42.復活のハルナ

 むう……いま何時……あたまいたい……きもちわるい……ぼやぼやする……

 起き上がって時計を見れば、ちょうど日付が変わったくらい。というかここどこ……なんでわたし……床で寝て……あっそうか……お酒飲んで……たのしくて……なるほどね……


 まわらない頭をフル回転させ、完全に『理解』したわたしは、椅子と机にすがるようにして立ち上がる。そこには飲み残したぶどう酒が……あった……いただきます……ぐびぐびぐび……


 誰も見ているはずがないので、大瓶をそのままラッパ飲み。口に広がる熱い渋みを、ごくごくと飲み下していく。

 当然そんなことをすれば、酔いがひどくなるだけなんだけど……


 …………

 ……………………

 ………………………………ッ! 来た! 来ましたよ!


 ぷはあ、とビンから口を離すと、頭はすっきり胃腸もばっちり。


「復ッッッ活ッッッッッ!!!」


 ごん! とビンを机に置いた、にぶい音すら心地よい。これが『万全』かあ……!

 ……あ、はい。酔いすぎて頭がおかしくなったわけじゃないですからね、これ。


 わたしことハルナ=コトブキ――もとみやさくらに与えられた祝福は【絶えることのない生命力】。歳を取らない、病気にならない、怪我をしてもすぐ治る……ついでに言うと、毒物もすぐに分解されるのだ。


 酒は百薬の長とは言うけど、飲みすぎちゃえば命にかかわる。わたしはそれを逆手に取り、毒物判定される量のアルコールを摂取することによって、祝福を発動させたのである……! よい子も悪い子もまねをしないでくださいね……!


「はあ……でも、やっちゃったなあ。何十年ぶりだろ、こんなに飲んだの」


 片付けもラニくんにお任せしてしまった。わたしは頼れるハルナ先生なのに……不覚……!


「でも、ふたりともほんとに立派になって。ちょっとうるっときちゃったなあ。別れて10年以上経つのに、まだあんなに慕ってくれて……っと、気を抜いていてはいけませんね、ふう」


 思いっきり地が出ていたので、ひと呼吸してハルナに戻る。あぶないあぶない、この家にはいま、琴吹くんがいるんだし……って! そうだった! いるんだった! 彼が!


「銀一さんっ! すみません、私っ!」

「……むにゃあ、ぴすぅ……」


 あわてて姿を探してみれば、床に丸まって毛布をはみはみ。おっとこれは熟睡中、あわてておくちをチャックして、抱き上げようと手を伸ばしたら。


「……私のために毛布を持ってきてくれたんですねえ。それも物置から、来客用のものを」


 寝室には入れないと、気を遣ってくれたんだろう。子犬の体じゃ大変だったはずなのに、なんとか引きずってきてくれたんだ。琴吹くんやさしい……すき……抱いて……


 やさしく毛布から彼を離して、籠のベッドに寝かせてあげる。落ち着いたのか、むにゃむにゃと顔を前足でこする琴吹くん。かわいい……無限に見てられる……寿命が百万年伸びちゃう……


「にゃ……ふにゃ……わふ、わお……」


 ……おっと! これはもしかして……来る!


「わぅおーーん……にゃむ……すや……」


 と、あくびと遠吠えの間の子みたいな寝言が琴吹くんの口から出た、次の瞬間には。


「……はははっ! また寝ぼけて我々を呼び出したようですな、リーダーは!」

「……きゃん


 オレンジ色の毛並みを持つでかポメのだいろうさんと、真っ黒な毛並みを柴カットにしたふつうポメの疾三はやみつさん、そのふたりが現れていた。


「ふたりとも、今日はありがとうございました。癒四朗くんにもお礼を言っておいてください」

「お役に立てたならなによりですぞ!」


 ほがらかにそう言う大二郎さんと、黙してうなずく疾三さん。

 そう。

 琴吹くんはけっこうな頻度で、寝ぼけて仲間を呼び出してしまうのだ……!

 眠る前にスキルを外せばいいんだろうけど、それを彼に伝えてはいない。


「ふふ、それじゃあ今日も、秘密の夜のお茶会ですね?」

「ワッフ!」

「……きゃん


 こうしてこっそりお話すること、それを私たちは楽しんでいるからだ。なんせふたりは異世界の英雄、びっくりするようなお話が、ぽんぽん出てきて面白いのでね!


「それにしても、今日は見事な采配でしたぞ。村に被害がなくてなによりでしたな!」

「こんなふうにお話をして、みなさんのお力を事前に聞けていたからですよ。村人一同、本当に感謝しています」


 温かいお茶を飲みながら、ひとりと2匹でちゃぶ台を囲む。癒四朗いやしろうくんはよい子なので、この時間はもう寝てるんだって。神様の世界とこっちの時間が同じなの、不思議だなあ。


 そうして、とりとめのないおしゃべりを楽しんでいたら。


「……ときにハルナ殿。お話したいことがあります」

「おお、疾三どのが喋られるのは珍しいですな! いつも良い聞き役に回られているゆえ!」


 寡黙な疾三さんの言葉に、驚き笑いの大二郎さん。なんですか、と向き直れば、きゃん……とちいさくつぶやいて。


「以前に獅子猪レオタスクが現れた森と、崩落鷹ハイクロウズが住処にしていたであろう場所。この二カ所の方角が同一なのが、我には気にかかるのです。崩落鷹からは、なにかから逃げていたような焦りが見て取れました。獅子猪も同様、逃走の結果、あの森に流れ着いたのではと」

「逃げてきた……ですか。しかし、魔獣と化してしまった時点で、魔物は恐怖という感情を捨て去ると考えられています。なにかしらの脅威を前にしても、暴れ狂わず逃げるとは……」

「巨大になった拙者にも、臆せず向かってきましたからなあ。となると、よほどのものと考えられますが」

「この国の守護者である騎士団が、それほどの脅威を見逃すとも思えません。手前味噌になってしまいますが、本当に優秀な組織ですから」

「我の思い過ごしなら、それでよいのですが」

「いえ、ありがとうございます。その可能性を、きちんと伝えておきますね」

「すぴ……わふ……わお……」

「おっと、そろそろ帰還の時間ですかな。今日も楽しいひとときでしたぞ!」

「……きゃん


琴吹くんの寝息を聞いて、ふたりが帰り支度を始める。大二郎さんの頭に乗った疾三さんがカップを流しまで片付けてくれて……ちゃんとしてるなあ……


「わふぉーーん……ぴす……こおろぎ……むにゃあ……」


 そんな彼の寝言を合図に、ふたりは神の座へと戻っていった。


 さてと、そろそろわたしも眠らないとね。疾三さんの言葉は明日、きちんとリルちゃんに伝えておこう。

 ……いやでも、かなり酔ってたよねあの子。大丈夫かな、あした……

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