41.ぐだぐだの御使いたち
「おお……」
「ふわぁ……!」
「あらあらまあまあ。銀一さん、とっても似合っていますよ。鏡を持ってきますね」
そんな俺の手に現れたのは、ちいさな金色の弓だった。
リルさんのものとはあきらかに、金の輝きの質が違う。なんというか、どう見てもこれはおもちゃのメッキだ。
背中には矢筒。頭のうえには羽根つきぼうし。そのふたつもこう……アニメやヒーロー番組に出てくる、なりきり玩具のデザインですね……
「わんわんの狩人さんだあ……目に焼き付けなきゃ……」
「リルちゃんリルちゃん、これはなんだと思いますか?」
「写真機……!? 撮りましょう1枚ください! お金が必要ならいくらでも出しますから!」
「ぷぷ……いやすみません笑っちゃって。でも、どんな矢が撃てるのかは、おれも興味がありますね」
「というわけで銀一さん、弓矢を構えてみてください! さあさあ、向こうのほうへ、ばきゅーんと!」
カメラを構えるハルナさまと、期待のまなざしを向けてくるリルさん。そんなふたりを横目で見ながら、背中の矢筒に手を回して……んしょんしょ、微妙に手が届かなくて……よいしょ、よし!
プラスチックな手触りの矢を取り、弓につがえてまっすぐに……けっこう力がいるなこれ……ふぬぬ……ふんぬぬぬ……!
「あっ……わわわ、わふっ!? きゃっふん!」
力を入れすぎてしまったのか、足が震えてすってんころりん。ぽすん、と尻もちをついたときには、矢は手元からすっぽぬけて、どこかに飛んでいってしまっていた。
「いまの! いまの撮りましたか!? おしりが! ふわふわのおしりが!」
「ばっちりです! ふふふ、これでまた、『かわいい銀一さんアルバム』が充実してしまいましたね。リルちゃんには感謝です」
「なんですかそのアルバム初耳なんですけど!? じゃない、飛んでっちゃった矢はどこに!? 誰も刺さったりしてない!?」
「あー、大丈夫ですよ。もしかして、気づいてませんでした?」
「わふ?」
と、ラニくんの声に顔を上げると。
「刺さりようがないです。だって
そう言って笑う彼の額には、びよよん、と矢が張り付いている。ぽっこん、とそれを取ったあとには、まるでハンコを押したみたいに、肉球のマークが付けられていた。
「あらあら、ラニくんも可愛くなっちゃいましたねえ」
「ずーるーいー。ギンチチさん、私にも、私にも!」
「やめとけって。いくら刺さりようがなくても、目に入ったりしたら危ないだろ?」
「ぶー、ラニだけずーるーいー」
「だいぶアホになってんなあ……明日に響いても困りますし、そろそろ俺たちは駐在所に戻りますね。ちゃちゃっと片付けてきますから、それまでこいつを見ててください」
そうしてラニくんは立ち上がると、テキパキと食器を重ねていく。対するリルさんはというと、えへへと表情を崩しながら、俺のしっぽをふわふわと握り続けている。あのその、そこは敏感なので、あまり力を入れないでいだけるとわふんわふふん。
「泊まっていってもかまわないんですよ?」
「騎士団の仕事で来てる身ですからね。節度というか、甘えるわけにはいきませんよ」
「いくら私の家とはいえ、リルちゃんと外泊したとなったら、噂になってしまいますもんね」
「わかってるなら言わないでくれます!? まったくもう、酔うとこんなふうになるんですね、ハルナ先生って。知りませんでしたよ」
「そりゃあ、ふたりの保護者だったころは、みっともないころなんて見せられませんから。でも、いまはもう、対等な大人同士でしょう? 少しくらいイタズラしたり、羽目を外してもかまいませんよね?」
「……まったく。ずるいですよ、それ」
困ったように笑うラニくんに、イタズラっぽくほほえむハルナさま。
でも、その目はとても優しくて。それになんだか、少しだけうるんでいるようにも見えた。
「これでよし……っと! それじゃあ、失礼します。ほらリル、帰るぞ!」
「やだあ。私はねえ、ギンチチさんと一緒に暮らすのー」
「ギンチチさんはハルナ先生のだろ! ほら、ちゃんと返しなさい!」
「そっかあ……人のおもちゃを取り上げちゃあダメって、ハルナ先生言ってたもんね……」
出会ったときの凜々しさはどこへやら、もはやぐっだぐだのリルさん。もしかしてこの人、強くないのに飲みたがるタイプなのでは……?
「でーもー、まだまだ飲み足りなーい。もっとハルナ先生とお酒飲むのー。ラニのあほー」
ぶー、と口をとがらせたリルさんは、手近にあった俺のおもちゃ――おにぎり一号をつかみ、誰もいない背後へと、ぽいっと放り投げてしまう。
「あだっ!?」
……だというのに、おにぎり一号は不自然な軌道を描いてラニくんの頭へ。ぱふー、と軽快な音をさせながら、それはごろごろと床を転がっていった。
「へへーん、私の投げたものは必ず当たるんだもんねー」
「アホみたいなことに祝福を使うなよ……」
「むー、ならこうしてやるー」
立ち上がったリルさんは、いつのまにか長手袋を脱いでいる。ほどよく筋肉のついた、すらりとした長い腕を、ぶんぶんと大きく振り回して。
「バカやめろそれはやめろマジでやめろ」
「えいっ」
引きつった顔のラニくんに、ちょん、と触ろうとした、そのとき。
「――――――――ッ!!?」
「わふっ!? ら、ラニくんっ!?」
吹っ飛んだ。
ラニくんのゴリラみたいな体が、それはもうヤバい勢いで。
「おおおわっと……っ! あ、あぶな……」
空中で何回転かしたというのに、壁際ギリギリに見事な着地を決めたゴリラ、じゃないラニくん。それを見たリルさんとハルナさまは、すごいすごいと手を叩いて笑っている。
「笑ってないで、リルを止めてくださいよ! こうなるとおれじゃ手が出せないんですから!」
「ふふふ。
えらいえらいと撫でるように、リルさんに手袋を付けさせるハルナさま。えと……被呪……?
「祝福には被呪がつきものなのはギンチチさんもご存じですよね。そいつはね、【その手で異性に触れることができない】被呪を負っているんです。触れられないというか、吹き飛ばすんですよ、今みたいに」
「銀一さんと同じく、破ることのできない種類の被呪になりますね。素手でなければ大丈夫なんですが、昔は苦労していたんですよ」
表情を読んでくれたのか、俺に説明してくれるふたり。なるほど被呪……そういうのもあるのか……
「……それってさあ、ラニくん的にはどうなの? その……将来設計的に大変では……?」
「なんでニヤついてるんですか関係ありませんよおれには」
おっと顔に出ちゃってた。好きな人と触れあえない……それはけっこうな呪いだと、真剣に考えてたつもりなんですけどわふんわふん。
「見ての通りです。このふたりなら、なにがあっても大丈夫ですよ」
「そうですね! 今日一日ふたりを見てて、俺もそう思いました!」
「だーかーらー!」
そうして面白がっているあいだに、ついに船をこぎはじめたリルさん。こうなると素直になるみたいで、ラニくんに言われるまま、ふらふらよたよた玄関へ。
「ふふー、今日はとっても楽しかったです!」
「すみません、ご迷惑をおかけして。でも、おれも楽しかったです」
「私もですよー。村を離れるまえに、ぜひまたお食事をしましょうね」
そんな言葉に頭を下げて、ふたりは夜道を歩いて行った。
「ふらふらだなあ、リルさん。ラニくんもいろいろ大変だあ……」
と、そっちはとりあえず片付いたとして。
「ふふふふふ……今日はとっても幸せな一日でした。これはもう、ここから動きたくありませんねえ……」
次はこっち。戻ってくるなり床に大の字に転がって、ふわふわと笑っているハルナさまだ。
「決めましたよー。私はもう、今日はここで寝ちゃいますね。わるいことをしちゃいます」
「いやいやいや、せめてベッドに戻ってください! 腰を痛めるかもですし、風邪を引くかも……ってもう寝ちゃってる!? 起きて、起きてください!」
くぅくぅと寝息を寝息を立てているハルナさまは、どれだけ揺らそうとも目を覚まさない。子犬の体じゃ抱き起こせないし、困ったなあ……
……まあ、たまにはこんな日もいいか。だったらうん、俺もおともしようっと。
まずは毛布を持ってきて……んしょんしょ……これでよし。あとは少しでも暖かいように、寄り添いながらまるまろう……ポメラニアンの体温は高いのだ……おやすみなさーい!
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