37.疾三さんは忍者である

 疾三はやみつさんは忍者である。

 忍者であり、真っ黒な毛並みをまあるくみじかく刈り込んだ――柴カットのポメラニアンである。


「お呼びですか、我があるじ


 そんな寡黙な仕事人である彼を、俺はふたりめの仲間として選んでいた。ひかえめな姿勢、口でなく行動で示すという信念、それになにより忍者。選ばない理由があろうか、いやない(反語)。


「ワッフ! 全員集合とは、なにか問題発生ですかな!」

「わわわ……突然でびっくりしましたけど、だいじょうぶです! がんばりますから!」


 でかポメだいろうさんの頭の上に、ちょんとお座りなポメチワ癒四朗いやしろうくん。急な呼び出しにもかかわらず、3人の目はやる気に満ちあふれ、輝いていた。


「おっき……ちっちゃ……もふもふ……しゃべって……きゃっ……きゃわわっ……!」


 リルさんの目も輝いていた。ハルナさまとラニくんの暖かい目を見るに、ふたりはとっくに知ってるんだな、彼女はこういう人だって。


「ンッ……ゴホン! ええと……この犬? 人? たちは? まさか、ギンチチさんと同じ御使いなのかしら」

「我らはリーダーの部下なのですよ! まだまだちいさな群れですが、それぞれが一騎当千の実力者だと自負しております!」


 ワッフ! とおおきく胸を反らし、ふさふさ飾り毛をアピールする大二郎さん。とはいえリルさんとラニくんは、当然ながらけげんな顔だ。


「説明するよりは、見てもらったほうが早いと思いますよ。まずは癒四朗くんですが……この辺りにいる鳥の魔獣を探すことはできますか? この羽根に残っている、邪悪な魔力が手掛かりです」

「えっと……くんくんくん……わかりました! いくつかの群れになってて……あっちのほう、3カ所に固まっていますね! 森の中で狩りをしていて、飛び立とうとはしていないみたいです!」


 羽根のにおいをすこし嗅ぐなり、簡単に言い切る癒四朗くん。そっか、彼は幽霊とか悪魔とか、そういうものの相手が得意だと言ってたっけ。魔獣もそのカテゴリに入るんだ。


「次は疾三さんです。その3カ所の様子を知りたいのですが、偵察に向かっていただけますか? 可能なら、すべての場所を同時にです」

「御意……きゃんッ!」


 ハルナさまの声を聞き、両手を合わせて印を結んだ疾三さん。ドロン! と軽く煙が舞うと。


きゃんッ!」「きゃんッ!」「きゃんッ!」「きゃんッ!」


 増えた。疾三さんが4人に。


 疾三さんは忍者である。忍者ということは当然、たくさんの忍術を使えるのである。


わんッ!」


 かけ声ひとつ、疾三さんたちが見えない速さで飛び出していく。とはいえ走り去ったのは3人、ひとりはこの場に残り、目を閉じたまま精神統一しているみたいだ。


「これでぼくの感覚を共有できるはずです!」


 残った疾三さんの鼻に、ちょんと手を置く癒四朗くん。触られている疾三さんは、むむむと眉間にしわを寄せ。


「……発見。主よ、確認を」

「確認って……わふ、わんっ!?」


 きゃん! とかけ声が聞こえた瞬間、俺の視界が4つに分かれた。バレットモールの視覚共有とはまた違って、監視カメラの分割画面のような感じ。きっとこれが、分身した疾三さんたちそれぞれが見ているものなんだろう。


 そこにいたのは、赤黒い羽根に邪気をまとわせた、巨大でいかめしい鳥たちだった。

 3匹、2匹、4匹と、みっつの群れに分かれている。ピリピリとした空気を読むに、それぞれ威嚇しあいながら、一定の距離を置いているんだろう。


 それでも、そのどれもが森の動物たちを襲い、食い荒らしているのだけは共通している。こんな化け物たちを、村に近づけさせるわけにはいかない……!


「疾三さん、リルちゃんとも視覚共有をお願いします」

「主がその手で触れたならば、自在に」

「なるほど。それなら、銀一さんの場所はここですね」

「わ、わふっ!?」


 ハルナさまに抱き上げられた俺は、そのままリルさんの肩の上へ。いくら俺がちいさくても、肩に乗っかれるほどじゃない。彼女の右肩にアゴを置き、前足にしっかり力を込めて、なんとかぶら下がっている状態だ。


「ほわぁふわふわ……って、たくさんのものが同時に……崩落鷹がはっきり視えてる!?」

「説明はあとです。正確な場所はわからなくとも、『視えて』いれば問題ありませんよね?」

「は……はいっ! 試したことはありませんが、あとは狙撃に適した場所さえあれば、きっと!」


 そうしてうなずき合うふたりと、わからないままぶら下がる俺。ちら、とラニくんに視線をやれば……あ、わかってる顔だ。わかってないの俺だけだ、わふん……


「ならば拙者の出番ですな! 待ちわびておりましたぞ!」

「というわけでリルちゃん、大二郎さんに乗ってください!」

「……え? 乗るって、またがれってことですか? 確かにこの子、とっても大きいですけど」

「いいから! はやく!」

「は、はい……! あれ、え、ええええええええええええっ!!!!!!!!!!!???」

「わふううううううううううううううううううう!!!!!!!!!???」

「はっはっは! これでよろしいですかな! ワッフ!」


 そんな声が聞こえた時には、俺とリルさんははるかな空へ。足下を見ればオレンジの毛がふかふかもふもふ――つまり、超巨大化した大二郎さんの頭の上に乗っかって、そのまま高く運ばれたのだ。

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