38.射貫け、七ツ矢

「……理解がまったく追いつかないのだけれど。分身したり大きくなったり、犬というのは魔物よりも不思議な生きものだったの……?」

「彼らはみんな特別だから……普通のいぬはかしこくてかわいいだけで、別に不思議じゃあないからね……」


 遠くなった地面を見ながら、そんなことを口にする。いやまあ、犬のかわいさはある意味で不思議ではあるけども。ふわふわだったり凜々しかったり、存在自体が奇跡でしょ。小型犬も大型犬も、みんな等しくかわいいもんなあ……


 みたいなことを思っていたら、崩落鷹ハイクロウズに動きがあった。突然現れた大二郎さんを無視できないんだろう、ギャアギャアうるさくわめきながら、飛び立とうとしているみたいだ。


「どの群れもこっちを見てるね。驚いて逃げてくれたらいいけど、襲いかかってくるのかも」

「私にも変わらず視えています。うん……だったら、いけそうね。大二郎さんと言ったかしら、足下だけれど、強く踏みしめてしまっても平気?」

「今の拙者にとって、おふたりはアリンコのような重さです! 気にせず暴れてくだされ!」

「それじゃあ、お言葉に甘えて。ギンチチさんも、振り落とされないよう、しっかりしがみついていてくださいね?」

「えっえっ」


 なにが起こるかわからないけど、とにかく前足に力をこめる。それを確認したあとで、リルさんがスッと左腕を伸ばす。

 天にかざされたその手首に、輝いているのは金のバングル。細く巻きついているそれは、太陽の光をさんさんと浴び、きらめいて。


「――行くわよ、『なな』」


 その言葉を引き金に、バングルが輝きを増していく。目を開けていられないほどの光のなか、その中心――手袋で覆われたリルさんの左手に現れたのは――


「黄金の……おおきな弓だ……」

「私のとっておき、とある迷宮深部にて神より賜った神具です。降り注ぐ光を矢に変え放つ、『光の要素』の極致と言えば伝わるかしら」


 きれいな装飾が施された弓からは、神々しいまでの存在感を――人知を超えた力を感じる。魔力も霊感も持たない俺だけど、実感としてはっきりわかる。これは間違いなく、人の手では創り出せないものだ。


 神具と呼ばれるにふさわしいそれを、リルさんは正面に向け、構える。いっさいの抵抗なく、すらりとつるが引かれれば、そこにはまたたくまに光の矢が現れ、つがえられていた。


 思わず息を止めながら、リルさんが狙いを定めるのを見る。静かに凪いだ空気の中、彼女は弓を天へと向けて――


「――――――ッ!」


 光の矢が放たれた。

 流星のように尾を引くそれは、その名の通りの七つに分かたれ、降り注ぎ。


「………………ふうっ!」


 俺たちが視ていた分割画面――三カ所にいた7匹の崩落鷹を、例外なく射貫いていた。


「す、すごい……いちどにぜんぶ……神具って言ったっけ、そんなデタラメな……」

「ああ、それには仕掛けがあって……と、話はあとですね。1匹仕留め損ねました」


 言われて視界を探ってみれば、ひとつの影が暴れていた。

 7匹の崩落鷹の中でも、ひときわ大きな体を持つ1体。それは胴体を刺し貫かれながらも、吠えるように頭を振ると、光の線が走る体を動かし、魔力のこもった翼を広げて。


「……飛んだっ!? まっすぐ、すごい速さでこっちに来るっ!?」


 生物の挙動とは思えないほど、鋭く速い急上昇。あっという間に俺たちと高さで並んだ崩落鷹は、高度を落とすことなく、それこそ矢のような勢いで俺たちへと向かってくる。


「あらあら、元気なこと。もう一射……は、間に合わなさそうね」


 そんな言葉とは裏腹に、リルさんは笑みを崩さない。ぐんぐん迫ってくる赤黒い巨体を見据えながら、弓から手を離し、腰に下げていた剣を引き抜いて。


「むぅ! ならば、拙者が!」

「その必要はないわ。ギンチチさん、落ちてしまったら……ごめんなさいね!」

「わ、わああっ!?」


 ぶん、と強く右腕を振り、持っていた剣をまっすぐ、崩落鷹へと投げつけた。


「ギッ……!?」


 そんな悲鳴が、かすかに耳に届いただろうか。


「……おお! 崩落鷹の脳天に、見事に剣が突き刺さっております! この速度の相手に、この距離から急所を……まさに神業ですなあ!」


 大二郎さんが言い終わるころには、崩落鷹は墜落し、地面へと叩きつけられていた。


「ふふ。本当に『神業』よね」


 戦闘を終え、肩に乗っていた俺を両手で抱っこしなおしてくれるリルさん。薄く笑うその表情には、なにか含みがある気がする。神業……かみのわざ……あっ!




『――おれたちはほら、ハルナ先生に色々教えてもらってるから。身近に御使いもいますし――』




 ラニくんのこの言葉、ハルナさまのことだと思ってたけど! さっきも「仕掛けが」って言ってたし!


「もしかして……リルさんも!?」


 そんな俺の言葉に、リルさんは恥ずかしそうにはにかむだけだけ。


「それでは、元の大きさに戻りますぞ!」


 あっという間に縮んでいく大二郎さん。そうして地面に戻った俺たちに、真っ先に駆け寄ってきたラニくんは、豪快に笑いながらリルさんの肩を叩いて。


「しっかり見てたぞ! さっすが『御使い』さまはやることが派手……って、だからなんで殴るんだよ! 褒めてるんだぞ、おれは……いたあっ!?」

「あなたにそれを言われると、馬鹿にされているように聞こえるの。それにね、ハルナ先生に比べたら、私なんてまだまだなんだから。もちろん、ギンチチさんにもね」


 やっぱり彼女は、俺やハルナさまと同じ『御使い』だったんだ……!

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