44.攻略失敗

 ハルナさまの手のひらに、ぽわあ、とあたたかな光が宿る。腕に手を当てられたリルさんは、一瞬顔をしかめたけれど。


「……やっぱりすごいですね、ハルナ先生の祝福ブレス。手を当てられているだけで、さっと痛みが引いていくんですから。打ち身のあとだってほら、もうすっかり消えちゃいました」

「打ち身どころか折れていたんですけどね……とにかく、早く処置できてよかったです。私の能力だって万能ではないんですから」


 ハルナさまはご自身が不老長寿なだけでなく、そのあふれ出る生命力を他者に与え、傷を癒やすこともできる。額に脂汗を浮かべ、痛みにうめいていたリルさんも、いまではすっかり元気な顔だ。


「……はあ、よかった。ハルナ先生がいてくれて、本当に助かりました」


 隣に座るラニくんも、ほっとため息をついている。疲れた顔をしているけれど、それも当然、彼は調査隊の3人を、ひとりで担いで村に戻ってきたからだ。


「こっちも大丈夫ですよ! 邪気はすっかり払いましたし、明日には目覚めると思います!」


 きゃわん! と、かわいくそう言うのは、あわてて呼び出した癒四朗いやしろうくん。その隣で眠っているのは、調査隊の残ったふたりだ。こちらも寝息は穏やかで、心配しなくても大丈夫そう。よかった……


「なにかの呪いのようなものを受けてしまったみたいですね。起きてすぐには調子が戻らないでしょうけど、ゆっくり休めば大丈夫ですから!」

「私の祝福は、そういったものにはまるで効果がありませんから。本当にありがとうございました」

「いえいえ! それじゃあ、ぼくは失礼しますね! またいつでも呼んでください!」

「ありがとう! 今度また、お礼にゆっくりお茶でもしようね!」


 ぽわあ、と光の粒子になって、癒四朗くんが消えていく。ばいばーい、とニコニコ手を振っていたリルさんは……おっと真顔に戻った。しかもちょっと恥ずかしそうだ。バレバレだからもういいのに……


「それで、一体なにがあったんですか? 意識不明のおふたりと、大ケガをしたリルちゃん。青級アクア迷宮ダンジョンの試練にしては、度が過ぎているように思えますが……もしかして、もっと高難度の迷宮だったんですか?」


 眠っているふたりを客間に残し、居間へと戻ってきた俺たち。ハルナさまは心配そうに、リルさんとラニくんに詳しい話を聞こうとするんだけれど。


「ええと……変なことを聞きますけど、ハルナ先生は迷宮に入ってませんよね?」

「……はい? 私が、ですか?」


 ハルナさまの問いには答えず、質問を投げ返してくるラニくん。リルさんも真剣な表情だし、なにかの冗談じゃあなさそうだ。


「迷宮に行くどころか、ハルナさまはこの家から出てないよ? 帰ってきたみんなをねぎらってあげるんだって、ずっとお料理をされてたんだから」

「そうですよねえ。いや、眠ってるふたりなんですけど、変なことを言ってたんですよ。迷宮のマッピングをしていたら、ハルナ先生を見かけたって」

「よく似た後ろ姿が走って行ったらしいんですが、あたりには人の気配すらなくて。見間違い、あるいはなにかの罠じゃないかと、警戒していたところだったんですが……」

「そのまま開けたところに出たら、急にあたりが真っ暗になって。ふたりは急に倒れるし、リルはなにかに吹き飛ばされるしで、本当に焦りましたよ」

「たまたまみんな、倒れたのがラニの近くだったのが幸いでした。あとはそのまま、撤退の命令を――」


 リルさんがなにかを話しているけど、うまく頭に入ってこない。

 ハルナさまに似た姿を見た。でも、ハルナさまはここにいた。

 だったらそれは、よく似た他人と考えるほかないわけで。


 どくんどくんと心臓が跳ねる。その可能性を考えるだけで、体が芯から熱くなる。

 彼女に似た人。それはつまり、俺がずっと、会いたいと心から願っている――


「元宮だ」

「え?」

「あの、俺、迷宮に行かなきゃ。元宮がいるんだったら、会えるんだったら、今すぐ行かなきゃダメなんです。早くしないと、どこかに行ってしまうかも、だから、だから!」

「落ち着いてください。冷静に考えて、迷宮に元宮さんがいることはありえませんよ。私たちは出現の瞬間からあの場所を封鎖しています。騎士団のみなさん以外が入れたとは思えません」

「でも、ふたりは見たんでしょ!? だったら!」

「おれたちが見たわけじゃありませんから。幻を見せる罠だとか、そういう例もありますし」

「それより私は人型の魔獣――迷宮領主ダンジョンマスターがハルナ先生に似ていたんだと考えています。どちらにせよ、ギンチチさんを向かわせるわけには……」


 そんなふうに説明されると、それが真実なのかもしれない。

 でも、もしも。

 迷宮に元宮がいるんだったら。すぐそこに、あいつがいるのなら。


「……確かめもしないで、諦めるわけにはいきません。この世界に来て初めての、あいつの手掛かりなんですから」

「おれたちが確かめてきますから。どのみち迷宮を放っておくわけにはいかないんだし、みんなが目覚めたら対策を練り直して、すぐ攻略に戻りますよ」

「それまでに迷宮から出る人間がいれば、見張りの誰かが気づくはずです。安心して私たちに任せてください」

「ふたりもそう言ってくれていますし、ね?」


 ハルナさまが心配そうに、俺を抱っこして撫でてくれる。

 みんな心配してくれている。俺を助けようとしてくれている。

 それはわかる、わかるんだけど……

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