騎士団の到着

34.ポメラニアン、騎士さんと出会う

 かんかん照りのおひさまのしたを、ぽってぽってとゆっくり歩く。

 今日は学校がおやすみの日で、差し迫った用事もない。雨が続いたあとの晴天でもあり、毛皮の天日干しも兼ねて、目的のない気ままなおさんぽとしゃれ込むことに決めたのである。ポメラニアンの子犬にだって、ひとりの時間は必要なのだ。


 そうして歩いているあいだ――ここのところずっと、頭から離れないのは元宮のこと。この村に来て1ヶ月、彼女についての進展は、どこかで幸せに暮らしているのがわかったということだけだ。


「それはそれで大収穫だけど、そこで止まっちゃったんだよなあ。ヒントだって見つからないし、ミッションが増える気配もないし。焦ってもしかたがないんだろうけど……あっいえ、なんでもないんです、こんにちわ!」


 ブツブツ言っていたんだろう、どうかしたのかと聞いてくれた村の人に、手を振りながら挨拶をする。うーん、いかんいかん。気分転換が必要だと、こうしておさんぽに出たのにね。


 そのまましばらく歩いたあとで、木陰を見つけて休憩する。おっとここは村の入り口、足のみじかい子犬のくせに、けっこう遠くに来ちゃったなあ。村からは出ないのがハルナさまとの約束だから、このあたりまでにしておこうっと。


「……と、そうだよ。そのハルナさまなんだけど……」


 あたりに誰の気配もないので、ここぞとばかりにひとりごと。口に出してスッキリする、耳から聞いて整理する。ひとりごとにはそんな効果もあるんだと、なにかの本で読んだこともあるしね。


「……どう見ても、元宮なんだよなあ」


 外見のことを言われれば、違う部分はたくさんある。かがやく銀髪は染めたものではないし、宝石みたいな瞳の色も日本人にはありえない。体型や肌の色、外見年齢……そこを細かく見ていけば「よく似た他人」なのはたしかだ。


 でも、問題は内面にある。時々出る妙な鼻歌や、人に接するときの態度、友達ゲイリさんと話をしているときの様子などなど……この一ヶ月を一緒に過ごして感じた色々なことが、俺の知っている元宮と完全一致するのだ。


「家族の誰かや親戚だとか……? でも、あのとき一緒に転生したのは、俺と元宮だけのはず。だったら……元宮の子供が、ハルナさま……?」


 それを想像したとたん、心臓がいやな感じで跳ねた。ふうう、と大きく深呼吸、その考えを振り払う。ハルナさまがお生まれになったのは何百年も前なんだし、それなら「幸せに暮らしている」という、神様の言葉とは矛盾するからね。


「うーん、なんもわからん!」


 ごろん、とヘソ出しで寝転びながら、お手上げですと手足を伸ばす。肉球で日光を受け止めながら、全身で大地を感じることしばし。そろそろおうちに戻ろうかなと、4本足で立ったところで。


「すんすんすん……なんだろこれ、鉄とか……油のにおい……?」


 ふわりと風に乗ったにおいが、鋭敏な犬の鼻をくすぐる。あまり嗅いだことのないそれに、興味をひかれて追いかけてみると。


「――――――。私たちの行動が―――――、心して――――」


 これまた聞き覚えのない声が、すこし遠くから漏れ聞こえてきた。静かだけど重たい口調の、若い女性の声みたいだ。

 威圧されたわけじゃないけど、茂みに隠れてこっそり近づく。にょき、と鼻先だけを出して、見つからないよう辺りを見回す。


 そこにいたのは、4人の若い大人たちだった。


 男の人が3人で、女の人がひとり。村の入り口に馬車を止め、その前でなにやら話をしていて……ちょっと深刻な感じ……?


「こうなったら、迷宮ダンジョンの調査は後回しね。貴方たちふたりは目標の再補足を優先、総数を割り出すと同時に、可能ならば気を引いて、見えるところまで誘導してちょうだい」


 女の人に指示されているのは、俺の常識で言うところのミリタリールック――迷彩服のような格好をしたふたり。さすがに銃は持っていないけど、体格も良くて、いかにも訓練されています! という、オーラのようなものがあふれている。

 彼らは短く返事をすると、それぞれが別の方向へと、迷うことなく走っていった。


「うちの偵察者レンジャーは頼りになるよなあ。足は速いし体力はあるし、判断力も間違いないし。あのふたりに任せておけば、おれの出る幕なんてないよな! よかったよかった!」


 そんなふうに話すのは、残ったもうひとりの男の人。第一印象はといえば……申し訳ないけど「金髪チャラ男」である。歳は20代の前半だろうか、整った顔立ちなんだけど、口調というか仕草というか、なんというかこう……存在自体が……チャラいですね……


「おれだって役に立ちたいんだぞ? でも、これ着て走れるわけなんてないし。とはいえ重鎧フルメイルは騎士団の象徴、脱ぐわけにもいかないし……やっぱりしかたないよな! うん!」


 そんなチャラ男さんなんだけど、頭以外は言葉通りの金属鎧で覆われている。すん、と鼻を鳴らしてみれば……さっきのにおいはこの鎧だな。

 鈍い光をはなつそれは、言葉の通りすごく重そう。だけどそれとは裏腹に、ガチャガチャと音をさせながら、女の人の周りを涼しい顔で歩き回って――


「うるさいわね」

「あだぁっ!?」


 ――殴られた。女の人に、頭を思いっきりゲンコツで。


 そのまま彼女は厳しい顔で、チャラ男さんにずい、と詰め寄り。


「貴方にもできる立派な仕事があるでしょう? 状況を説明して、安全が確認されるまでは家から出るなと、村民全員に伝えてくるのよ」

「いやいや待てよ、おれの任務はこの隊の――お前の護衛だぞ? お前にもしものことがないようにって、団長からもきつく言われ」

「『お前』じゃなくて『隊長』よね?」


 そうして、もひとつ鈍い音。当然チャラ男さんが殴られた音で……いたそう……


「はいはいわかりました! おれだってそうしたほうがいいんじゃって思ってたし、ひとっ走りしてくるから! ほんっと、昔っからお前、言葉より先に手が出て……あっいえなんでもないです、行ってきます!」


 女の人から逃げるみたいに、駆け出していくチャラ男さん。さっきの言葉はなんのその、重さを感じさせない身のこなしで、村の中心へと向かっていく。


 ……そうだよ、状況の説明って? 聞こえた話を総合するに、この村に危険が迫ってる!?

 詳しいことはわからないけど、油を売ってる場合じゃない。俺もすぐに戻って、ハルナさまに伝えなきゃ……!


 そうして焦っていた俺は、隠れていたことも忘れて、大きく体を動かしてしまって――


「……あら? 今、なにか動いて……動物……?」


 がさ、と音を出してしまったときにはもう、女の人と目と目がバッチリ合ってしまっていた。


 ちょっと目つきがキツいけど、それでもかなりの長身美人さん。セミロングの黒髪を頭の後ろできちっとまとめ、スレンダーな体周りは、急所だけが薄い金属鎧で覆われている。薄手の長手袋だけじゃなく、全身がぴったりとしたインナーに包まれていて、とても動きやすそうな印象だ。


 チャラ男さんとは美男美女のカップルだけど、間違いなくそういう関係じゃあない。装備や会話内容からして、迷宮を調査しに来た騎士団の人たちなんだろう。それも、この人が隊長さんだ。


「………………」


 無言のまま、にらむように見つめられて、そこから一歩も動けない。隊長の風格なのか、持ち前の性格なのかはわからないけど、とにかく視線に「圧」がある。

 俺から挨拶をするべきなのか……でも、ちょっと怖い人だよなあ。トトくんたちに狩られかけた前例もあるし、逃げたほうがよさそう……?


 考えがまとまらないまま、とりあえずの一歩を踏み出そうとしたところで。


「あなたはたぬきさんでちゅか~? それとも、くまさんのあかちゃんでちゅか~?」


 ……もんのすっごい猫なで声が、彼女の口から飛び出してきた。

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