さん?」
にっこりと甘い笑顔を浮かべて、ハルナさまはそう言った。
※ ※ ※
「まずはそこに座ってください。おすわりじゃありません、正座ですからね」
明かりの点けられた居間へと戻り、網から出されて最初の言葉。えっあの、いちおう俺は犬ですし、正座は厳しいのではないかと……
「反省の気持ちがあるのなら、できますよね?」
「は、はいっ!」
ほほえみながらそう言われて、思わず姿勢を正してしまう。背筋を伸ばして正座して……うわ、マジでできるわ正座。えっなに? 俺の骨格どうなってるの? ポメラニアンってもとからそうなの?
そんな疑問とともに、ちんまりと床に正座する。あっこれつらい……人間だったときと同じ感じでつらい……
「まず、ふたりに迷惑をかけたことを謝ってください。銀一さんが抜け出したって、真夜中なのに知らせてくれたんですから」
「ごめんなさい……でも、ラニくんは熟睡してたよね? 寝たふりだったの?」
「普通に寝てましたけど、気配が変われば起きますよ。どこでも寝られるし、いつでも起きて動ける、騎士団では普通のことです」
「私はまだ、ハルナ先生と一緒に起きてましたから。それより、謝るべきは先生にですよ。こんな時間までギンチチさんのために」
「リルちゃん?」
にこ、と笑いかけられて、リルさんがきゅっと口を結ぶ。あの笑顔……相当怒っていらっしゃる……
「その……すみませんでした。気持ちが焦ってしまって、つい」
「だったら、私たちを説得するべきでした。夜中にひとりで出かけるなんて、どれだけ危険なことだったのか、きちんと理解していますか? 東の丘へ続く森には、大人でも夜は近づきません。それほどまでに、暗い森は動物たちの独壇場なんです」
「でも、俺だってどうぶつの端くれですし。それに祝福だって持っていて」
「それだって、必ず状況を打破できるスキルが得られるとは限りませんよね? 会話ができたとして、聞いてくれる相手ではなかったら? 大二郎さんたちを呼ぶにしても、その余裕もなく肉食獣に襲われたら?」
ぐうの音も出ないほどに、見通しの甘さを指摘される。今の俺はひ弱な子犬、森に住む動物から見れば、襲いやすいエサなのは確かだろう。
多少の危険は承知の上でも、それはあくまで俺の考え。ハルナさまの心配を、過保護だなんて言えやしない。それだけの親愛を、この人からはずっともらっていたんだから。
反省に身を縮こまらせて、素直にお説教を噛みしめる。怒られている時間は、そんなに長くはなかったけれど。
「まったく。なにかのためにと取っておいたものですが、銀一さんに使う日が来るとは思ってもいませんでした」
最後に取り出されたのは、金属製のちいさなケージ。まさにペットを飼うときに使う、俺の世界にもあったアレだ。
「明日のお昼までは、この中で反省していてください。あえてカギはかけませんが……私の言いたいこと、わかりますよね?」
その中に俺の寝床を入れて、入れとハルナさまがうながす。カギをかけずにいてくれるのは、最後に残った信頼だろう。それでも外に出て行くのなら――――――と、いうことだ。
素直にケージの中に入って、籠のベッドに身を伏せる。それを見届けたあとで、ハルナさまたちはお部屋へと戻っていった。
「わはは、怒られちゃいましたね」
「笑わないでよ……ちゃんと反省してるんだから」
あとに残ったラニくんが、ケージ越しに話しかけてくれる。気まずくならないようにって、気を遣ってくれてるんだろうなあ。
「でも、気持ちはわからなくもないですよ。モトミヤさんでしたっけ、好きな人のためだったら、冷静じゃいられなくなりますよね」
「ラニくんも気をつけてね。リルさんはしっかりしてそうだけど、ちょっと危なっかしいところがあるから。大ごとになる前に、ちゃんと助けてあげるんだよ」
「なんであいつの名前が出てくるんですか!?」
おお、顔が真っ赤だわかりやすい。早く素直になればいいのに……いやまあ、俺が言えたことじゃないかあ……
そうして、俺はケージの中でひと晩を過ごすことを決めた。反省しているのは本当だし、さすがにもう、ここから出ようとは思わないけど。
「……
今度こそラニくんも眠り、真っ暗になった居間に、かすかに聞こえる声がひとつ。気配はまったく感じないけど、そこが頼れるスーパー忍者、
ハルナさまの罠にかかった瞬間、俺はとっさに疾三さんを喚んでいた。詳しい指示は出せなかったけど、ばっちり俺の意図を汲んで、迷宮の様子を調べてくれたみたいだ。
「……迷宮は神の結界に守られており、神の座から来た我々単独での侵入は不可能でした。『ズルせず自分で探索しようね!』と、神からの言葉も預かっております」
おっと本人からのコメントまで。悪い意味で期待を裏切らないなあ、あの神様は。
「ですが、村人のものではない足跡を見つけました。大きさ軽さから見て、女人のもので相違ないかと」
「……っ! それって……!」
思わず大声を出してしまって、あわてて口を両手でふさぐ。ラニくんは……よかった、起こしてないみたいだ。
「結界があるのは出入り口のみ。迷宮内に
「わかった、どうにかハルナさまたちを説得してみるね」
「……
そんな鋭い鳴き声のあと、声が遠ざかっていく。繋がっている感覚も消えたし、神の世界へと帰ったんだろう。ありがとう、疾三さん……!
そうとわかれば、うじうじ悩んでる場合じゃない。ただ反省するだけじゃなく、これからのことを考えなきゃ。
そのために、今の俺ができること。
明日きちんと動くため、思考をきちんと働かせるため……
今日は! あえて!! 寝る!!!
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