36.教え子のふたり

「そのたぬき、ハルナ先生が飼ってるんですか? まぬけな顔でかわいいですね!」

「御使いだそうよ? 子犬の姿をしているけど、人間なんですって」

「……は?」


 その言葉を聞き、じいっと俺を見つめるチャラ男。ばうっ! と思わず吠えてしまって、だめですよーとなでられてしまう。


「この女の子はリルちゃんで、男の子がラニくんです。別の村で暮らしていたときに、縁があった子供たちなんですよ。騎士団で活躍しているとは聞いていましたが、本当に立派になりましたねえ」

「10年ぶりくらいですよね。ハルナ先生こそ、本当にお変わりなく……って、ごめんなさい、自己紹介が必要よね。私はリルカーラ=レジンノム、この浮ついているのがラニ=ラクヤ。歳はふたりとも24で、所属は王都騎士団よ」


 正体不明の犬相手でも、きちんと挨拶をしてくれる。そうなれば、俺も居住まいをただしまして……腕に抱かれたままなんだけど、気持ち的には礼儀ただしく……


「えっと、琴吹銀一ともうします。こんな姿にされてしまいましたが、中身は三十代の男です」

「うわぁ!? たぬきが喋ったっ!?」

「御使いだと言ったわよね。それに、彼は私たちより年上みたい。だったら、それ相応の態度というものがあるでしょう?」

「いやでも……あっはいわかりました剣を抜くのはやめろマジで。ええと、ラニって呼んでください、ギンチチさん」

「私のこともリルで構いませんし、敬語も必要ありませんから。よろしくお願いしますね、ギンチチさん」


 なんのためらいもなくギンチチ。フルルお嬢様もそうだったけど、これ本当に発音の問題なの? 神様が謎補正かけて遊んでない?


「それでは遠慮なく……というか、ふたりとも疑いなく受け入れてくれるんだ。いぬがしゃべって御使いとか、なんの冗談だよって思わない?」

「そういうこともあるかなって。おれたちはほら、ハルナ先生に色々教えてもらってるから。身近に御使いもいますし、仕事で会うこともありますしね」

「ハルナ先生だって、別れてから何年も経っているのにまったく変わっていませんから。私たちより年下にしか見えないなんて……ずるいですよ……」

「私から見ればふたりのほうがずるいです。すっかり大人の、それも美男美女になってしまって……と、お話はあとにしましょうね。ラニくんに聞きましたが、崩落鷹ハイクロウズの痕跡が近所で見つかったとか。それも、おそらくは複数の」


 崩落鷹。

 それはバレットモールの一件のとき、俺をさらってエサにしようとした鳥のことだ。パワーとスピードが特徴の魔物で、得意技は高空からの落石のような急降下。狙いは動物だけに限らず、大型のものになると人を襲うこともあるんだとか。


 性格は凶暴。とはいえ彼らは群れを作らず、集団での狩りをしない。そういった性質からして、そこまで危険な魔物ではないと、ハルナさまにはそう聞いていたんだけれど……


「落ちていた羽根や糞などの痕跡から推察するに、最低でも6匹が群れて動いているようです。それも、魔獣と化している個体たちですね」


 そうしてリルさんが取り出したのは、俺の身長ほどもありそうな羽数本。それぞれ微妙に色の濃さが違うそれには、文様のように光る線が走っている。


「この線って、俺が前に戦った獅子猪レオタスクに浮かんでいたもの同じ……?」

「これこそが魔獣の特徴である邪気ですね。野生の魔物はどうしてか、邪気をはらんだ怪物へと変貌することがあります。残念ですが、こうなってしまえば討伐するしかないんです」

「そんなものが複数現れたなんて、危険以外のなにものでもありません。私たちが今日ここにいて、本当に良かったです」


 つまりは悪いモンスターの群れが、村の近くで見つかったと。なるほど、だから村に着いたとたん、あわてて動いてくれてたんだな。


「でもなあ。崩落鷹が群れるなんて聞いたことないぞ?」

「まったく例がないわけではありませんけどね。すみかを追われたり、危険が迫っている場合は、小規模な群れで移動することがあるそうですよ。その群れ同士が衝突した場合は、激しい争いが起こるようですが……」

「とはいえ、魔獣と化したそれが群れる理性を保っているかは疑問ですが……なんにせよ、危険が迫っているのは間違いありません。必ず討伐しますから、おふたりは安全なところに避難していてください」

「そうそう、おれは役に立ちませんけど、リルがどうにかしてくれますから!」


 イイ笑顔のラニくんを、半目でにらみつけるリルさん。はあ、とため息をついたあと、俺たちのほうへと向き直って。


「この辺りで一番高い場所を教えてもらえませんか? できるのなら視界の開けた、丘のようなところが理想です」

「高いところ……確認ですが、リルちゃんは崩落鷹を『撃ち落とす』つもりなんですよね? それなら、とっておきの場所がありますよ」


 そうしてハルナさまは、胸元に抱いた俺を見て、にっこり。

 なんだろ、俺に道案内しろってこと? でもこの辺りは平地が多いし、東の丘は背の高い木が邪魔だろうし……あ、ああっ!? もしかして!


「まさか……ここにだいろうさんを……!? わかりました、俺にできることがあるのなら、村を守るお手伝いができるのなら、なんでも言ってください!」

「彼だけではなく、疾三はやみつさんと癒四朗いやしろうくんもです。みんなで力を合わせれば、この問題を解決できるはずですから」

「あのふたりも……? いえ、了解です!」


 なにかを確信しているハルナさまと、その意図をはかりかねている俺。リルさんとラニくんに至っては、なんの話をしているのかもわかっていないことだろう。


「さあさあ、時間がありません。お願いしますね、銀一さん」


 それでも、ハルナさまが考えもなくこんなことを言うとは思えない。だから俺は地面に降り立ち、胸いっぱいに息を吸って。


「わふっ……わおーーーーーーーんっ!!!」


 神の座へ――たよれる仲間たちに届くようにと、せいいっぱいの声を張り上げた。

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