33.その対策はおにぎり

 ……と、思うのは簡単だったんだけど。


「はむ……いやいやいや、ダメだダメ、だめだめ」


 子犬の本能……思った以上に強敵な模様……!

 今もクッションをかじりかけてて、あわてて口を離したところ。噛みつけそうなところがあれば、ふらふらとそこに寄ってしまう。

 噛まないと痛いとかつらいとか、そういうわけではないんだけども。とにかくなにかを口にくわえて、がじがじしたくてたまらないのだ。


「ボールをくわえて持ってくるのとか、ストレス発散に役立ってたんだなあ。雨じゃなかったら誰かに外で遊んでもらうんだけど、今日はおうちでハルナさまにお相手してもらうしか……」


 とはいえ彼女は食事どき以外はずっと、お部屋にこもってなにかの作業をされている。遊んでくださいと声をかけるのも気が引けるし……うーん……寝るかあ……すやぁ……


 そうして、おひるねから目覚めてみれば。


「……わふ? なにこれ……?」


 ベッドの枕元にちょこんと、白いかたまりが現れていた。


 布で作られているそれは、小ぶりのまくらみたいな感じ。特徴的なのはその形で、白いさんかくに黒い長方形が巻かれている……要するに、おにぎりのぬいぐるみである。

 ぬいぐるみなので、触ると当然やわらかい。だけどなんだろ、芯になってる固いなにかを、綿で包んである感じ……? ほどよい感じでかじりやすそう……かぷ……がじがじ……


 ぱふー!!!


「わふっ!? なに、なんの音っ!?」


 あわてて口を離してしまい、ころん、と転がっていくおにぎり。籠のベッドから落ちたそれは、おむすびころりんの見本のような動きを見せて。


「わふっ! わふかぷ……はむっ!」


 思わず飛びつき動きを止めて、噛みついてみたらまた「ぱふー!」。強めに噛んだり押さえつけたり、そのたびぱふぱふ音が鳴って……それにこの噛みごたえ……転がりかた……たーのしーい!


「ふふ、気に入ってくれたみたいですね。作ったかいがありました」

「わふー! って、ハルナさま、取り上げないでくださいよ!」

「ちょっと遠くに投げますね、それっ!」

「わっふー! かぷっ、はっはっ!」


 ころん、と部屋に投げられたそれを、ぱふー! と音をさせてキャッチ。そのままくわえて持ってきて……あっ落としちゃった。どこに転がるんだこいつめ、こいつめ!


「そんなに遊んでもらえるなら、私もとっても嬉しいです。思いつきだったんですが、うまく工作できたみたいですね」

「はがはがっふ……はがふ……?(工作って……これは……?)」

「ちいさな子供が持って遊ぶ、押すと音が鳴るおもちゃが入っているんです。あの子のお気に入りだったんですが、捨てずに取っておくものですねえ」

「あの……子……?」


 突然の爆弾発言に、ぽかん、と口を開けてしまう。

 ちいさな子供って。あの子って。


「ハルナさま、お子様がいらっしゃったんですか!?」

「違いますよ!!!!!!!」

「ぎゃふんっ!?」

「……こほん。もう何年前になりますか、別の村に住んでいたころ、養護施設のお手伝いをしていたことがあるんです。そこを離れる時にですね、記念に譲ってもらったものなんですよ」

「そ、そうだったんですか……でも、大事なものだったんじゃないんですか?」

「しまい込んでおくよりは、使ったほうがいいですから。たくさんの赤ちゃんが遊んだものですし、次は銀一さんの番ですね」

「赤ちゃんじゃありません。立派な三十代男性です」


 自分で言っていて説得力がない。それくらい楽しいおもちゃですよ、このおにぎりはねぱふー。


「これならいくら噛んでも大丈夫ですよ。たくさん遊んでくださいね」

「ありがとうございます! でも、これを見ているとお腹がすいていけませんね。この形、前の世界でよく食べていた、おにぎりという食べ物にそっくりなんです。お米という穀物をこう握って、中に色々な具を入れて」

「ふふ、そうだったんですね。遊びながらでかまいませんから、そのお話を聞かせてください」

「そんな失礼なことはできませんよ。それでは、これはいったん置いておいてですね」

「はーい、今度はこっちに投げますからねー」

「わんわんっ!」


 こうして、俺の噛み癖問題はすばやく解決した。

 鈴の音がするおにぎり二号、震えながら動くおにぎり三号など……このあとしばらく、ハルナさまがおもちゃの工作にハマってしまったのは、また別のお話である。

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