40.ほろ酔いは進み

「というわけで、おれたちにとっては恩人なんです。勉強だけじゃない、大人になるために必要なことはぜんぶ、ハルナ先生に教えてもらいましたから」

「親も同然、という感じよね。なのにすみません、ずうっと手紙も出さないで」

「便りが無いのは良い便りですから。ふたりのことは風の噂で聞いていましたし、心配はしていませんでしたよ。ラニくんももちろんですが、リルちゃんは隊を任されるまでになるなんて。本当にがんばったんですねえ」


 とろけるような甘い声で、ハルナさまがふたりを褒める。普段から優しい女神だけれど、酔うと褒め上戸になるのかな、あまりにも最高なのでは……?


「団長の娘だからだろって、陰口をたたくやつもいましたけどね」

「そんな輩はみんな『叩いて』やりましたから。これもたしか、ハルナ先生の教えでしたよね。親の七光りと言われたら、実力で黙らせてやれって。その言葉があったから、鍛錬を続けられたんですよ」

「あれ、団長の娘?」


 思わず口を挟んでしまって、視線が俺に集中する。身寄りをなくしてしまったから、施設に預けられたんだと思ってたんだけど……


「施設にいたときに、こいつが『御使い』になりまして。そうしたらすぐ、養女に欲しいって話が舞い込んできたんですよ。それがおれたちの上司、王都騎士団の団長だったんです」

「さっきも言ったとおり、私の祝福は戦闘向けでしたから、国を守るためにぜひと。人を守る仕事に憧れもありましたし。将来のことを考えて、その話を受けたんです」

「そうして施設を出たリルちゃんを追いかけて、ラニくんも騎士団を目指したというわけですね。愛の力ですかねえ、入団試験もすぐに通過して……」

「そういうのじゃないですって! 自分が人より体力あるのは自覚してましたし、騎士団なら食いっぱぐれることもないかなって、それだけですよ!」

「ふぅーん、そっかー。私は嬉しかったんだけどなー」

「やめろバカ。お前ちょっと飲みすぎだぞ?」


 顔を赤くするラニくんを、じいっとにらみつけるリルさん。なるほどなるほど、おふたりはそういうご関係で……はやく爆発しなさいね……


「実際のところはどうなんです? お義父とうさま……団長さんにはもうご挨拶を?」

「だーかーらー! おれとリルは幼なじみなだけです! リルはもう団長の、貴族の娘なんですよ? 縁談だっていくつも来てるんですから!」

「それ、どうしてあなたが知ってるのかしら?」

「うっ……いやそれは、その……」

「ラニくんラニくん。知り合ってすぐの俺が言うのもなんだけど、はやく素直になっておいたほうがいいよ? じゃないと、こんなふうにいぬになっちゃうかもしれないんだから」

「意味がわからないんですけど!?」

「ラニが犬に……? ふふ、いいわねそれ。ふかふか……もふもふ……かーわいーい」


 酔いが進んでガードもクソもなくなっているリルさんに抱き上げられ、膝の上でモフモフされる。そこで気がついたけど、部屋の中でも長手袋をしたままなんだ、リルさんは。ふたりが気にする様子もないし、お肌が敏感だったりするのかな?

 手袋だけじゃなく、手首のバングルも付けたまま。たしかこれ、神様にもらった神具だって言ってたっけ。きらきら上品に光って……かっこいいなあ……


「あら? ギンチチさん、私の『七ツ矢』が気になるんですか?」

「気になるというか、うらやましくて。俺は神様から変なものしかもらってないから……わふん……」

「迷宮攻略の報酬以外で神からなにかを賜るなんて、そのこと自体が異例の異例だと思いますけど……よかったら、触ってみます?」


 返事の前にバングルを外し、俺の前足へと当ててくれるリルさん。ほそくてちいさい子犬の腕なのに、それは何重にも巻き付くようにして、ぴたりとそこに収まっていた。


「ほええ……すごいねこれ、自動でサイズが変わるんだ」

「それだけでなく、呼び出す武器も人によってその姿を変えるんです。私が使う場合は、手数を重視した弓矢なんですけど」

「おれだともっとデカくて重たい、大砲みたいな威力の大弓になりました。ギンチチさんも、念じれば最適な弓矢が出てくるはずですよ」

「いやでも、危ないよね? 万が一にも大砲みたいなものが出てきちゃったらどうするの」


 そんな俺の心配をよそに、ふふふ、とリルさんが笑みを浮かべる。肉球をぷにぷにと触りながら、俺を胸元に抱き直して。


「これは陽光を矢に換え放つ弓ですから。日が落ちたあと、室内の明かり程度では、私でもたいした威力は出せないですし」

「そもそもの話、ギンチチさんのその体じゃあ、さすがにだと思いますよ」

「それでも、なにも出てこないということはありませんよね。銀一さんのかっこいい姿、私も見てみたいです」


 むむむ、つまりは侮られていると。言うとおりだとは思うけど、俺にもプライドはありますからね。おうちの壁を吹き飛ばしちゃっても知りませんよ……!


 すちゃ、と机の上に降り、そのまま二本の足で立つ。バングルの巻かれた右腕をかかげ、わふん! と大きく気合いを入れて!


「来い! 『七ツ矢』!」


 俺の言葉を受けて、ぴかー! とバングルが光り輝く。夜なのにこの光……やっぱりなにか、すごいものが出てくるのでは……!

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