ポメラニアン、迷宮へ

43.迷宮の出現

 村はずれの森の奥、東の丘を登ったところに、村のみんなが集まっている。まだまだ朝も早いというのに、ここに迷宮ダンジョンが現れるとのことで、物珍しさにみんな見学にやってきたのだ。

 リルさんたち騎士団のみなさん、領主様の名代であるフルルお嬢様、おとものアデルさんにバデルさんも加わって、ルリハルナ村の関係者が勢揃いだ。


「……うん。確定させるのに数日かかってしまいましたが、ここで間違いありませんね。いくらもしないうちに、この場所に迷宮が現れるはずですよ」


 なにやら計器のようなものを見ているのは、リルさんの部下の偵察者レンジャーさん。お名前は聞きそびれているけど、清潔感のある見た目のとおりに、丁寧で優しいにおいのするお兄さんだ。


「迷宮を見るだけではなく、出現の瞬間にも立ち会うことができるとは。人生、いつどうなるかわからないものですなあ……!」


 最前列にて目を輝かせているのは、村長のマクロイさん。うんうん、わかりますよ。迷宮といえばロマンのかたまり、年齢は関係ないですもんね。


「ふふ、銀一さんも嬉しそうですね。やはり迷宮には、人の心を捉えて離さないなにかがあるのでしょうか」

「もといた世界では物語やゲームの中にしか存在しないものでしたからね! 正直なところ、すごくワクワクしています!」


 わふわふ! と元気な返事に、抱いてくれているハルナさまもにっこり。すっかりポメラニアンな俺だけど、迷宮や冒険という言葉には種族を越えた、抗いがたい魅力があるのだ。


「迷宮が現れるときは、地面から生えてくるんでしょう? どうなるのか想像もつきませんし、はやく見てみたいです!」

「おれもー!」「はやくでてこないかなー」「いつなの、はるなせんせー!」


 そんな俺の言葉に、村の子供たちも追従する。ちびっ子たちにもわかるんですねえ、このロマンが……わふわふ……


「わたしもダンジョンははじめてです」「おじょうさまもわくわくしています」「かおにでないよう、ひっしでがまんしているすがた」「かわいらしいですね」


 そう言うアデルさんとバデルさんも、迷宮のロマンを前に長いしっぽを揺らしてソワソワ。魔物さんさえも虜にする迷宮の魔力……いや違うわ、これ危険に備えて警戒してるだけだわ。同じ犬系なのにこの違い、ボディーガードの鑑ですね……


 残りの村の人たちは、食い気味に興奮している人と、なんとなく付き添いで来たみたいな人が半々くらい。数百年にいちどのなんとか月食! みたいな、「レアだから見てみるけども……」的な、そんなゆるーい空気である。子連れのお母さんなんかは露骨に帰りたそうで……お忙しいの、お察しします……


 そんな感じで、15分ほど待っただろうか。




 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!




 まるで文字に見えそうなくらいの「それっぽい」音が鳴り響き。


「この音と揺れ……来るわね」


 リルさんの言葉を待っていたみたいに、どん! と大きな振動ひとつ。

 次の瞬間、目の前にあったはずの木々が、ばっ! と音もなく消滅した。


「す、すげえ! 消えた!?」「いや違う、動いたんだ!」「地面が広がったってこと……!?」「どうでもいいだろ! あそこを見ろ!」


 そうして広く空いた地面に、茶色のコブが姿を現す。それはみるみるせり上がっていき、ほんの数分たったあとには。


「ほええ……でっかい……」


 土煙のなか、見上げるような石のドームが、俺たちの前に現れていた。

 積み上げ組まれた石と石、その隙間を埋めるみたいに、不思議な光が明滅している。明るい日差しの下だというのに、はっきりわかる青い光だ。


「予測の通り、迷宮難度ランク青級アクアね。危険なものじゃなくてよかったわ」

「見た目で判断するのは危険だけどな? それも含めて罠って例もあるんだし」

「そうかしら? 魔力量と気配からして、青級で間違いないと思うわよ」


 その光を眺めながら、リルさんとラニくんが話し合っている。どういうことなんですかねと、ハルナさまを見上げてみると。


「迷宮には種類があって、おおよその難度と報酬が判別できるようになっているんです。ここに現れたのは青級、迷宮の中でも一番簡単なものになります」

「簡単ということは、報酬のほうは……」

「神様のお与えになるものに言うことではありませんが、あまり期待はできません。労力に見合うものが現れることは少ないですし、冒険者の方々からの人気もないんですよ」

「だから、青級は私たち騎士団が、調査の流れで攻略する取り決めになっているんです。誰も攻略に手を上げないまま、迷宮を放置するのは危険ですから」


 いつのまにか目の前に来ていたリルさんが、そう説明を引き継いでくれる。手を上げて朝の挨拶をすると、キリッとしていた表情が一瞬ほにゃっと……おっと持ち直したぞ……


「さすがギンチチさまだ、隊長さんから挨拶に来たぞ」「凜々しい女騎士さまよね。かっこいい!」「私たちを見下すようなこともしないし、立派なかたよね」「美人だよなあ……罵られながら踏まれたい……」


 大丈夫、村の人にはバレてない。理性さんナイスファイト……いや待て最後変なこと言ったの誰だよ。


「放置は危険って、簡単なダンジョンでも、魔獣が湧き出てきたりするものなの?」

「それもないとは言い切れませんが……迷宮は放置していると、難度が『最悪の赤級カーネイジ』に変わってしまうんです。超高難度なだけでなく、迷宮を中心とした一帯が、漏れ出た邪気で不毛の地と化してしまうんですよ。攻略を成功させさえすれば、難度に見合った報酬が与えられるらしいのですが……」

「意図的に迷宮を放置し、報酬を増やそうとした結果、国そのものが消滅してしまった例もあるんですよ。それほどまでに、赤級の迷宮は恐ろしいものなんです」

「だから、おれたちの国では冒険者ギルドとも話をつけて、青級はさっさと潰しちゃうことに決まってるわけです。報酬は国の財産になるし、騎士団の訓練にもなる、そういうことですね」


 最後はラニくんも加わって、3人がかりの説明に。なるほど理解はしたけれど、このしくみ……「せっかく作った迷宮が放置されるのはいやだ」みたいな、そんな神様の意図を感じなくもないですね……?


「というわけで、今から迷宮攻略だよな? 青級なら一日もかからないだろうし、このままの装備でいけるだろ」

「そうね。とはいえ、もしものことが起こらないとも限りませんし。私たちが戻ってくるまでは、念のため離れていてくださいね」

「了解しました。当家が責任を持って、立ち入りを禁じておきますね」


 リルさんからの要請に、うなずくフルルお嬢様。アデルさんとバデルさんも、ふんすふんすとやる気の顔だ。


「むむむ……わかってはいたけど、迷宮に入ることはできないんですね。攻略が終わったあとなら、安全だったりはしませんか……?」

「攻略を完了させたパーティが外に出たとたん、迷宮は消滅してしまうんですよ。それに、銀一さんはまだまだちいさな子犬なんですから。危ないことはやめておきましょうね」

「で、でも。あの神様のことですし『迷宮を攻略しよう』がミッションに含まれてないはずが。攻略まではなくても『迷宮に入ってみよう』があるかも」

「やめて、おきましょうね?」

「はい……」


 強めに釘を刺されてしまい、わふんと縮こまることしかできない。少しだけでも入ってみたかったなあ……ロマンだもんなあ……


「もう、そんな顔をしないでください。銀一さんがりっぱ大人になったあと、その必要があるときには、あらためて協力しますから」

「中身はりっぱな大人なんですけどね……」


 わがままを言うわけにもいかないので、この話はこれでおしまい。リルさんたち騎士団のみんな――迷宮攻略隊に挨拶をして、俺たちは村へと戻っていった。


「リルさんたち、すごく軽い感じで話していましたけど、青級の迷宮はそんなにも簡単なんですか?」

「簡単というか、入った人間に合わせて課題が変わるのが青級の特徴なんです。必ずクリアできる、絶妙な難度の試練……力自慢なら魔獣の討伐、識者がいたなら仕掛け部屋などが、パーティの人数だけ用意されるんですよ。ほかにも――」


 そうして説明を聞くに、どちらかと言えば俺がいた世界にあった「謎解きゲーム」「アスレチック」に近いみたい。命の危険もないみたいだし、それなら納得できるかな。


「夜には戻ってくるでしょうから、お食事を用意しておきましょうか。今度はふたりだけでなく、騎士団のみなさんもお呼びしましょうね」


 そうして俺とハルナさまは、みんなの帰りを待っていたんだけれど。


 その夜。


「先生っ、ハルナ先生はいますよねっ! おれたちの仲間を……リルを助けてください!」


 届けられたのは迷宮攻略の報告ではなく、ラニくんの悲痛な叫び声だった。

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